「会社を売るなら2026年中にしたほうがいい、と言われたが本当なのか」「譲渡価格5億円程度なら富裕層課税とは無縁だと思っていた」「そもそもミニマムタックスという制度を今まで知らなかった」——M&Aによる会社売却を検討するオーナー経営者から、ここ数か月でこうした声を聞く機会が急速に増えています。
背景にあるのが、2027年(令和9年)分の所得税から適用される、いわゆるミニマムタックスの大幅強化です。特別控除額が3億3,000万円から1億6,500万円へ半減し、税率が22.5%から30%へ引き上げられることで、株式譲渡益に追加課税が発生する水準は、譲渡益ベースで約9.9億円超から約3.3億円超へと一気に下がります。
本記事では、M&A・事業承継を専門とする立場から、制度の仕組みと改正内容を条文・通達レベルで整理したうえで、株式譲渡価格1億円・3億円・5億円・10億円・20億円・30億円という具体的な価格帯ごとに、税額と手取りがどれだけ変わるのかを試算します。「自分の価格帯ではいくら増えるのか」「2026年中の実行に間に合うのか」「どの対応策が現実的で、どこに限界があるのか」を、この記事だけで判断できる状態を目指します。
1. ミニマムタックスとは——「1億円の壁」を是正する追加課税
正式名称は「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」
ミニマムタックスは通称であり、法令上の正式名称は「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」です。根拠条文は租税特別措置法第41条の19、条文見出しは「特定の基準所得金額の課税の特例」となっています。令和5年度税制改正で創設され、令和7年(2025年)分の所得税から適用が始まりました。
仕組みを一言でいえば、所得が極めて大きい個人について「最低限これだけは負担すべき」という所得税額を別途計算し、通常の方法で計算した所得税額がその水準に届かない場合に、差額を追加で課税するというものです。米国のAMT(Alternative Minimum Tax)に似た構造であることから、実務では「ミニマムタックス」と呼ばれています。
重要なのは、これが「新しい税目」ではなく、既存の所得税に対する上乗せ計算だという点です。したがって、申告は通常の確定申告のなかで行い、国税庁が公表している「特定の基準所得金額の課税の特例に関する適用判定・所得税額計算書」を用いて計算します。住民税には同種の仕組みが存在せず、追加課税はあくまで国税の世界で完結します。この点は後述する試算の読み方に直結するため、最初に押さえておいてください。
導入の背景にある「1億円の壁」
日本の所得税は累進課税を採用しており、給与所得や事業所得は所得が増えるほど税率が上がり、住民税を含めた最高税率は約55%に達します。一方で、株式の譲渡益や上場株式等の配当といった金融所得は、金額の多寡にかかわらず一律20.315%の申告分離課税です。
一般に、所得が高い人ほど所得全体に占める金融所得の割合が高くなる傾向があります。その結果、合計所得金額が1億円前後をピークとして、それを超えると所得が高い人ほど所得税の負担率がかえって下がるという逆転現象が生じます。これがいわゆる「1億円の壁」です。国税庁の申告所得税標本調査をもとにした分析では、合計所得金額5,000万円超1億円以下の階級で負担率がピークに達したあと、100億円超の階級では16%台まで低下することが示されています。
この垂直的公平の歪みを是正する目的で導入されたのがミニマムタックスです。ただし、大和総研の試算によれば、現行制度で追加課税の対象になり得る人数は年間200〜400人程度にとどまり、負担率のピークが1億円前後にあるという構図自体は変わりませんでした。2027年からの強化は、この積み残しに手を付けるものと位置づけられます。
計算式の構造——基準所得金額・特別控除額・基準所得税額
ミニマムタックスの計算は、次の3つの用語を理解すれば足ります。
- 基準所得金額……総所得金額と分離課税の各種所得金額を合計したもの。確定申告不要制度を適用できる上場株式等の配当所得・譲渡所得等も、申告の有無にかかわらず含めて計算します。
- 特別控除額……基準所得金額から差し引く定額の控除。現行は3億3,000万円、2027年分以後は1億6,500万円です。
- 基準所得税額……通常の方法で計算した場合の所得税額。外国税額控除等を適用する前の金額で、復興特別所得税は含みません。
追加課税額は「(基準所得金額 − 特別控除額)× 税率 − 基準所得税額」で計算し、この結果がプラスになる場合に、その金額を所得税に上乗せして納付します。逆にいえば、通常の所得税額のほうが大きければ追加課税は生じません。給与所得や事業所得だけで所得を得ている人は、どれほど高額所得であっても累進税率によって既に高い税負担をしているため、原則としてミニマムタックスの対象にはなりません。
ポイント
基準所得税額に復興特別所得税は含まれません。ここを15.315%として計算している解説記事が散見されますが、それでは追加課税が発生する分岐点が実際より高く出てしまいます。本記事の試算はすべて所得税15%を基準所得税額として計算し、復興特別所得税・防衛特別所得税はミニマムタックス適用後の所得税額に対して上乗せする方式を採っています。
2. 2027年(令和9年)から何が変わるのか——控除半減と税率30%
変更点①:特別控除額が3億3,000万円から1億6,500万円へ
令和8年度税制改正の第一の柱が、特別控除額の半減です。財務省が公表した「令和8年度税制改正の大綱の概要」には、税負担の公平性の確保を図る観点から、追加の税負担を計算する基礎となる基準所得金額から控除する特別控除額を1億6,500万円に引き下げる旨が明記されています。
控除枠が半分になるということは、これまで控除の範囲内に収まっていた所得層が一気に計算対象へ取り込まれるということです。しかも、控除の縮小は単純に「対象者が増える」だけでなく、既に対象だった層の追加納税額も押し上げます。控除後の課税ベースが1億6,500万円分だけ大きくなるためです。
M&Aの文脈でいえば、譲渡益が3億円台から5億円台という、中堅企業の事業承継型M&Aでごく一般的に生じる規模が、正面から射程に入ってきます。年商10億円から30億円、営業利益1億円から3億円というレンジの会社であれば、譲渡対価が3億円から5億円を超えることは珍しくありません。
変更点②:税率が22.5%から30%へ
第二の柱が税率の引き上げです。ミニマムタックス計算で用いる税率が、22.5%から30%へ7.5ポイント引き上げられます。控除額の縮小と税率の上昇という二重の強化であるため、追加納税額の増加幅は単純な足し算では捉えきれません。
税率30%という水準は、株式譲渡益に適用される所得税率15%のちょうど2倍にあたります。この「2倍」という関係が、後述する分岐点3億3,000万円を導く鍵になります。特別控除額1億6,500万円のちょうど2倍が3億3,000万円である、という対応関係は偶然ではありません。
なお、財務省の増減収見込額では、この改正による税収規模は現行制度の1,130億円程度から4,000億円程度へと見込まれています。大和総研の試算でも、現行制度の対象者が年平均274人程度であるのに対し、改正後は1,744人程度に拡大するとされています。対象者数がおよそ6倍に広がる改正だという点で、これまでの「一部の超富裕層の話」という位置づけは変わったと考えるべきです。
| 項目 | 現行(令和7・8年分) | 改正後(令和9年分以後) |
|---|---|---|
| 特別控除額 | 3億3,000万円 | 1億6,500万円 |
| 税率 | 22.5% | 30% |
| 計算式 | (基準所得金額−3.3億円)×22.5%−基準所得税額 | (基準所得金額−1.65億円)×30%−基準所得税額 |
| 分離課税のみの場合の対象下限 | 譲渡益 約9億9,000万円超 | 譲渡益 約3億3,000万円超 |
| 株式譲渡益の実効最高税率 | 27.9725% | 35.63% |
| 適用時期 | 令和7年分の所得税から | 令和9年分の所得税から |
適用開始は令和9年分の所得税から
改正内容を盛り込んだ「所得税法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第12号)は、令和8年3月31日に成立・公布されました。適用は令和9年(2027年)分以後の所得税からで、令和8年分以前は従前どおりの取扱いとなります(改正法附則第47条)。つまり、2026年12月31日までに所得が帰属する譲渡は現行制度、2027年1月1日以後に帰属する譲渡は改正後の制度が適用されます。
この境目は「1年」ではなく「1日」で切り替わります。譲渡益の規模によっては、この1日の差が手取り額に1億円単位の差を生みます。したがって、2026年後半から2027年前半にかけてクロージングを予定しているディールでは、所得の帰属年度をいつに置くかがバリュエーション交渉と同等の重みを持つ論点になります。帰属年度の判定ルールについては第6章で詳しく扱います。
基準所得金額に含まれるもの・含まれないもの
基準所得金額は、通常の所得税の申告対象となる所得金額に加えて、通常は申告不要とできる所得も加算して算出します。具体的には、上場株式等に係る配当所得・利子所得のうち申告不要適用分、一般株式等に係る少額配当の申告不要適用分、源泉徴収ありの特定口座における上場株式等の譲渡所得等のうち申告不要適用分が含まれます。
また、令和8年度税制改正では暗号資産取引に申告分離課税が導入されており、これに伴い特定暗号資産に係る譲渡所得等の金額も基準所得金額に含まれることとされました(措法41条の19第2項第9号)。一方、NISA口座内で生じた譲渡益・配当は非課税所得であるため含まれません。源泉分離課税で完結する利子所得も対象外です。M&Aの売主にとって重要なのは、「申告しなければ基準所得金額に入らない」という理屈が通用しないという点です。特定口座で申告不要を選択している上場株式の売却益も、ミニマムタックスの判定上は合算されます。
したがって、自社株の譲渡益だけでなく、同じ年に行った上場株式の売却、保有不動産の譲渡、役員退職金、不動産所得なども含めて年間の所得全体で判定することになります。M&Aの譲渡益が3億円に届かないケースでも、他の所得と合算した結果として対象になる可能性があるため、実行年の所得全体を俯瞰した試算が不可欠です。
3. なぜM&Aの売主が正面から直撃されるのか
株式譲渡益は所得税15%の申告分離課税
非上場株式をM&Aで売却した場合、譲渡益には20.315%の申告分離課税が課されます。内訳は所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%です。給与所得のような累進構造はなく、ミニマムタックスを考慮しなければ、譲渡益が1億円でも100億円でも税率は変わりません。これはM&Aの売主にとって長年の前提であり、手取り試算も「譲渡対価から取得費を引いた金額に約8割を掛ける」という単純な計算で足りていました。
ミニマムタックスの計算に用いる基準所得税額は、この15%部分です。譲渡益をG円とすると、基準所得税額は0.15Gとなります。所得税率が一定であるため、基準所得税額もGに比例して直線的にしか増えません。
一方、ミニマムタックスの計算式は「(G − 特別控除額)× 税率」です。こちらは特別控除額を差し引いた後にGへ比例するため、Gが大きくなるほど、控除の影響が薄まり税率がそのまま効いてきます。この二つの直線がどこで交わるかが、追加課税の分岐点になります。
「15%と30%」が生む逆転構造——分岐点が3.3億円になる理由
改正後の分岐点は、方程式を解けば正確に求まります。0.15G = 0.30 ×(G − 1億6,500万円)を解くと、0.15G = 4,950万円、すなわちG = 3億3,000万円です。譲渡益が3億3,000万円を超えた瞬間から、ミニマムタックスによる追加納税が発生し始めます。
同じ計算を現行制度で行うと、0.15G = 0.225 ×(G − 3億3,000万円)から、0.075G = 7,425万円、G = 9億9,000万円となります。つまり現行制度では譲渡益が9億9,000万円を超えなければ追加課税は生じません。分岐点が9億9,000万円から3億3,000万円へ、およそ3分の1の水準まで前倒しされる——これが今回の改正の本質です。
なぜこれほど早く逆転が起きるのか。理由は、株式譲渡益の所得税率15%が、ミニマムタックスの税率30%のちょうど半分だからです。所得の大部分が低税率の分離課税で構成されるほど、通常の所得税額は伸びず、最低税額のラインには早く到達します。逆に、給与所得のように累進税率で最高45%まで上がる所得であれば、そもそも30%のラインを自力で超えているため、どれだけ高額でも追加課税は生じません。M&Aの売主が正面から直撃されるのは、この構造ゆえです。
ポイント
分岐点は「譲渡対価」ではなく「譲渡益」で判定します。譲渡益=譲渡対価−取得費−譲渡費用ですから、取得費が大きい株主ほど分岐点に達する譲渡対価は高くなります。相続で取得した株式や、増資を重ねて取得価額が積み上がっている株式については、取得費の把握が判定の第一歩になります。
報道の「所得6億円超」と実務の「3.3億円」がずれる理由
2025年末の税制改正大綱の報道では、「対象は年間所得6億円超に引き下げ」というフレーズが多く使われました。実務で語られる3億3,000万円という数字と食い違うため、混乱している方も多いと思います。
両者の違いは前提の置き方にあります。報道の「6億円」は、所得階級別の平均的な所得構成——つまり給与所得や事業所得など累進課税の所得をある程度含んだ一般的な富裕層モデル——を用いた場合の目安です。累進課税の所得が混ざっていれば、その部分については既に高い税率で課税されているため、最低税額のラインを超えるのに必要な所得総額は大きくなります。
これに対し、M&Aで生じる株式譲渡益は、そのほぼ全額が15%の分離課税所得です。累進課税による「かさ上げ」が働かないため、3億3,000万円という低い水準で逆転が起きます。同様に、現行制度の目安として報道された「30億円超」も平均的所得構成に基づく数値であり、分離課税一色の売主であれば9億9,000万円から対象になっていました。「自分は所得6億円もないから関係ない」という理解は、M&Aにおける売主に限っては危険です。
創業オーナーは「譲渡対価≒譲渡益」になりやすい
創業オーナーには、もう一段の論点があります。設立時の払込資本が数百万円から1,000万円程度という会社では、株式の取得費もその範囲にとどまります。譲渡対価のほぼ全額が譲渡益として課税されるため、「対価3.5億円がそのまま譲渡益3.5億円」という状態になりやすいのです。
さらに、取得費を証明する資料が散逸しているケースでは、譲渡収入金額の5%を概算取得費として用いる取扱いが認められています。この方法によると、譲渡対価の95%が譲渡益として計算されます。譲渡対価3億4,737万円で譲渡益がちょうど3億3,000万円に達する計算になり、実務的な感覚としては「対価3.5億円あたりから追加課税が視野に入る」ということになります。
一方、相続によって株式を取得したオーナーの場合、被相続人の取得費を引き継ぐのが原則ですが、相続税の取得費加算の特例(相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの譲渡が対象)を使えるケースでは、譲渡益を圧縮できる余地があります。取得費の状況によって分岐点となる譲渡対価は大きく動くため、一律の目安に頼らず個別に試算する必要があります。
4. 【試算①】株式譲渡価格1億〜30億円で税負担と手取りはこう変わる
試算の前提条件
オーナー経営者が最初に手にする数字は「譲渡益」ではなく「譲渡対価」ですから、譲渡価格ベースで税額と手取りを並べます。前提は以下のとおりです。
・株主は個人1名。譲渡益以外の所得はゼロとする。
・取得費は譲渡収入金額の5%(概算取得費)とし、譲渡費用はゼロとする。譲渡益=譲渡価格×95%。
・所得控除(基礎控除等)は考慮しない。
・所得税15%、住民税5%。所得税額に対する付加税は、2026年実行は復興特別所得税2.1%、2027年実行は復興特別所得税1.1%と防衛特別所得税1%(合計2.1%)で計算する。
・2026年実行は特別控除3億3,000万円・税率22.5%、2027年実行は特別控除1億6,500万円・税率30%を適用する。
・手取り=譲渡価格−税額合計。M&A仲介手数料等の実費は考慮しない。
実際の案件では、役員退職金の支給、複数株主への分散、繰越損失、他の所得との合算など複数の変動要因が絡みます。以下の数値はあくまで構造を掴むための単純化モデルとしてご覧ください。
譲渡価格別の税額・手取り比較
| 譲渡価格 | 2026年実行 税額 | 2026年実行 手取り | 2027年実行 税額 | 2027年実行 手取り | 手取り減少額 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1億円 | 1,930万円 | 8,070万円 | 1,930万円 | 8,070万円 | — |
| 3億円 | 5,790万円 | 2億4,210万円 | 5,790万円 | 2億4,210万円 | — |
| 3.5億円 | 6,755万円 | 2億8,245万円 | 6,793万円 | 2億8,207万円 | 38万円 |
| 5億円 | 9,650万円 | 4億350万円 | 1億1,870万円 | 3億8,130万円 | 2,221万円 |
| 10億円 | 1億9,299万円 | 8億701万円 | 2億8,795万円 | 7億1,205万円 | 9,495万円 |
| 20億円 | 4億5,567万円 | 15億4,433万円 | 6億2,643万円 | 13億7,357万円 | 1億7,076万円 |
| 30億円 | 7億2,141万円 | 22億7,859万円 | 9億6,492万円 | 20億3,508万円 | 2億4,351万円 |
※取得費を譲渡価格の5%(概算取得費)、譲渡費用ゼロ、他の所得ゼロ、所得控除ゼロと仮定して計算。万円未満は四捨五入。
価格帯ごとのインパクトの読み方
表を価格帯ごとに読み解きます。まず、譲渡価格1億円および3億円の帯では、2026年に実行しても2027年に実行しても税額はまったく同じです。譲渡益はそれぞれ9,500万円、2億8,500万円で、いずれも分岐点の3億3,000万円に届きません。最低税額を計算しても通常の所得税額を下回るため、ミニマムタックスは発動しません。手取りは譲渡価格の約80.7%で、従来どおりの感覚が通用します。この価格帯のオーナーが「2027年までに売らなければ」と焦る必要はありません。
変化が始まるのが3.5億円の帯です。譲渡益3億3,250万円が分岐点3億3,000万円をわずかに超えたため、38万円の増税が生じます。金額としては小さいものの、ここが境界線であることを示す重要な数字です。
5億円の帯になると、増税額は2,221万円に跳ね上がります。譲渡価格に対する実効的な税負担は19.30%から23.74%へと4.4ポイント上昇し、手取りは4億350万円から3億8,130万円へ減少します。分岐点を1.5億円ほど超えただけで2,000万円超の差が出るという事実は、この改正の傾きの急さを物語っています。
10億円の帯では増税額が9,495万円、実効負担は19.30%から28.79%へと9.5ポイント上昇します。ほぼ1億円の手取り減であり、譲渡価格の1割弱が消えることになります。
20億円で1億7,076万円、30億円で2億4,351万円と、増加幅は絶対額では拡大し続けます。ただし、譲渡価格に対する実効負担そのものは、20億円で31.32%、30億円で32.16%と伸びが緩やかになっていきます。これは現行制度でも20億円・30億円の帯では既にミニマムタックスが発動しており(2026年実行でそれぞれ22.78%、24.05%)、改正による差分が縮まるためです。譲渡益が極めて大きくなると、実効税率は後述する上限35.63%へ漸近していきます。
注意点
注目すべきは5億円から10億円という価格帯です。現行制度ではまったく無風だったこのレンジで、2,000万円から1億円近い増税が生じます。中堅企業の事業承継型M&Aで最も件数が多い価格帯であり、最も大きな変化に直面することになります。
ポイント
逆にいえば、譲渡価格3億円台前半までのオーナーにとって、この改正はほぼ無関係です。増税を理由に売却時期を前倒しする合理性はありません。自社の想定譲渡価格と取得費を把握し、そもそも射程に入るのかどうかを確認することが最初のステップになります。
5. 【試算②】譲渡益ベースの実効税率と「最高35.63%」の意味
譲渡益別の追加納税額と実効税率
取得費の状況は株主ごとに異なるため、譲渡益ベースでも整理しておきます。以下は、譲渡益のみを基準所得金額とした場合の、ミニマムタックスによる追加納税額と、所得税・付加税・住民税を合計した実効税率です。
| 譲渡益 | 2026年 追加納税額 | 2027年 追加納税額 | 2026年 実効税率 | 2027年 実効税率 |
|---|---|---|---|---|
| 1億円 | — | — | 20.32% | 20.32% |
| 3億円 | — | — | 20.32% | 20.32% |
| 3.3億円 | — | — | 20.32% | 20.32% |
| 4億円 | — | 1,050万円 | 20.32% | 23.00% |
| 5億円 | — | 2,550万円 | 20.32% | 25.52% |
| 7億円 | — | 5,550万円 | 20.32% | 28.41% |
| 10億円 | 75万円 | 1億50万円 | 20.39% | 30.58% |
| 20億円 | 7,575万円 | 2億5,050万円 | 24.18% | 33.10% |
| 30億円 | 1億5,075万円 | 4億50万円 | 25.45% | 33.95% |
※他の所得ゼロ、所得控除ゼロと仮定。実効税率は譲渡益に対する所得税・付加税(2026年は復興特別所得税2.1%、2027年は復興特別所得税1.1%+防衛特別所得税1%)・住民税の合計額の割合。
現行制度では、譲渡益10億円でも追加納税は75万円にとどまり、実質的な影響はほぼありませんでした。それが改正後は同じ10億円で1億50万円——実に130倍を超える追加納税になります。この落差が、今回の改正が「見直し」ではなく「別制度への置き換え」に近いと言われるゆえんです。
なぜ35.63%が上限になるのか
譲渡益が大きくなるほど、特別控除1億6,500万円の影響は相対的に小さくなり、実効税率は一定の上限に漸近します。その上限が35.63%です。
内訳は次のとおりです。ミニマムタックス適用後の所得税率が30%、これに復興特別所得税および防衛特別所得税を合わせた2.1%が上乗せされて30%×1.021=30.63%。ここに住民税5%を加えて、合計35.63%となります。現行制度における同じ計算は22.5%×1.021+5%=27.9725%ですから、上限税率は7.66ポイント上昇することになります。
20.315%という慣れ親しんだ前提が、譲渡益の規模次第で最大35.63%まで動く。これは手取り額でいえば、譲渡益の79.7%が受け取れていたものが64.4%になるということです。M&Aの経済性を「譲渡対価」ではなく「税後手取り」で評価し直す必要性が、これまでになく高まっています。
住民税5%は影響を受けない——増税は国税だけで起きる
見落とされがちですが、ミニマムタックスは所得税の追加納税規定であり、住民税には同種の制度がありません。したがって、住民税は改正の前後を通じて譲渡益の5%のままです。
この事実には二つの実務的な含意があります。第一に、増税分はすべて所得税として翌年3月15日までの確定申告・納付で一括して求められるということです。住民税のように翌年度に分割して課されるわけではないため、納税資金の準備は所得税に集中させて考える必要があります。譲渡益10億円のケースでは、通常の所得税1億5,000万円に加えて追加納税1億50万円、付加税を含めた国税だけで2億5,576万円を一度に納めることになります。
第二に、増税を回避する対策の効果も国税部分にしか及ばないということです。役員退職金の活用にせよ株主分散にせよ、狙いはあくまで所得税の追加納税を減らすことにあり、住民税5%は動きません。対策の効果を過大に見積もらないためにも、この切り分けは意識しておくべきです。
2027年は付加税の中身も変わる——復興1.1%+防衛1%
令和8年度税制改正では、ミニマムタックスと同じく2027年(令和9年)1月から、所得税額に対して1%を課す防衛特別所得税が創設されます。同時に、家計の負担が増えないよう復興特別所得税の税率が1%引き下げられ、その分の復興財源を確保するため課税期間が令和29年まで10年間延長されます。
結果として、2027年以後の所得税に対する付加税は、復興特別所得税1.1%と防衛特別所得税1%を合わせて2.1%となり、合計負担率は現在と変わりません。したがって、株式譲渡益に対する通常の税率は2027年以後も20.315%(所得税15%+付加税0.315%+住民税5%)のままです。
「2027年から株式譲渡の税率そのものが上がる」という説明を目にすることがありますが、正確ではありません。基本税率は据え置かれたまま、譲渡益が3億3,000万円を超える部分についてミニマムタックスという別枠の上乗せが生じる、というのが正しい理解です。
注意点
防衛特別所得税と復興特別所得税は名目上は別の税ですが、いずれも所得税額を課税標準とする付加税です。ミニマムタックスによる追加納税額も所得税額を構成するため、追加納税分にも2.1%が上乗せされます。追加納税1億円であれば、さらに210万円が付加税として発生する計算です。試算の際にこの部分を落とさないよう注意してください。
6. 「2026年中に売る」は本当に間に合うのか——所得の帰属年度の実務
原則は引渡日、選択により契約の効力発生の日
2026年内実行を検討するうえで最初に確認すべきは、株式譲渡による所得がどの年に帰属するのかというルールです。ここを誤解している解説記事が少なくないため、通達の原文に沿って正確に整理します。
租税特別措置法関係通達37の10・37の11共-1(1)は、株式等に係る譲渡所得等の総収入金額の収入すべき時期について、「株式等の引渡しがあった日による。ただし、納税者の選択により、当該株式等の譲渡に関する契約の効力発生の日により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認める」と定めています。
つまり、原則は引渡日(クロージング日)であり、契約の効力発生日はあくまで納税者の選択によって認められる例外です。「契約効力発生日が原則」と説明している記事もありますが、これは原則と例外が逆になっています。この順序を取り違えると、「契約さえ年内に締結すれば自動的に2026年分になる」という誤った安心につながりかねません。
「契約は2026年、クロージングは2027年」に潜む落とし穴
通達上、契約の効力発生日を選択することは可能です。したがって、2026年12月に最終契約を締結し、2027年1月にクロージングするという案件で、2026年分として申告する余地は理屈のうえでは存在します。しかし、これを前提に設計するのは実務上おすすめできません。理由は三つあります。
- 第一に、選択が認められるのはあくまで「契約の効力が2026年中に発生している」場合であり、仮に、停止条件付きの契約と構成され条件成就が2027年になるケースでは、そもそも効力発生日が2026年中とはいえない可能性があります。
- 第二に、この選択は納税者側の主張であり、税務調査で契約内容や実態が精査されれば争点になり得ます。
- 第三に、譲渡益の規模が大きいほど、否認された場合の追徴税額と加算税・延滞税の負担が重くなります。
税負担の差が1億円単位になる局面で、通達の但書に依拠したポジションを取ることは、リスクとリターンが釣り合いません。実務的な結論としては、契約締結とクロージングの双方を2026年中に完結させる設計を採るべきです。
停止条件付契約・分割実行・アーンアウトの扱い
M&Aの最終契約では、許認可の承継、主要取引先のチェンジオブコントロール条項への対応、独占禁止法上の届出など、クロージングの前提条件が設定されるのが通常です。これらが仮に停止条件として構成されている場合、条件成就の時期によって効力発生日そのものが動きます。契約書のドラフト段階から、条件の構成と帰属年度の関係を税務の観点で確認しておく必要があります。
株式を複数回に分けて譲渡する分割実行の場合は、各回の引渡日ごとに所得が帰属します。2026年に51%、2027年に49%というような設計であれば、それぞれの年の所得として計算されるため、結果的に基準所得金額が分散されます。これは後述する対応策としても機能しますが、支配権の移転時期をどう扱うかという商流上の論点と表裏の関係にあります。
アーンアウト条項によって将来の業績連動対価を受け取る場合、その対価をいつの年分の所得として認識するかは、条項の設計によって取扱いが分かれ得る難しい論点です。定型的な答えはないため、契約条項の書き方と併せて個別に検討する必要があります。
注意点
「契約書に2026年12月31日付と記載しておけば大丈夫」という発想は危険です。所得の帰属年度は契約書の日付ではなく、引渡しという事実、あるいは契約の効力が実際に発生した時点で判断されます。バックデートは論外として、実態を伴わない形式的な前倒しは税務調査における重大な指摘対象となります。
実務上の結論——年内クロージングまで完結させる設計
以上を踏まえた実務上の結論はシンプルです。2026年分として確実に申告したいのであれば、最終契約の締結、前提条件の充足、決済(クロージング)と株式の引渡しまでを、すべて2026年12月中に完結させることです。
そのうえで、年末ぎりぎりの設定は避けるべきです。買い手側のデューデリジェンス、金融機関の融資実行手続、株主総会の承認決議など、クロージング前後には複数の当事者が関与する手続が集中します。12月下旬にクロージングを設定すると、いずれかの工程が数日遅れただけで年をまたいでしまい、その瞬間に税負担が数千万円から1億円単位で変わります。
7. 売主が取り得る対応策と、その限界
対応策①:役員退職金との組み合わせ
株式譲渡と同時に役員退職金を支給し、譲渡対価の一部を退職所得として受け取る設計は、以前から用いられてきた手法です。退職所得は勤続年数に応じた退職所得控除があり、控除後の金額の2分の1が課税対象となる優遇があります。株式の譲渡対価そのものを引き下げれば、譲渡益が圧縮され、基準所得金額を下げる効果があります。
もっとも、退職所得も基準所得金額には含まれる点に注意が必要です。基準所得金額は総所得金額に加えて退職所得・山林所得も合計したものとして計算されます。したがって、退職金を使っても基準所得金額がゼロになるわけではなく、2分の1課税と退職所得控除の分だけ圧縮されるにとどまります。
さらに、役員退職金には税務上の限度があります。功績倍率法による相当額を大きく超える部分は不相当に高額な退職給与として損金不算入とされ、買い手側のデューデリジェンスでも必ず論点になります。退職金を積み増せば買い手が引き継ぐ会社の純資産が減るため、譲渡対価の減額交渉に直結します。節税効果と交渉上の代償を天秤にかけた設計が必要です。
対応策②:株主分散——一人当たりの基準所得金額を下げる
ミニマムタックスは個人単位で計算されるため、株式が複数の株主に分散していれば、一人当たりの基準所得金額は小さくなります。効果は劇的です。オーナー個人が100%を保有して譲渡益10億円が生じる場合、追加納税額は1億50万円です。これに対し、オーナー・配偶者・子の3名が3分の1ずつ保有していれば、各人の譲渡益は3億3,333万円となり、追加納税額は一人あたり約50万円、3名合計でも約150万円にとどまります。分岐点3億3,000万円のすぐ上に着地するため、追加課税がほとんど発生しないのです。
ただし、譲渡を目前に控えた時点での株式移転は、それ自体が贈与税・所得税の課税対象になります。非上場株式の評価額が高い会社では、贈与税の負担が節税額を上回ることも珍しくありません。また、M&Aの直前に租税回避のみを目的として行われた移転と認定されれば、同族会社等の行為計算の否認規定が問題となる余地もあります。
現実的には、事業承継の一環として数年前から計画的に持株を移転してきた場合に結果として機能する対策であり、「増税前の駆け込み」で実行する手法ではありません。今から検討するのであれば、事業承継税制の適用可否も含めた中長期の資本政策として設計すべきです。
対応策③:取得費の精査——概算取得費5%で妥協しない
見落とされがちですが、最も確実で副作用の少ない対策が取得費の精査です。非上場株式の取得費は、設立時の払込金額、その後の増資引受額、他の株主から買い取った金額、相続や贈与で取得した場合の被相続人等の取得費など、複数の経路から積み上がります。
資料が散逸しているという理由で概算取得費(譲渡収入金額の5%)を用いると、本来計上できたはずの取得費を失うことになります。譲渡益が3億3,000万円のラインをまたぐ水準であれば、取得費を数千万円積み増せるかどうかが追加課税の有無を左右します。
具体的には、法人設立時の定款・登記簿、増資の際の株主総会議事録と払込証明、過去の株式売買契約書、相続税申告書とその評価明細書などを洗い出します。半世紀近く前の資料が必要になることもあり、探索には時間がかかります。M&Aを検討し始めた段階で着手すべき作業です。相続で取得した株式については、相続税の取得費加算の特例が使える期間内かどうかもあわせて確認してください。
対応策④:譲渡年の分散
株式を複数年に分けて譲渡し、各年の基準所得金額を特別控除の範囲内に収める方法も理論上は有効です。譲渡益10億円を2年に分けて5億円ずつにできれば、追加納税額は合計で約5,100万円となり、一括譲渡の1億50万円と比べておよそ半減します。
問題は買い手の受容性です。M&Aでは買い手が経営権を確実に取得することを前提に価格を提示するため、支配権の移転が遅れる分割取得は敬遠されがちです。分割取得を受け入れる場合でも、残存株式の買取価格や買取義務、少数株主となった売主の権利をどう手当てするかといった条項の設計が必要になり、交渉の負担は増えます。
とはいえ、これを「買い手が嫌がるから無理」と切り捨てるのは早計です。資本業務提携を出発点として段階的に持分を移していく設計であれば、買い手にとってもリスクを抑えながら統合を進められるという利点があります。この点は次章で詳しく述べます。
やってはいけない対応——国外転出時課税は封じられている
税負担を回避する目的で海外に居住地を移すという発想が語られることがありますが、この経路は既に封じられています。1億円以上の有価証券等を保有する居住者が国外に転出する場合、転出時に含み益が実現したものとみなして課税される国外転出時課税の制度があるためです。
また、形式的に住民票を移しただけでは居住者・非居住者の判定は変わりません。生活の本拠がどこにあるかという実質で判定されるため、家族の居住地、資産の所在、滞在日数、職業活動の実態などが総合的に見られます。租税条約による振分けの問題も生じます。
海外移住を「節税策」として気軽に提示してくる情報源には、慎重に距離を取るべきです。M&Aという一度きりの取引において、税務リスクを抱えたまま実行することの代償は、節税額をはるかに上回ります。
| 対応策 | 期待できる効果 | 実務上の限界 |
|---|---|---|
| 2026年中の実行 | 改正前制度の適用。譲渡益9.9億円までは追加課税ゼロ | M&Aプロセスに最低6か月から1年を要する。売り急ぎによる条件悪化 |
| 役員退職金の活用 | 2分の1課税と退職所得控除により基準所得金額を圧縮 | 功績倍率法による限度。譲渡対価の減額交渉に直結。退職所得も基準所得金額に算入 |
| 株主分散 | 一人当たりの基準所得金額を低減 | 直前の移転は贈与税課税・行為計算否認のリスク。中長期の資本政策が前提 |
| 取得費の精査 | 譲渡益そのものを圧縮。副作用がない | 資料探索に時間を要する。積み増せる額は事実関係次第 |
| 譲渡年の分散 | 各年の基準所得金額を控除枠内に収める | 買い手が一括取得を求めるのが通常。契約設計の負担が増える |
| 資産管理会社の活用 | 個人のミニマムタックスは発動しない | 法人税と個人還流時の二段階課税。移転時の課税とタイミング |
注意点
どの対応策も単独では決定打になりません。役員退職金で圧縮できる額には限度があり、株主分散は時間を要し、譲渡年の分散は買い手の同意が要ります。実務では複数の手法を組み合わせて税負担を平準化していくことになりますが、その設計はスキーム全体・バリュエーション・買い手との交渉と不可分です。税務単独で最適化しようとすると、かえって取引条件を損ないます。
8. 資産管理会社を使えば回避できるのか——法人課税との比較検証
法人が譲渡すれば個人のミニマムタックスは発動しない
オーナーが資産管理会社を保有し、その法人が事業会社株式を保有している場合、株式を譲渡するのは法人です。譲渡益は法人の益金となり法人税等が課されます。ミニマムタックスは個人の所得税に対する制度ですから、この構図であれば個人段階での追加課税は生じません。
この点をもって「資産管理会社を使えば回避できる」と説明する記事が増えていますが、比較すべきは個人課税と法人課税の税率だけではありません。資金が最終的にオーナー個人に渡るまでのトータルの税負担で評価しなければ、判断を誤ります。
また、法人が既に株式を保有している場合と、これから個人保有株式を法人へ移す場合とでは、検討すべき論点がまったく異なります。前者は選択肢として現実的ですが、後者には後述する重い制約があります。
法定実効税率33.58%+防衛特別法人税が乗る
法人段階の税負担を「約30%」と丸めて説明されることが多いのですが、実際にはもう少し高くなります。中小法人が標準税率の地域に所在する場合、法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税・特別法人事業税を合計した法定実効税率は33.58%です。東京都の超過税率が適用される場合は34.59%になります。外形標準課税の対象法人であれば30.62%と低くなりますが、資産管理会社がこれに該当することは通常ありません。
さらに、令和8年4月1日以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税が課されます。基準法人税額に4%を乗じた額で、年500万円の基礎控除が設けられています。これにより実効税率は0.8ポイントから0.9ポイント程度上昇します。
つまり、法人段階の税負担は34%台半ばと見るのが実態に近い水準です。個人でミニマムタックスの上限まで課された場合の35.63%と比べて、その差はごくわずかしかありません。「法人なら30%だから有利」という前提そのものが、現行の税率体系では成り立たなくなっています。
個人へ資金を戻す段階で二段階課税が生じる
決定的なのは、法人に残った資金をオーナー個人が使えるようにするには、もう一段の課税を経る必要があるという点です。
配当として受け取る場合、非上場株式の配当は総合課税となり、累進税率が適用されます。配当控除を考慮しても、高額になれば所得税・住民税を合わせて40%を超える負担になります。役員報酬として受け取る場合も同様に累進課税です。法人を解散して残余財産を分配する場合、みなし配当部分は総合課税、残りは株式の譲渡所得として扱われます。
したがって、法人で34%台の税負担を経たうえで、個人へ移す段階でさらに課税されるという二段階構造になります。資金を法人内に留めて再投資に回す明確な目的があるのであれば法人保有には合理性がありますが、「売却代金を個人で使いたい」というニーズであれば、資産管理会社経由のほうが総負担は重くなる可能性が高いのが実情です。
直前の株式移転は低額譲渡・行為計算否認のリスク
これから個人保有株式を資産管理会社へ移す場合、移転そのものが課税の契機となります。個人から法人への譲渡が時価の2分の1未満の対価で行われた場合、時価で譲渡があったものとみなされて所得税が課されます。時価とは非上場株式の評価額であり、M&Aで数億円の値が付く会社であれば、その水準に見合った評価が求められます。
つまり、移転の時点で譲渡益に相当する所得が実現してしまい、ミニマムタックスの対象にもなり得ます。移転価額を低く抑えれば低額譲渡として否認され、時価で移転すればその時点で課税される。どちらに転んでも「移せば非課税」とはなりません。
加えて、M&Aの交渉が進行している段階での移転は、租税回避目的が明白と評価されやすく、同族会社等の行為計算の否認規定の適用が問題となる余地があります。資産管理会社の活用は、少なくとも数年単位の時間軸で、事業上の合理性を伴って構築されている場合に初めて選択肢となる手法です。
注意点
「資産管理会社に移せばミニマムタックスを回避できる」という説明は、法人段階の税率と個人還流時の課税、そして移転時の課税という三つの論点を落としています。既に法人が株式を保有しているのか、これから移すのか。売却代金を個人で使うのか、法人で再投資するのか。この二つの軸で結論はまったく変わります。一般論での判断は避け、必ず個別に試算してください。
9. アライアンス・資本業務提携という「もう一つの出口設計」
一括譲渡だけが出口ではない
ミニマムタックスの議論は「2026年中に一括譲渡するか、2027年以降に一括譲渡するか」という二択で語られがちです。しかし、この二択自体を見直す余地があります。
ミニマムタックスは単年の基準所得金額で判定される制度です。裏を返せば、譲渡益が単年に集中する取引形態こそが、この制度の影響を最も強く受けるということです。譲渡益を複数年に分散できれば、各年の基準所得金額が特別控除の範囲に近づき、追加課税は大きく抑えられます。
そして、譲渡益を分散する手段として最も現実的なのが、資本業務提携を起点とした段階的な持分移転です。単なる「節税のための分割売却」ではなく、事業上の合理性を持った提携の設計として組み立てられる点に、この手法の強みがあります。
資本業務提携を経た段階的譲渡の設計
典型的な設計は次のようなものです。第一段階として、パートナー企業が33%程度の持分を取得し、同時に業務提携契約を締結します。販路の相互利用、共同仕入、システムの共通化など、具体的な協業テーマを走らせます。第二段階として、提携の成果を見極めたうえで、2年目から3年目に過半数を取得します。第三段階として、オーナーの引退時期に合わせて残余持分を取得します。
この設計では、譲渡益が3回に分かれて実現します。仮に総額10億円の譲渡益が3億3,333万円ずつ3年に分散すれば、各年の追加納税額は約50万円、3年合計でも約150万円です。一括譲渡した場合の1億50万円と比べれば、圧縮効果は歴然としています。
買い手にとっても利点があります。一括買収では、統合してみて初めて分かる問題を買収後に引き受けることになりますが、段階取得であれば提携期間中に対象会社の実態を把握でき、統合リスクを抑えられます。初期投資額が小さく済むため、資金調達のハードルも下がります。売主の税務都合という一方的な要請ではなく、双方にメリットのある構造として提案できるのがこの手法の要点です。
税負担の平準化と企業価値上昇の両立
段階的譲渡には、税負担の平準化とは別のもう一つの効果があります。提携によって業績が向上すれば、後続の段階における株式評価が上がるという点です。
一括譲渡では、譲渡時点の企業価値がすべてです。しかし、段階的譲渡であれば、提携によるシナジーが業績に反映された後の企業価値で残余持分を売却できます。第一段階を保守的な価格で譲渡したとしても、第二段階・第三段階でその差を回収できる可能性があります。
もちろん、業績が悪化すれば逆に働くリスクもあります。オーナーが提携期間中も一定の経営責任を負い続けることになる点も、引退を急ぐ方にとっては負担でしょう。この手法が向くのは、事業がまだ成長余地を持ち、オーナー自身にも数年間は経営に関与する意思がある場合です。逆に、健康上の理由や後継者不在の切迫度から早期の完全撤退を望む場合には、一括譲渡のほうが適しています。
買い手側の受容性と実務上の制約
段階的譲渡を成立させるには、契約設計の精度が問われます。第二段階以降の買取価格をどう決めるか(固定額か、算定式か、その時点の時価か)、買取義務を課すのか選択権にとどめるのか、少数株主となった売主にどのような権利を残すのか、提携が想定どおり進まなかった場合の解消条項をどう設けるかといった論点を、初回契約の段階で詰めておく必要があります。
また、すべての買い手が段階取得を受け入れるわけではありません。完全子会社化を前提に投資判断を行う事業会社や、明確な出口戦略を持つファンドでは、一括取得を条件とすることが多くあります。買い手候補の選定段階から、段階取得を許容するパートナーを意識してアプローチする必要があります。
この点で、M&A仲介とアライアンス支援の双方を扱える支援者の関与が効いてきます。「一括で売る相手」だけを探すのではなく、「まず組む相手」から探すという発想の転換が、結果として税負担と譲渡条件の両方を改善することがあります。
ポイント
段階的譲渡は節税スキームではなく、事業上の合理性を伴った提携設計です。だからこそ税務上も説明がつきます。「税負担を分散するためだけに分割した」という設計は、経済的合理性を欠くと評価されるおそれがあります。協業テーマ、KPI、統合計画といった実質を伴わせることが、この手法を機能させる前提条件です。
10. 2026年内の実行を目指す場合の準備チェックリスト
逆算スケジュール
2026年内のクロージングを目指す場合、残された時間は多くありません。中小企業のM&Aは、買い手探索の開始から成約まで、順調に進んでも6か月から1年程度を要するのが実情です。逆算すると、次のような時間軸になります。
| 時期 | 必要なアクション |
|---|---|
| 直ちに | 想定譲渡価格と取得費の把握、税負担シミュレーション、そもそも射程に入るかの判定 |
| 1か月以内 | アドバイザーの選定と契約、企業価値評価、ノンネームシート・企業概要書の作成 |
| 2〜3か月 | 買い手候補へのアプローチ、トップ面談、意向表明書の受領 |
| 3〜4か月 | 基本合意、独占交渉権の付与、デューデリジェンスの受け入れ |
| 5〜6か月 | 最終契約の交渉と締結、前提条件の充足 |
| 11月まで | クロージング(決済・株式の引渡し)。12月は予備期間として確保 |
このスケジュールは相当にタイトです。決算書の整備が不十分であったり、株主名簿に不明点があったりすると、初期段階で数週間から数か月を失います。準備状況を率直に評価したうえで、間に合わないと判断したなら、無理に年内実行を追わない選択も合理的です。
着手前に整えるべき資料
買い手探索を始める前に、以下を整理しておくと、その後の工程が大きく短縮されます。
- 直近3期分の決算書・申告書一式(勘定科目内訳明細書を含む)
- 株主名簿と、設立以来の株式異動の履歴が追える資料
- 株式の取得費を裏付ける資料(設立時の払込証明、増資の議事録、過去の売買契約書、相続税申告書)
- 許認可の一覧と、承継可否を確認した記録
- 主要取引先との契約書(チェンジオブコントロール条項の有無を確認)
- 未払残業代・社会保険の未加入・係争案件など簿外債務になり得る事項の洗い出し
- 役員退職金規程および功績倍率の根拠資料
- オーナー個人の当年分の所得見込(給与、不動産所得、他の譲渡所得など)
最後の項目は特に見落とされがちです。ミニマムタックスは年間の所得全体で判定されるため、同じ年に不動産の売却や上場株式の利益確定を予定しているのであれば、それらを含めた試算が必要です。場合によっては、他の資産の売却を翌年に回すだけで追加課税を回避できることもあります。
「税のために売り急ぐ」判断の是非
最後に、判断の枠組みそのものについて触れておきます。増税を避けるために売却を前倒しすることが、常に正しいとは限りません。
考慮すべき第一の軸は、企業価値の伸びしろです。業績が拡大局面にある会社であれば、2年後の企業価値が現在より1.5倍になる可能性があります。譲渡益が5億円から7.5億円に増えるのであれば、追加課税を負担してもなお税後手取りは増えます。「税の損」と「企業価値上昇による得」を同じテーブルで比較する視点が欠かせません。
第二の軸は、売り急ぎによる条件悪化のリスクです。買い手候補を十分に集められないまま交渉に入れば、価格も条件も不利になります。期限に追われた売主は交渉力を失います。数千万円の税負担を避けるために、それ以上の価格差を飲まされては本末転倒です。
第三の軸は、オーナー自身の状況です。健康、家族、後継者の有無、従業員への責任。これらは税の理屈の外にありますが、実際の判断ではしばしば核心になります。税制はあくまで判断材料の一つであり、意思決定の起点にすべきものではありません。
ポイント
まず行うべきは、売り急ぐことでも様子を見ることでもなく、自社の想定譲渡価格と取得費を把握して、そもそも改正の射程に入るのかを確認することです。譲渡益が3億円台前半までであれば影響はありません。射程に入るのであれば、増税額と企業価値の伸びしろ、準備状況を並べて比較する。この順序を守れば、判断を誤りにくくなります。
11. まとめ
2027年(令和9年)分の所得税から適用されるミニマムタックスの強化について、M&Aの売主の視点から整理してきました。要点は次の5つです。
- 特別控除額が3億3,000万円から1億6,500万円へ半減し、税率が22.5%から30%へ引き上げられる。所得税法等の一部を改正する法律(令和8年法律第12号)により令和9年分以後の所得税から適用される。
- 株式譲渡益のみが所得の場合、追加課税が始まる分岐点は約9億9,000万円超から約3億3,000万円超へ引き下がる。取得費が譲渡価格の5%であれば、譲渡対価およそ3.5億円が目安になる。
- 譲渡価格5億円で約2,200万円、10億円で約9,500万円、20億円で約1億7,000万円の手取り減が生じる。実効税率の上限は27.9725%から35.63%へ上昇する。
- 所得の帰属年度は引渡日が原則で、契約の効力発生日は納税者の選択による例外である。2026年分としたいなら、契約締結からクロージングまでを年内に完結させる設計が安全である。
- 対応策には役員退職金、株主分散、取得費の精査、譲渡年の分散、資産管理会社の活用があるが、いずれも単独では決定打にならず、それぞれに明確な限界がある。
この改正で最も大きな変化に直面するのは、譲渡価格5億円から10億円という、中堅企業の事業承継型M&Aで最も件数の多い価格帯です。「富裕層課税は自分に関係ない」という理解のまま検討を進めると、最終盤で想定外の手取り減に直面することになります。
次に取るべき行動は明確です。自社の想定譲渡価格を把握し、株式の取得費を裏付ける資料を集め、実行年の所得全体を含めた税負担シミュレーションを行うこと。そのうえで、2026年内実行の可否、段階的譲渡を含むストラクチャーの選択肢、対応策の組み合わせを検討することです。
弁護士と国税出身の税理士を擁する体制で、税負担シミュレーションからスキーム設計、買い手・提携先の探索、成約後のPMIまで一貫してご支援しています。アライアンス・資本業務提携を含めた出口設計をご検討の際も、初期段階からお気軽にご相談ください。
参考にした一次情報
- 国税庁「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置について」
- 財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」
- 財務省「令和8年度税制改正 政令」
- 国税庁「租税特別措置法関係通達 第37条の10・第37条の11共通関係」
- 大和総研「超富裕層の株式譲渡所得への税率はミニマムタックス込みで最高35.63%に」
※本記事は2026年9月4日時点の法令等に基づいて作成しています。実際の税額は個別の事情によって異なりますので、具体的なご判断にあたっては税理士等の専門家にご相談ください。
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