「ファンドの償還期限がいよいよ近づいてきたが、投資先のIPOは見えてこない。このままではLPへの約束を果たせない……」。そんな焦りを感じているVC(ベンチャーキャピタル)の担当者は、今や少なくありません。
「VCから出資を受けているが、ファンド満期が迫ると聞かされた。自社の成長戦略にどんな影響があるのか、何を準備すればいいのかまったく分からない」と不安を抱えるスタートアップ経営者も多いはずです。また「年金基金や事業会社がLPとしてVCファンドに出資しているが、満期時に適切なリターンが得られるか検証したい。セカンダリー取引という選択肢があると聞くが、具体的な仕組みが見えていない」というLP投資家の方もいることでしょう。
本記事では、VCファンドの満期(償還)に際して注目が集まるセカンダリー取引について、基礎的な仕組みから実務フロー・法務税務リスク・M&Aとの使い分けまで、一気通貫で解説します。ファンド満期という局面で最善の意思決定ができるよう、必要な知識を網羅的に整理しました。
1. VCファンドの基本構造を理解する
GP・LP・スタートアップの三者関係
VCファンドを取り巻くステークホルダーは、大きく「GP(General Partner:無限責任組合員)」「LP(Limited Partner:有限責任組合員)」「投資先スタートアップ」の三者に分類されます。この三者関係を正確に理解することが、ファンド満期とセカンダリー取引を考えるうえでの大前提です。
GPはファンドの運営主体、すなわちVCそのものです。投資方針の策定・投資先の選定・ポートフォリオ管理・エグジット実行まで、ファンド運営全般の意思決定を担います。ファンドの損益について無限責任を負う一方で、管理報酬(通常年率2%前後)とキャリードインタレスト(利益分配。ハードルレートを超えた利益の20%が一般的)を受け取る仕組みです。
LPは年金基金・銀行・保険会社・事業会社・大学基金・富裕層個人など、ファンドへの出資者です。有限責任であるため損失は出資額を上限とし、日常のファンド運営には関与しません。LPの期待するリターンは、キャッシュ・オン・キャッシュ(DPI:Distribution to Paid-In Capital)として計測されます。出資した元本が実際にどれだけ現金として戻ってきたか、という極めてシンプルな指標です。
スタートアップはGPからの投資を受け入れる事業会社です。VCから資金と経営支援を得る代わりに、株式を発行・割り当てます。ファンド満期が近づくと、GPはスタートアップ株式を何らかの形で現金化(エグジット)する必要が生じるため、スタートアップの経営にも大きな影響を及ぼします。
| 役割 | 主体 | 主な関心事 | ファンド満期における課題 |
|---|---|---|---|
| ファンド運営責任者 | GP(VC) | キャリードインタレストの最大化・受託者責任の履行 | 満期までに投資先をエグジットできるか |
| 出資者(資金提供者) | LP(年金基金・銀行等) | DPIの確保・投資元本の回収 | 満期に適切な現金配当が受けられるか |
| 投資受け入れ先 | スタートアップ | 事業成長・次のファイナンス確保 | VCの都合でM&A・株式売却を迫られないか |
ファンドの運用期間と「満期」とは何か
VCファンドの運用期間は、国内では通常7年から10年に設定されています。この期間は「投資期間(通常:組成から3〜5年)」と「回収期間(残余期間)」の2フェーズに分かれます。投資期間中は新規投資を積極的に行い、回収期間は既存ポートフォリオのエグジットに注力するのが基本的な流れです。
ファンドの「満期(償還)」とは、この運用期間が終了し、ファンドを解散してLPへ元本・利益を返還するタイミングを指します。満期を迎えると、ファンドが保有する未上場株式・ファンド持分はすべて現金化(または現物分配)される必要があります。注意すべき点は、ファンド満期は運用成績に関係なく必ず到来するという点です。仮に投資先スタートアップの業績が好調でIPOが近い状況であっても、ファンドの法的な運用期間が終了すれば、GPはエグジットを実行しなければならない義務を負います。
ファンド延長(エクステンション)という選択肢とその限界
ファンド満期に際して最初に検討される対処法の一つが、「ファンド延長(エクステンション)」です。LPの合意(通常は過半数または3分の2の賛成)を得ることで、運用期間を1〜3年程度延長する仕組みです。エクステンションが有効なケースとしては、投資先スタートアップのIPOが1〜2年以内に見込まれる場合や、M&Aの交渉が進行中で近日中に決着する見通しが立っている場合などが挙げられます。
しかし、エクステンションには以下のような大きな限界があります。
- 延長には全LPの合意が必要なため、分散したLP構成では調整コストが高い
- 延長しても根本的なエグジット課題が解決するわけではなく、時間稼ぎにしかならない場合がある
- 延長を繰り返すと、LPからの信頼が低下し次のファンドレイズに支障をきたすリスクがある
- 通常、延長は1〜2回が限度であり、根本的解決策にはなりにくい
ポイント
エクステンションはあくまで「時間を買う」手段です。ファンド組成から5〜6年目には、エクステンションに頼らずにエグジットを実行できる計画を立て始めることが、GP・LP双方にとって最善の結果をもたらします。セカンダリー取引・M&Aを含む複数の選択肢を早期に検討することが不可欠です。
2. なぜ今「ファンド償還ラッシュ」が起きているのか
国内VCファンド設立数の急増と満期集中の背景
日本国内では、2013〜2015年ごろを起点にVCファンドの設立数が急増しました。政府のスタートアップ支援策(「日本再興戦略」等)やベンチャー投資の機運醸成を背景に、多くのVCが新規ファンドを組成しました。国内VCファンドの運用期間が一般的に7〜10年であることを踏まえると、2020年代後半には大量のファンドが一斉に満期を迎える計算になります。
スマートラウンド証券の分析によれば、2014年前後から設立されたファンドのうち約200本が、2025年から2027年の3年間で満期を迎えるとされています(日本経済新聞参照)。この「ファンド償還ラッシュ」は、個別ファンドの事情ではなく日本のVC業界全体に波及する構造的な問題です。さらに、2024年の日本経済新聞の調査では、国内VCの約8割がセカンダリー取引を「実施済み、または今後検討する」と回答しています。
IPO偏重型エグジット戦略の限界
日本のVCがこれまで最も依存してきたエグジット手段は「IPO(新規株式公開)」です。しかし近年、このIPO偏重型のエグジット戦略には構造的な限界が明らかになっています。第一に、東京証券取引所グロース市場の上場維持基準の見直しが進んでいます。2023年以降、時価総額基準の引き上げや事業計画の達成率審査が厳格化され、IPO自体のハードルが上がっています。
第二に、IPOまでの期間が長期化しています。かつては創業から3〜5年でIPOするケースも珍しくありませんでしたが、今日では農業・創薬・宇宙産業など事業化に時間を要するセクターが増え、10年以上かけてIPOを目指すスタートアップが増加しています。VCファンドの10年という運用期間内にIPOが実現しない案件が増えているのが実態です。第三に、主幹事証券のスタンスも変化しており、上場基準を十分に満たさない段階でのIPOは以前に比べて難しくなっています。
注意点
「IPOを目指していれば何とかなる」という発想でいると、ファンド満期直前に慌ててエグジットを模索する「駆け込みエグジット」に陥るリスクがあります。買い手に足元を見られた価格交渉となり、適正バリュエーションを大幅に下回る条件でのエグジットを余儀なくされるケースも少なくありません。ファンド満期の3〜4年前から複数のエグジット経路を並行検討することが不可欠です。
グローバルでDPIが低迷している構造的課題
ファンド満期問題はVCのDPI(Distribution to Paid-In Capital:実現倍率)の低迷とも深く結びついています。DPIとは「ファンドのLPが実際に受け取った現金配当総額 ÷ 出資総額」で計算され、1倍を下回るということは元本も回収できていないことを意味します。
Cartaが2025年3月に発表した「VC Fund Performance 2024」によれば、2017年に米国で設立されたファンドのうち、DPIが1倍を超えているのはわずか14%にすぎません。VCファンドのパフォーマンスが、実現ベースでは極めて低迷していることを示す驚きのデータです。日本においても同様の傾向が見られ、TVPI(含み益を含む全価値の倍率)は好調に見えても、実際にLPがキャッシュとして受け取れるDPIは別問題です。この構造的課題を解決する手段として、セカンダリー取引が注目されているのです。
3. セカンダリー取引とは何か|種類と仕組みを整理
セカンダリー取引の定義とプライマリーとの違い
セカンダリー取引(Secondary Transaction)とは、VC・PE(プライベートエクイティ)ファンドが保有する「ファンド持分」または「未上場株式(直接持分)」を、既存の出資者から第三者へ売却する二次流通取引を指します。「プライマリー取引(Primary)」との最大の違いは資金の流れにあります。プライマリーでは投資家から企業・ファンドに直接資金が流入しますが、セカンダリーはあくまで「株主の交代」であり、スタートアップには直接資金は入りません。会社の資本に変化はないという点が重要です。
「ファンド持分の売却」と「直接株式の売却」の2種類
セカンダリー取引には大きく分けて2種類の形態があります。第一は「ファンド持分のセカンダリー(LP Secondary / Fund Secondary)」です。LPとして出資しているVCファンドへの持分そのものを第三者(セカンダリーファンド等)に売却する取引で、LPが早期に現金化したい場合に活用されます。第二は「直接株式のセカンダリー(Direct Secondary)」です。GPであるVCが、ファンドとして直接保有しているスタートアップ株式を別の投資家に売却する取引で、ファンド満期前の部分的な現金化や、成長ステージに合わせた最適な投資家へのバトンタッチとして機能します。
| 種類 | 売却主体 | 売却対象 | 買い手の典型例 | 主な活用場面 |
|---|---|---|---|---|
| ファンド持分セカンダリー | LP(出資者) | VCファンドへの出資持分 | セカンダリーファンド・機関投資家 | LPの早期流動化・ポートフォリオ整理 |
| 直接株式セカンダリー | GP(VC) | スタートアップの未上場株式 | 新規VC・PE・CVC・事業会社 | ファンド満期対応・ステージ移行時のバトンタッチ |
買い手になるのは誰か|セカンダリーファンド・事業会社・新規VC
セカンダリー取引における買い手(Buyer)として、実務上最も多いのは以下のプレーヤーです。セカンダリーファンド(専門ファンド)はプライマリー投資ではなくセカンダリー取引に特化したファンドで、グローバルではBlackstone、Ardian、HarbourVest Partnersなどが代表的です。日本ではKepple Capitalが2024年に初の本格的セカンダリーファンドを設立しました。新規VC・グロースファンドは投資先の成長性を評価し、ポジションを引き継ぐ形でセカンダリー投資を行います。事業会社・CVCはシナジー目的や事業連携を視野に、スタートアップ株式をセカンダリーで取得するケースです。
4. VCファンド満期時にセカンダリー取引を選ぶ理由
GP(ファンド運営者)にとってのメリットとデメリット
GP視点でセカンダリー取引の最大のメリットは、「ファンド満期という制約に縛られずに、最適なタイミングで一定の現金を確保できる」点にあります。全部または一部のポジションをセカンダリーで売却することで、LPへの現金分配が可能になり、受託者責任(Fiduciary Duty)を一定程度果たすことができます。また、ファンド満期直前の「駆け込みエグジット」に比べて、計画的に時間的余裕をもってセカンダリーを実行することで、より適正な価格での売却が期待できます。M&Aには通常6ヶ月〜1年以上の交渉期間を要しますが、直接株式のセカンダリー取引は比較的短期間で完結できる点もメリットです。
一方、デメリットとしては、IPOを待って売却した場合と比べると売却価格が低くなりやすい点が挙げられます。未上場株式の流動性プレミアムが低いため、NAVに対して10〜30%のディスカウントが生じるケースも珍しくありません。また、ポートフォリオ全体を一括でセカンダリー売却しようとすると買い手の調達や価格調整が難しくなるため、一部を対象とした部分売却が現実的です。
LP(出資者)にとってのメリットとデメリット
LP視点でのセカンダリー取引のメリットは、「ファンド期間終了を待たずに流動性を確保できる」点です。年金基金や事業会社にとっては、資産配分(アセットアロケーション)の調整や規制対応(リスクウェイト引き下げ等)のために、保有ファンド持分を早期に現金化したいニーズが生じることがあります。また、LPがセカンダリー取引を「買い手」として活用することもでき、すでに運用実績が見えているファンドの持分をディスカウント価格で取得することで、「Jカーブ(ファンド組成初期の損失計上期間)」を回避しながら成熟したポートフォリオへのエクスポージャーを得ることが可能です。
デメリットとしては、ファンド持分のセカンダリー売却は多くの場合NAVを下回る価格での売却になるため、含み益の一部を諦めることになる点です。また、売却の事実がGP・他LPに知られることで関係性に影響が生じる可能性もあります。
スタートアップ経営者にとってのメリットとデメリット
スタートアップ側から見ると、VCによる直接株式のセカンダリー売却は「株主の交代」を意味します。メリットとしては、ファンド満期プレッシャーから解放されることが挙げられます。元のVCが満期に焦って売り急ぐことなく、スタートアップの成長ステージに合った新たな投資家(例:グロースステージ専門のVCや事業会社)に株主が代わることで、長期的な支援体制を維持できる可能性があります。一方、デメリットとしては、新株主の経営スタンス・出口戦略が以前のVCと異なる可能性があることです。また、株主間契約上の先買権や事前承認条項によっては、スタートアップ側がセカンダリー取引に同意・協力を求められ、交渉が複雑になることがあります。
ポイント
スタートアップ経営者は「セカンダリー取引=ネガティブ」と捉えがちですが、必ずしもそうではありません。ファンド満期に追われた不本意なM&Aよりも、自社の成長方針に合った新投資家への株主交代は、むしろ歓迎すべきケースもあります。重要なのは「誰に・どんな条件で株式が移転するか」を事前に把握・交渉する機会を持つことです。
5. セカンダリー取引とM&Aの実務的な使い分け方
スキームの本質的な違い(株主だけが変わるのか、支配権が動くのか)
VCファンド満期に際してGPが検討するエグジット手段は、大きく「①IPO(株式公開)」「②M&A(企業買収・合併)」「③セカンダリー取引」の3つです。②と③はいずれも「売却によるエグジット」という外見上の共通点がありますが、スキームの本質は大きく異なります。
M&Aでは、買い手企業がターゲット企業の支配権(通常:議決権の過半数以上)を取得することが目的です。経営権が移転し、スタートアップは買い手のグループ企業として組み込まれるケースが多くなります。一方、セカンダリー取引は「株主の交代」であり、VCが保有する少数持分(例:10〜30%程度)を別の投資家に売却する取引であれば、スタートアップの経営権は既存の創業者・経営陣のもとに留まります。会社の支配構造・組織体制・ブランドに変化はなく、あくまで「株主構成の一部変更」にとどまります。
価格・時間・成功確率の比較
M&Aとセカンダリー取引は、価格・所要時間・成功確率の観点でも大きく異なります。
| 比較項目 | M&A | セカンダリー取引 | IPO(参考) |
|---|---|---|---|
| 目的 | 支配権の移転・経営統合 | 株主の交代(持分の流動化) | 市場上場による流動性確保 |
| 典型的な所要期間 | 6ヶ月〜1年以上 | 1〜4ヶ月程度 | 主幹事選定から1〜2年 |
| 価格決定 | DCF・EBITDAマルチプル等・交渉による | NAV±ディスカウント・プレミアム | 市場(需給)で決定 |
| スタートアップへの影響 | 支配権移転・グループ統合の可能性 | 株主変更のみ・経営への影響小 | 上場コスト・継続開示義務 |
| 成功確率 | 案件・市場次第(50〜70%程度) | 買い手さえ見つかれば比較的高い | 審査・市場環境次第 |
| 専門家の関与 | M&Aアドバイザー・弁護士・会計士 | セカンダリーFA・弁護士 | 主幹事証券・監査法人等 |
デュアルトラック戦略の有効性
実務上、特にファンド満期が3〜4年以内に迫っているVCに対して有効とされるのが「デュアルトラック戦略(Dual Track Process)」です。これは、IPO・M&A・セカンダリーのうち複数の経路を並行して検討・交渉し、最も有利な条件が整ったルートでエグジットを実行する戦略です。単一のエグジットルートに依存しないため交渉力が高まり、条件の比較検討が可能になり適正価格での売却につながりやすくなります。また、一方のルートが頓挫しても代替ルートが残るというメリットもあります。
ポイント
セカンダリーとM&Aはどちらが優れているという話ではなく、ファンドの状況・投資先の成長フェーズ・LP構成・市場環境によって最適解が変わります。いずれの手段も選択肢に持ちながら、ファンド満期の3〜4年前から並行検討(デュアルトラック戦略)を始めることが、最善のエグジットアウトカムを実現するうえで最も重要なポイントです。
6. セカンダリー取引の価格決定メカニズムと実務フロー
価格算定の3つのアプローチ(純資産・DCF・マーケットアプローチ)
セカンダリー取引における価格決定は、上場株式の市場価格のように客観的な指標がないため、複数のアプローチを組み合わせて算定するのが実務上の標準です。
①純資産価値(NAV)アプローチ:ファンド持分のセカンダリーでは、GPが算出したファンドのNAV(保有全ポートフォリオの公正価値から負債を差し引いた純資産)を基準として価格交渉します。買い手は通常NAVに対して10〜30%のディスカウントを要求しますが、ポートフォリオの質・残存期間・将来性によってはNAVに近い価格やプレミアムで取引されることもあります。
②DCF(Discounted Cash Flow)アプローチ:投資先スタートアップの将来キャッシュフローを予測し、適切な割引率で現在価値に換算する手法です。スタートアップの事業モデル・成長率・市場規模・競合環境を詳細に分析するため、直接株式のセカンダリーで特に重視されます。ただし将来予測の不確実性が高く、算定結果の幅が大きくなりがちです。
③マーケットアプローチ(類似取引比較法):同業種・同規模・同ステージの類似会社の取引倍率(EV/Revenue・EV/EBITDA等)や類似のセカンダリー取引事例を参考に価格を算定します。日本の未上場株セカンダリー市場はまだ未成熟であり、比較事例が限られる点が課題です。
| アプローチ | 主な適用場面 | メリット | デメリット・留意点 |
|---|---|---|---|
| NAVアプローチ | ファンド持分のセカンダリー | 算定が比較的シンプル・GPが開示するNAVを活用できる | NAV自体の信頼性・鮮度に依存 |
| DCFアプローチ | 直接株式のセカンダリー | 事業価値を直接的に反映 | 将来予測の不確実性・前提次第で大きく変動 |
| マーケットアプローチ | 類似取引が存在する場合 | 市場実態を反映 | 日本では比較事例が限定的 |
ディスカウントが生じる理由と相場感
セカンダリー取引では多くの場合、理論的な公正価値(NAV・DCF算定値)に対してディスカウントした価格で取引が成立します。このディスカウントが生じる主な要因は以下の通りです。
- 非流動性プレミアム:未上場株式は即座に売却できない「非流動性」リスクを内包しており、買い手はその分だけ低い価格を要求します
- 情報の非対称性:売り手(GP)は投資先の内情を熟知しているが、買い手はデューデリジェンスを通じてしか情報を得られない
- マクロ環境・市場センチメント:IPO市場の低迷期や金利上昇局面ではディスカウントが拡大する傾向があります
- 残存ファンド期間:満期が近いほど「早期売却ニーズあり」と買い手に見透かされ、ディスカウントが大きくなります
実務的なディスカウント幅の目安は、ファンド持分で5〜25%、直接株式のセカンダリーでは5〜30%程度とされています。ただし、急成長中の優良スタートアップの直接株式では、プレミアムが乗るケースもあります。
典型的な取引フロー(相談〜クロージングまで)
| フェーズ | 主な内容 | 所要期間の目安 |
|---|---|---|
| ①初期相談・方針確認 | 売却方針の整理・対象ポジションの選定・専門家(FA/弁護士)のアサイン | 1〜2週間 |
| ②マーケティング・買い手探索 | 投資家リストアップ・NDA締結・ティーザー資料の配布 | 2〜4週間 |
| ③インジケーション(意向表明) | 複数買い手からの概算価格・条件の提示・絞り込み | 1〜2週間 |
| ④デューデリジェンス(DD) | 財務・法務・事業DDの実施・データルームの設置 | 2〜4週間 |
| ⑤最終交渉・基本合意 | LOI(意向表明書)または基本合意書の締結・条件最終化 | 1〜2週間 |
| ⑥契約締結・クロージング | 株式譲渡契約(SPA)の締結・対価の授受・株主名簿の書き換え | 1〜2週間 |
| 合計目安 | (案件・交渉状況による) | 2〜4ヶ月 |
7. セカンダリー取引の法務・税務上の主要論点と落とし穴
株主間契約における先買権・同意条項の確認が最重要
セカンダリー取引を検討する際、最初に確認すべき最重要書類が「株主間契約(Shareholders Agreement:SHA)」です。スタートアップが資金調達を行う際に締結するこの契約には、株式の売却を制限・規律する複数の条項が盛り込まれているケースがほとんどです。
先買権(Right of First Refusal:ROFR):VCが第三者に株式を売却しようとする際、他の株主(経営者・他のVC)が同一条件で優先的に買い取れる権利です。セカンダリー取引を進める際には、ROFRの行使期間内に他の株主に通知し、行使しないことを確認する手続きが必要になります。この手続きを怠ると取引全体が無効になるリスクがあります。
事前承認条項(Consent Requirement):株式の譲渡にあたって、取締役会・他の株主・スタートアップ経営者の事前承認を必要とする条項です。承認が得られない場合、取引自体が成立しません。特に「譲渡制限株式」として定められている場合は、会社の定款にも同様の制限が設けられており、取締役会承認が必須となります。
共同売却権(Tag-Along Right):主要株主が株式を売却する際、他の株主が同一条件で売却に参加できる権利です。大規模なセカンダリー取引の際には、この権利を持つすべての株主への通知・協議が必要になります。
注意点
株主間契約や定款の確認を怠ったままセカンダリー取引を進めると、取引完了後に他の株主から無効を主張されるリスクがあります。また、SHAに「競業避止義務」「情報開示義務」等が盛り込まれている場合、セカンダリー取引の交渉過程での情報提供の範囲にも注意が必要です。必ず弁護士の関与のもとで、SHAの全条項を精査してから取引を進めてください。
税務上の取扱い|売却益の課税・みなし配当・適正価格の算定
セカンダリー取引における税務処理は、売り手・買い手の属性(個人・法人・外国法人等)によって異なりますが、特に重要な論点を解説します。法人が保有する株式を売却した場合、売却価格と取得価格(簿価)の差額が「株式等の譲渡益」として法人税の課税対象となります。問題になるのが「適正価格(時価)」の評価です。税法上の適正価格を大きく逸脱した価格での取引は、税務当局から問題視されるリスクがあります。著しく低い価格での売却(例:NAVの50%以下)は「低廉譲渡」として、差額部分にみなし課税が生じる可能性があります。
また「みなし配当」の問題にも注意が必要です。スタートアップが発行した種類株式(優先株)の条件によっては、VC(売り手)が受け取る対価の一部が「配当所得」として課税されるケースがあります。特に「参加型優先株式」や「残余財産優先分配権」が設定されている場合、セカンダリー取引の対価計算が複雑になります。国際的なセカンダリー取引(クロスボーダー)では、源泉徴収税・租税条約の適用・移転価格税制等のさらに複雑な論点が生じます。
注意点
セカンダリー取引の価格は「合意さえできれば何でもよい」わけではありません。税務上の適正価格を外した価格設定は、事後的に税務調査で指摘を受け、追徴課税・加算税のリスクを生じさせます。取引前に公認会計士・税理士と連携して、適正な株価算定根拠を作成・保存しておくことが必須です。
情報開示・インサイダー規制上の留意点
上場企業がスタートアップの株主である場合、セカンダリー取引は上場企業の重要な資産の移動に該当する可能性があり、適時開示が必要になるケースがあります。また、スタートアップ自体がIPOを準備中の場合、インサイダー情報(未公表の重要事実)を知り得る立場のVCが株式を売却する行為は、金融商品取引法上のインサイダー取引規制に抵触するリスクがあります。「いつの時点で、どのような情報を把握していたか」を明確に記録・管理し、法務アドバイザーの確認を得ることが不可欠です。
さらに、2025年5月の金融商品取引法改正で新設された「非上場有価証券特例仲介等業務」の下では、仲介業者(プラットフォーマー)を通じたセカンダリー取引に一定の情報開示規制が課されます。取引を仲介する業者の登録状況・規制対応状況も確認が必要です。
8. 日本のセカンダリー市場の現状と規制環境の整備
2025年金融商品取引法改正「非上場有価証券特例仲介等業務」の新設
日本のセカンダリー市場は、2025年5月の金融商品取引法(金商法)改正により、大きな転換点を迎えました。改正金商法では「非上場有価証券特例仲介等業務」という新たな業態が規定され、プラットフォーマーや仲介業者が未上場株式のセカンダリー取引を円滑に仲介できる法的根拠が整備されました。これ以前は、未上場株式の売買仲介には原則として第一種金融商品取引業(証券会社と同等の登録)が必要とされており、専門的なプレーヤーでなければ合法的に仲介ビジネスを行えない状況が続いていました。改正後は一定の要件を満たした事業者が比較的低いハードルで仲介業を行えるようになり、セカンダリー市場のプレーヤー拡大が期待されています。
金融庁は2024年11月に「ベンチャーキャピタルにおいて推奨・期待される事項」を公表し、GPのLPに対する受託者責任の強化やエグジットマネジメントの重要性を明示しました。政府・規制当局レベルでのセカンダリー市場の整備・促進は、今後も継続的に進むと見られます。
日本と欧米のセカンダリー市場規模の比較
グローバルでのセカンダリー市場の成長は著しく、米国のAI-CIOの調査によれば、2024年4月から2025年3月にかけてセカンダリー取引がエグジット全体の29.2%を占め、IPO(27.7%)を上回りました。また、Coral CapitalのJames Riney氏の分析では、2024年における世界スタートアップの流動性イベントの約70%がセカンダリー取引によるものと推定されています。
| 比較項目 | 米国・欧州 | 日本(現状) |
|---|---|---|
| 市場歴史 | 40年超(1984年〜) | 本格化は2024年〜 |
| セカンダリー取引のエグジット比率 | 約29〜70%(指標・期間による) | 推定数%程度(詳細データ未公表) |
| 主要プラットフォーム | Forge・EquityZen・Nasdaq Private Market等 | Nstock・一部証券会社・FA等 |
| 規制整備状況 | 成熟した制度インフラあり | 2025年金商法改正で整備開始 |
| セカンダリーファンド数 | 多数(Blackstone・Ardianなど大型専門ファンド含む) | 2024年から本格立ち上がり |
セカンダリー市場活性化がスタートアップエコシステムに与える影響
経済産業省も、セカンダリー市場の活性化が日本のスタートアップエコシステムの健全化に不可欠であるとの見解を示しています。特に海外の大型VCを日本市場に呼び込むためには、投資後の流動性が保証されるセカンダリー市場の整備が重要だとされています。セカンダリー市場が活性化すると、①VCのDPIが改善されLPのVCファンドへの再投資意欲が高まる、②VCが「IPO一本足打法」から脱却し農業・創薬・宇宙等の長期型スタートアップへの投資が拡大する、③早期流動性の見込みから優秀な人材がスタートアップに参加しやすくなる、といった複合的なポジティブ効果が期待できます。
9. エグジットマネジメントの具体的な進め方と専門家活用のポイント
ファンド組成5〜6年目から始めるべきエグジット計画の立て方
エグジットマネジメントの鉄則は「早期着手」です。スタートアップ投資の経験が豊富なSTRIVE代表パートナーの堤達生氏も「ファンド組成から5〜6年目がエグジットポリシーを考え始めるタイミング、7年目以降は具体的プランの実行局面」と指摘しています。
具体的には、ファンド組成後5〜6年目に以下のアクションを取ることが推奨されます。まず、ポートフォリオ全体の「エグジットシナリオ」を各投資先ごとに整理します。IPO・M&A・セカンダリーのいずれが現実的かを、投資先の成長フェーズ・業種・市場環境・経営者の意向も踏まえて判断します。次に、LP向けの透明性の高い報告コミュニケーション計画を策定します。そして、M&Aアドバイザー・弁護士・会計士等の専門家チームをアサインし、準備体制を整えます。ファンド組成から7年目以降は、具体的なエグジットプランを実行局面に移し、IPOトラックに乗っている投資先は主幹事証券との協議を加速し、M&Aやセカンダリーが現実的な投資先については買い手探索・交渉を並行して開始します。
「駆け込みエグジット」を避けるための早期アクション
最も避けるべき最悪のシナリオは「駆け込みエグジット」です。ファンド満期まで1〜2年を切った段階で慌てて売却交渉を始めると、以下のような深刻な問題が生じます。
- 交渉力が著しく低下し、買い手(またはスタートアップ経営者)に足元を見られた価格で合意せざるを得なくなる
- デューデリジェンスや法的手続きに十分な時間を確保できず、取引リスクが上昇する
- 急いで複数の案件を同時に進めようとすることで、チームリソースが分散し品質が低下する
- LPへの報告が後手後手になり、次のファンドレイズにおける信用に悪影響が及ぶ
注意点
「まだ時間がある」という感覚的な判断で先送りにしていると、気づいた時には選択肢が大幅に狭まっているケースが多発しています。特に日本では投資先のスタートアップが法的に「譲渡制限」を課している場合や、株主間契約の整備が不十分なケースでは、事前の法的整理だけでも数ヶ月を要することがあります。遅くともファンド満期の3年前には専門家に相談を始めることを強く推奨します。
専門家(弁護士・会計士・M&Aアドバイザー)をいつ・どのように使うか
セカンダリー取引・エグジット全般において、専門家の関与は単なる「お墨付き」ではなく、取引の実現可能性を左右する本質的な要素です。以下のような局面で専門家のアサインが特に重要になります。
- 株主間契約(SHA)の精査:先買権・同意条項・共同売却権等の確認は弁護士に依頼し、取引前に完全に把握しておく
- 株価算定書の作成:税務上の適正価格算定は公認会計士・税理士と連携し、第三者の独立した評価書を取得しておく
- 買い手探索・交渉:M&AアドバイザーまたはセカンダリーのFAをアサインし、複数の潜在買い手に対してオークション形式またはバイラテラル交渉を実施する
- デューデリジェンス対応:買い手側のDDに応じるための情報整理・データルーム設置をFA・弁護士と共に行う
- 契約書の作成・レビュー:株式譲渡契約(SPA)・表明保証・誓約事項等を弁護士が起案・交渉する
専門家費用を惜しんで不適切な価格・条件での取引を締結した場合の損失は、専門家費用をはるかに上回るケースが一般的です。特にセカンダリー取引は未上場株式特有の情報の非対称性が高いため、独立した専門家チームの活用が不可欠です。Camphor Treeでは、弁護士・公認会計士・税理士・M&Aアドバイザーが一体となったチームで、ファンド満期対応からセカンダリー取引の実行までをワンストップでサポートします。
ポイント
専門家への相談タイミングのチェックリスト:①ファンド組成から5年が経過した時点、②投資先のIPO見通しが不透明になった時点、③LPから満期・エグジットについての問い合わせが来た時点、④株主間契約の内容をきちんと把握できていないと感じた時点——これらのいずれか1つに当てはまれば、すぐに専門家へご相談ください。
10. まとめ
本記事では、「VCファンドの満期(償還)」と「セカンダリー取引」について、基礎知識から実務的な活用方法・法務税務リスクまでを網羅的に解説しました。要点を整理します。
- VCファンドの満期は運用成績に関係なく到来する。2025〜2027年は国内VCの「ファンド償還ラッシュ」の時期であり、約200本のファンドが満期を迎える見通しです。
- セカンダリー取引はファンド持分または直接株式の第三者売却であり、M&Aと異なり支配権は移転しない。「株主の交代」という理解が重要です。
- GP・LP・スタートアップの三者それぞれにメリット・デメリットがある。成功のカギは各ステークホルダーの利害を調整した早期・計画的な実行にあります。
- セカンダリーとM&Aは対立する選択肢ではなく、デュアルトラック戦略で並行検討することが最善のアウトカムを生む可能性が高いです。
- 法務面では株主間契約の精査が最優先。税務面では適正価格の算定・みなし配当の論点を弁護士・税理士と事前に確認することが必須です。
- 駆け込みエグジットを防ぐため、ファンド組成から5〜6年目に専門家チームと共にエグジット計画を立案・実行することが最善の戦略です。
セカンダリー取引・ファンド満期対応・M&A・アライアンスを含むエグジット戦略について、何かお困りのことがあれば、弁護士・公認会計士・M&Aアドバイザーが一体となったチームを持つCamphor Treeまでお気軽にご相談ください。
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