訪問看護ステーションのM&Aで得られる5つのメリット|グループインという選択肢

訪問看護M&Aで得られる5つのメリット

「このまま一人で背負い続けられるだろうか」。訪問看護ステーションを立ち上げ、看護師を採用し、24時間の電話を持ち続けてきた経営者の方から、そうした声を聞く機会が増えています。売上は伸びている。利用者からも感謝されている。それでも、看護師が一人辞めるたびに眠れなくなり、自分が倒れたらこの事業所は終わるという不安が消えない。

一方で、M&Aという言葉に抵抗を感じる方も少なくありません。「会社を売るのは、経営に失敗したということではないか」「従業員を裏切ることにならないか」「自分は用済みとして追い出されるのではないか」。

この記事では、訪問看護ステーションが大手グループの傘下に入ること、すなわちグループインによって具体的に何が得られるのかを、実務に即して整理します。売却価格の算定方法や税務・スキームの比較は別の記事に譲り、ここでは「そもそもM&Aにどのようなメリットがあるのか」という一点に絞ってお伝えします。読み終えたときに、検討に進むかどうかをご自身で判断できる状態になることを目指しました。

目次
目次

1. なぜ今、訪問看護ステーションのグループインが増えているのか

収益は出ているのに、経営が楽にならない構造

まず、業界全体の数字を確認しておきます。訪問看護は、介護分野のなかでは収益性の高いサービスです。厚生労働省の令和7年度介護事業経営概況調査によれば、訪問看護の収支差率(令和6年度決算・税引前・物価高騰対策関連補助金を含まない)は10.3%で、全介護サービス平均の4.7%を大きく上回っています。

ところが、同じ調査で、この収支差率は前年度から1.6ポイント低下しています。そして収入に対する給与費の割合は1.4ポイント上昇している。つまり、看護師の処遇改善が進む一方で、報酬の伸びがそれに追いついていないということです。人件費が費用の大半を占める訪問看護では、この1.4ポイントの上昇がそのまま利益を削ります。

事業所数も増え続けています。令和6年介護サービス施設・事業所調査によれば、令和6年10月1日現在で活動中の訪問看護ステーションは18,042事業所。前年から1,619事業所、率にして9.9%の増加です。参入障壁が低いために新規開設が続き、地域によっては看護師の奪い合いが激しくなっています。

この二つを重ねると、多くの経営者が実感している状況が説明できます。数字の上ではまだ利益が出ている。しかし、人件費は上がり続け採用競争は厳しくなり、単独でこの構造を吸収し続けるのは年々難しくなっている。グループインの検討が増えているのは、このためです。

「売却」ではなく「グループイン」と捉える

言葉の問題は、思っている以上に判断を歪めます。「会社を売る」と表現すると手放すイメージが前面に出ますが、実際に起きていることは「一つの資本の傘の下に入り、経営資源を共有する」という関係の変化です。

実際、譲渡後もオーナーが代表や管理者として残るケースは珍しくありません。買い手にとっては、事業を理解している人物が現場にいることのほうが望ましいからです。とりわけ訪問看護のように人材が事業の中核である業種では、「経営者に残ってほしい」と買い手から要望されることの方が多いくらいです。

引退を前提としない選択肢があるという点は、検討の入り口で必ず押さえておいてください。「まだ辞めたくないから、M&Aは自分には関係ない」と考えて情報収集をやめてしまうのは、選択肢を自ら狭めることになります。

買い手が欲しいのは看護師 ─ だから対等な取引になりうる

グループインが売り手にとって不利な取引になりにくい理由は、需給の構造にあります。

訪問看護ステーションは、事務所を借りて指定を取れば形式上は開設できます。設備投資はほとんど不要で、看護職員が常勤換算で2.5人いれば要件を満たします。それでも買い手が既存のステーションを取得しようとするのは、ゼロから看護師を集めることが極めて難しいからです。

訪問看護の現場では、病棟と違って一人で利用者宅を訪問し、その場で判断し行動する能力が求められます。そうした経験を持つ看護師は求人を出せば集まるというものではありません。既に一つのチームとして機能している集団を、まるごと引き継ぐほうが確実で早い。買い手は事業を買っているというより、人と紹介ルートを買っているのです。

この構造は、売り手に交渉力を与えます。決算書上の利益が大きくなくても、看護師が定着していて地域の医療機関やケアマネジャーとの関係が築けていれば、買い手はそこに価値を見出します。「うちは小さいから相手にされないだろう」という思い込みは、多くの場合、事実と異なります。

ポイント
グループインを検討する最初のステップは、自社の「決算書に表れない資産」を棚卸しすることです。看護師の平均勤続年数、直近3年の離職者数、24時間対応体制の運用実態、紹介元となっている医療機関とケアマネジャーの数。これらが買い手の評価軸であり、そのまま交渉の材料になります。

2. メリット① 採用力が段違いに変わる

人材紹介手数料という「見えない出血」が止まる

訪問看護経営における最大のコスト問題は、給与そのものではなく採用にかかる費用です。

令和7年度介護事業経営概況調査の参考資料によれば、訪問看護で人材紹介手数料を計上していた事業所では、収入に対する紹介手数料の割合が2.4%、給与費に対する割合が3.4%に達しています。この2.4%という数字の重みは、収支差率と並べると見えてきます。紹介手数料を計上していた事業所群の収支差率はおよそ10%台前半ですから、仮に紹介手数料がゼロであれば収支差率は12%台に乗る計算です。利益の2割前後を採用費が持っていっているということになります。

看護師一人の採用に紹介会社を使えば、一般に年収の2割から3割程度の手数料が発生します。しかも早期に離職されれば、返金規定の範囲を超えた分は丸ごと損失です。小規模なステーションほど、この一件あたりの負担が経営を揺らします。

グループに入ると、この構造が変わります。グループ全体で求人媒体と契約し、自社の採用サイトを持ち、看護学校や病院との関係を組織として構築している買い手であれば、紹介会社に頼る比率を下げられます。ブランドの認知度があること自体が応募数を増やし、選考の母集団が広がれば採用単価は下がる。単独のステーションが自力で到達するのが最も難しい領域です。

未経験者の採用と教育が「グループ単位」でできるようになる

もう一つの変化が、採用できる人材の幅です。

看護職員が5名程度のステーションでは、訪問看護未経験の看護師を採用しても、育てる余力がありません。同行訪問に先輩を1人割けば、その分の訪問件数が落ちます。結果として「即戦力しか採らない」という方針にならざるを得ず、母集団が極端に狭くなります。

複数拠点を持つグループであれば、研修プログラムを整備し、教育担当を配置し、拠点間で人を融通しながら育てることができます。病棟経験はあるが訪問は初めてという看護師、あるいはブランクからの復職者を受け入れられるようになる。これは採用の可能性を数倍に広げる変化です。

教育体制が整うことは、既存スタッフの定着にも効きます。学べる環境があること、キャリアの階段が見えることは、看護師が職場を選ぶ際の重要な基準です。採用と定着は表裏一体であり、片方だけを改善することはできません。

欠員が出ても事業が止まらない

看護職員が5名の事業所で1名が突然退職すると、稼働は2割落ちます。しかも常勤換算2.5人という人員基準がありますから、退職が重なれば指定の維持そのものが危うくなります。

グループに入れば、近隣拠点からの応援や、本部所属の看護師によるカバーという選択肢が生まれます。欠員が事業の存続に直結しなくなるということは、経営判断の自由度が上がるということでもあります。無理な引き止めをしなくてよくなり、逆に採用のミスマッチを恐れずに済むようになる。

ポイント
採用力の改善は、財務にも直接効いてきます。紹介手数料の削減、稼働率の維持、教育投資の分散。これらが積み上がると営業利益が押し上げられ、グループ全体としての価値が上がります。売り手が譲渡後も一部の株式を保有したり、業績連動の対価を受け取ったりする設計であれば、この改善効果を自身も享受できます。

3. メリット② 24時間対応・オンコールの負担が分散する

オーナーが「最後の砦」でなくなる

訪問看護の経営者にとって、最も切実な負担の一つがオンコールです。

24時間対応体制加算を算定しているステーションでは、夜間・休日の連絡に備えて誰かが携帯電話を持ち続けなければなりません。小規模な事業所では、担当できるスタッフの数が限られるため、結果としてオーナー自身が月の大半を持つことになります。旅行に行けない、飲酒できない、子どもの行事に集中できない。年単位でこれが続くことの消耗は、外からは見えにくいものです。

さらに深刻なのは、他のスタッフが持つ日でも、判断に迷う電話は結局オーナーに回ってくるという点です。責任の所在が一人に集中している限り、当番を割り振っても実質的な負担は分散しません。

グループに入ると、この構造に手が入ります。夜間のファーストコールを本部のコールセンターや基幹拠点が一次受けし、必要な場合のみ現地に繋ぐという体制を敷いているグループは少なくありません。緊急時のバックアップ先が複数あることで、「自分が出られなければ誰も出られない」という状態から抜け出せます。

労務リスクの整理が同時に進む

オンコールには、経営者が気づかないうちに、待機時間の労働時間性のリスクが伴います。

自宅で自由に過ごしてよく、単に電話に応答する義務があるだけであれば、待機時間そのものは労働時間に該当しないと解されています。しかし、実際に出動した時間は当然に労働時間であり、深夜割増・時間外割増の対象になります。これがオンコール手当だけで処理されていると、未払賃金として積み上がっていきます。

多くの中小ステーションでは、この点が曖昧なまま運用されています。グループインの過程では買い手のデューデリジェンスで必ず確認される項目であり、指摘を受けて整理せざるを得なくなる。短期的には痛みを伴いますが、長期的には経営者を将来の労務トラブルから解放することになります。

加えて、グループの就業規則や賃金規程が整備されたものに置き換わることで、固定残業代の設計や割増賃金の計算も適正化されます。一人で法改正を追いかけ続ける必要がなくなるという点も、実務上は大きな負担軽減です。

経営者自身が「現場に戻れる」という選択肢

看護師として訪問看護を始めた方の多くが、事業が大きくなるにつれて、本来やりたかった仕事から遠ざかっていきます。請求業務、労務管理、行政対応、資金繰り、営業。看護師になったのは利用者のケアをするためだったはずなのに、気づけば一日中パソコンに向かっている。

グループインによってバックオフィス機能が本部に移ると、この配分が変わります。請求のチェック、給与計算、労務手続き、加算の届出管理といった業務が本部に集約され、現場に時間を戻せる。「もう一度、利用者さんのところに行きたい」という理由でグループインを選ぶ経営者は、実際にいらっしゃいます。

もちろん、経営から完全に離れることを望まれる方もいます。重要なのは、その選択ができるようになるということです。単独で経営を続けている限り、経営者は経営者以外の役割を選べません。

注意点
オンコール体制の統合は、買い手によって内容が大きく異なります。本部の一次受け体制を持っているグループもあれば、拠点ごとの自己完結を前提としているグループもある。「負担が減ると思っていたのに何も変わらなかった」という事態を避けるため、交渉の段階で夜間対応の運用を具体的に確認してください。

4. メリット③ 制度対応力と加算取得の体制が手に入る

機能強化型は全国の約5%しかない

訪問看護には「機能強化型訪問看護管理療養費」という上位の評価区分があります。要件を満たせば月の初日の管理療養費が大きく上がるため、収益に与える影響は小さくありません。

しかし、届出をしているステーションはごく一部です。公表データのうち直近で確認できる令和5年4月時点では、機能強化型訪問看護管理療養費1が477事業所、2が245事業所、3が113事業所で、合計835事業所でした。同時期の稼働ステーション数がおよそ1万6千事業所であったことを踏まえると、割合にして約5%にとどまります。なお、令和8年度に新設された機能強化型4は、新設直後のため届出数の統計はまだ公表されていません。

届出が進まない理由は明快で、要件が単独の小規模ステーションには重いからです。常勤看護職員の一定数以上の配置、ターミナルケアや重症児の受入実績、24時間対応体制、地域の医療機関や関係機関との連携実績、退院時共同指導の実績など、体制と実績の両方が求められます。

グループに入ると、この壁を越えられる可能性が出てきます。人員を拠点間で最適配置する、実績を積める利用者をグループ内で紹介する、連携先の医療機関をグループの関係で開拓する。単独では届かなかった要件が組織の力で満たせるようになる。

令和8年度改定は「規模と機能」に有利な設計になった

令和8年度(2026年度)の診療報酬改定は、この傾向をさらに強めました。主な変更点は四つです。

  • 第一に、月の初日の訪問看護管理療養費が引き上げられました。機能強化型以外の区分も引き上げられていますが、引き上げ幅は上位の機能強化型ほど大きく、階段状の評価構造が鮮明になっています。
  • 第二に、機能強化型訪問看護管理療養費4(月の初日9,030円)が新設されました。これは精神科訪問看護において支援ニーズの高い利用者を受け入れ、24時間対応体制と地域の関係機関との連携体制を整えているステーションを評価するもので、常勤の看護師等が4名以上であることなどが要件に含まれます。
  • 第三に、月の2日目以降の管理療養費が、単一建物居住者の人数と1か月あたりの訪問日数を組み合わせた区分に細分化されました。
  • 第四に、訪問時間に応じて包括的に評価する「包括型訪問看護療養費」と、物価上昇に対応する「訪問看護物価対応料」が新設されています。

共通しているのは、体制と機能を持つ事業所を手厚く評価し、同一建物への集中や訪問日数の多さには逓減を効かせるという設計思想です。実際、令和7年度介護事業経営概況調査でも、同一建物減算の算定がある訪問看護事業所の収支差率は8.6%と、算定がない事業所の10.6%を下回っています。

制度は、小規模乱立から機能分化・大規模化へと業界を誘導しようとしています。この流れのなかで単独運営を続けることは、制度の追い風を受け取れない側に立ち続けることを意味します。

実地指導と請求適正化への対応力

もう一つ見落とされがちなのが、制度対応の事務負担です。

訪問看護の売上は、そのほぼ全額が公的保険からの給付です。訪問看護指示書の有効期限管理、計画書と報告書の作成・提出、加算要件の充足確認、減算の適用判定。これらを正確に運用し続けなければ、返還リスクが積み上がります。報酬改定のたびに算定ルールが変わるため、経営者は制度を追いかけ続けなければなりません。

グループには、この機能を担う本部部門があります。改定内容を解釈し、算定ルールを整理し、各拠点に展開する。請求内容を第三者の目でチェックする。実地指導への対応をノウハウとして蓄積する。一人の経営者が独学で維持するには限界がある領域を、組織として支えてもらえるようになります。

ポイント
加算の届出状況は、買い手が事業所を評価する際の重要な指標でもあります。地方厚生局が公開している届出受理の一覧では、機能強化型は訪看機1から訪看機4、精神科訪問看護基本療養費は訪看10、24時間対応体制加算は訪看23・訪看24、特別管理加算は訪看25という受理番号で確認できます。自社が何を届け出ているか、そして届け出ていないものは何が足りないのかを整理しておくと、買い手との対話が具体的になります。

加算体制や令和8年度改定が事業所の評価にどう影響するかについては、以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
訪問看護ステーションのM&A|売却価格の算定・税金・留意点を徹底解説

5. メリット④ 経営者個人が手にするもの

創業者利益と、税負担の軽さ

株式譲渡によってオーナーが受け取る対価は、譲渡所得として申告分離課税の対象になります。税率は所得金額の多寡にかかわらず一律20.315%です(所得税および復興特別所得税15.315%、住民税5%)。

この一律性の意味は、役員報酬との比較で明確になります。役員報酬として毎年受け取る場合、給与所得は累進課税で最高55%程度の負担になります。長年かけて役員報酬で回収する場合と、株式譲渡でまとめて受け取る場合とでは、同じ金額でも手元に残る額が大きく変わるということです。

創業者利益は、老後資金であると同時に、次の挑戦の原資でもあります。訪問看護で培った知見を活かして別の事業を立ち上げる方、不動産などに組み替えて安定収入を確保する方、いったん休養してから再び現場に戻る方。まとまった資金が手元にあることは、選択肢そのものです。

注意点
令和9年分以後は、復興特別所得税の税率引下げと防衛特別所得税の創設により、所得税に上乗せされる付加税の内訳が変わります。本記事の20.315%は2026年8月時点の税率です。また、対価の受け取り方は役員退職金との組み合わせなどによって設計の余地があります。具体的な試算は必ず税理士にご確認ください。

個人保証と担保からの解放

金額に表れにくいものの、経営者の心理的負担として重いのが個人保証です。

訪問看護ステーションの多くは、開設時の運転資金を金融機関から借り入れています。中小企業の融資では代表者の個人保証が求められることが一般的で、自宅を担保に入れているケースもあります。事業がうまくいかなければ個人資産まで失うという状態が、何年も続いてきたわけです。

株式譲渡では、借入は会社に残ったまま買い手に移ります。ここで重要なのが、個人保証は自動的には外れないという点です。買い手が金融機関と交渉して保証人を差し替える、あるいは買い手が借入を一括返済するという手当てが必要になります。

裏を返せば、この手当てを契約条件として明確に定めておけば、長年背負ってきた保証から確実に解放されるということです。ご家族にとっての意味も小さくありません。「これで妻に心配をかけなくて済む」という言葉は、実際によく聞かれます。

引退するか、残るか ─ 選べるようになる

前述のとおり、グループイン後の経営者の身の振り方には複数の選択肢があります。

第一に、一定期間の引き継ぎを経て完全に引退する。
第二に、代表または管理者として経営に残り、グループの支援を受けながら事業を伸ばす。
第三に、経営から離れて現場の看護師として勤務を続ける。
第四に、グループ全体の訪問看護部門を統括する立場に就く。

どれを選べるかは、買い手との交渉と、社内の後任体制によって決まります。とりわけ管理者の後任は重要です。訪問看護ステーションの管理者は保健師または看護師でなければならず、オーナー自身が管理者を兼ねている場合、後任がいなければ引退という選択肢そのものが取れません。

逆にいえば、後任が育っていれば選択肢が広がるということです。この点は、検討を始める段階で最初に整理しておくべき論点になります。

譲渡にあたって金融機関の個人保証が実際にどう外れるのかについては、以下の記事で手続きを詳しく解説しています。
株式譲渡で個人保証はどうなる?解除の手続きと注意点を徹底解説

6. メリット⑤ 従業員・利用者・地域にとってのメリット

給与テーブルとキャリアパスが手に入る

「従業員を裏切ることになるのではないか」という不安は、多くの経営者が抱えるものです。しかし実際には、グループインが従業員にとってプラスに働く要素は少なくありません。

中小のステーションでは、給与テーブルが整備されておらず、昇給の基準も明文化されていないことがよくあります。経営者の裁量で決まるため、スタッフからすると将来の見通しが立ちません。グループに入れば、等級制度や評価基準、昇給の仕組みが整った体系に移行することになります。

キャリアの選択肢も広がります。管理者への昇進、教育担当や本部スタッフへの異動、他拠点への転勤、専門看護の分野への挑戦。単独の事業所では提示しようのないキャリアパスが現実的な選択肢になる。福利厚生や退職金制度、産休・育休からの復帰体制も、多くの場合は改善します。

もちろん、雇用条件が不利益に変更されないことが前提です。この点は最終契約で明確に定めるべき事項であり、交渉の重要な論点になります。

利用者へのサービスが途切れない

訪問看護の利用者にとって、担当看護師との関係は生活そのものに関わります。とりわけ終末期のケアを受けている方や、医療依存度の高い方にとって、事業所が突然なくなることの影響は計り知れません。

グループインでは、株式譲渡であれば法人が存続するため、利用者との契約もそのまま維持されます。担当看護師も変わりません。利用者から見れば、看板が変わったこと以外に日々の変化はほとんどないというのが実態です。

むしろサービスが向上する場合もあります。グループ内に訪問診療クリニックやリハビリ事業所、居宅介護支援事業所があれば、連携によって提供できるケアの幅が広がる。医療材料の共同購買でコストが下がり、その分を人員配置に回せることもあります。

廃業との比較で考える

グループインの価値は、他の選択肢と比較して初めて明確になります。とりわけ廃業との比較は、検討の際に必ず行うべきです。

項目グループイン(M&A)廃業
利用者サービスが継続する他事業所を探してもらう必要がある
従業員雇用が維持される解雇。再就職は自力
経営者の手取り譲渡対価を受け取る資産売却後の残余のみ。持ち出しになることも
費用仲介手数料等原状回復費用・清算費用が発生。予告期間を確保できなければ解雇予告手当も
期間検討から実行まで概ね半年〜1年利用者を減らしながら数か月〜1年
個人保証買い手の対応により解除できる借入が残れば返済義務が残る
地域への影響訪問看護の提供体制が維持される空白地域が生じうる

廃業は「損をしない選択」に見えて、実際には費用が持ち出しになることが少なくありません。事務所の原状回復、車両やシステムの契約解除、解雇予告期間を確保できない場合の解雇予告手当、そして利用者を徐々に減らしていく間の人件費と家賃。これらを負担したうえで、手元に残るものはほとんどありません。

地域医療への影響も現実的な問題です。訪問看護の担い手が少ない地域で一つの事業所がなくなれば、在宅療養を続けられなくなる方が出てきます。長年その地域を支えてきた経営者ほど、この点を重く受け止められます。

従業員の雇用や待遇がM&A後にどう変わるのかについては、以下の記事で具体的に整理していますので参考になさってください。
M&Aで従業員はどうなる?雇用・待遇への影響と経営者が取るべき対応を徹底解説

7. 「売却」だけがグループインではない|資本業務提携という選択肢

資本の移し方には段階がある

M&Aというと株式を100%譲渡して経営権を完全に渡すイメージが強いのですが、実務上の選択肢はそれだけではありません。

類型資本の移動経営権向いているケース
100%株式譲渡全株式を譲渡完全に買い手へ引退を前提とする。対価を最大化したい
マジョリティ譲渡過半数を譲渡し一部を保有買い手が主導、売り手も参画グループの支援を受けつつ経営を続けたい
マイノリティ出資少数株式を買い手が取得売り手が維持独立性を保ちつつ協業したい
資本業務提携少数出資+業務提携契約売り手が維持まず連携から始めて相性を見極めたい

マジョリティ譲渡は、たとえば70%を譲渡して30%を保有し続けるという形です。オーナーは経営に関与し続けながら、グループの採用力や本部機能を使える。そして数年後に残りの株式を譲渡する際、事業が成長していれば、そのときの評価額で売却できます。

マイノリティ出資や資本業務提携は、さらに緩やかな関係です。相手方が20%前後を出資し、採用の相互協力や利用者の相互紹介、システムの共同利用などを契約で定める。経営権は手元に残るため、「いきなり全部を渡すのは怖い」という段階の経営者に適しています。

段階的に進めるという発想

資本業務提携から始めて、数年かけて関係を深めたうえで、最終的に株式譲渡に移行するという道筋もあります。

この進め方の利点は、相性を実際に確かめられることです。企業文化が合うか、ケアの方針が一致するか、約束が守られるか。契約書だけでは分からないことが、一緒に仕事をすれば見えてきます。従業員にとっても、段階的に変化が訪れるほうが心理的な負担は小さい。

出資比率が何%になるかは、売り手の意向だけで決まるわけではない点にも留意が必要です。買い手側では、議決権のおおむね20%以上を保有すると持分法適用の関連会社として会計上取り込む扱いになるため、買い手の会計方針や連結戦略が比率の希望に影響します。「20%か、19%か」という一見些細な差に買い手がこだわる場合、その背景にはこうした事情があります。

一方で、時間がかかること、その間に事業環境が変わりうること、少数株主として権利が制約されうることは理解しておく必要があります。特に少数株主の立場では、経営方針の決定に十分な発言権を持てない場合があるため、株主間契約で拒否権や取締役の指名権をどう設計するかが実務上の重要論点になります。

「何を手放したくないか」から逆算する

どの類型を選ぶべきかは、対価の大きさではなく、何を守りたいかで決まります。

従業員の雇用と処遇を最優先するなら、その点を契約で担保できる買い手を選び、譲渡割合はそれほど重要ではありません。ケアの方針や理念を守りたいなら、経営権を一定期間保持できるマジョリティ譲渡やマイノリティ出資が向きます。純粋に引退して対価を最大化したいなら、100%譲渡が合理的です。

「まず売却ありき」で相談を始めると、この整理を飛ばしたまま条件交渉に入ってしまいます。最初に確認すべきは価格ではなく、自分が何を実現したいのかという点です。

経営権を残したまま連携する資本業務提携とM&Aの違いについては、以下の記事で比較していますので、判断の材料としてご覧ください。
資本業務提携とM&Aの違いとは?経営権・コスト・リスクを徹底比較

8. グループイン後、実際に何が変わるのか

最初の3か月に起きること

メリットは契約と同時に手に入るわけではありません。時間軸で理解しておくと、期待と現実のズレを防げます。

クロージング直後の3か月は、統合の準備期間です。従業員への説明と面談、労働条件の確認、給与計算や勤怠管理システムの移行、経理処理の統一、行政への変更届の提出。現場のケア業務そのものは変わりませんが、事務的な手続きが集中します。

この時期に最も重要なのは、従業員の不安に丁寧に向き合うことです。処遇は変わるのか、上司は誰になるのか、これまでのやり方は否定されるのか。ここで説明を怠ると離職につながり、せっかくのメリットが実現する前に事業価値が損なわれます。旧オーナーが残る場合、この局面での役割はきわめて大きくなります。

半年から1年で効いてくること

採用面のメリットが実感できるのは、半年ほど経ってからです。グループの求人経路に乗り、選考プロセスが整い、実際に人が入ってくるまでには時間がかかります。

制度対応や加算取得の改善も同様です。本部が算定状況を分析し、取れていない加算を洗い出し、要件を満たすための体制を整える。届出が受理されて算定が始まるまで、数か月から半年程度は見込む必要があります。機能強化型の要件充足となれば、実績要件を満たすために1年以上かかることもあります。

バックオフィスの負担軽減は比較的早く効きますが、これも移行期には一時的に業務が増えます。二重管理の期間が発生するためです。「グループインしたのに前より忙しい」という感想が出やすいのは、この時期です。

なお、訪問看護における事業価値の源泉は、看護師と利用者の関係、そして地域の医療機関との信頼関係にあります。担当の変更、訪問頻度の一律見直し、記録様式の急激な変更といった施策は、効率化のつもりが現場の混乱と利用者の離脱を招きます。

注意点
グループイン後の変化について、契約前に確認しておくべき事項があります。従業員の雇用条件をいつまで維持するのか、給与体系をいつ移行するのか、事業所名やブランドは残すのか、既存の連携医療機関との関係をどう引き継ぐのか、そして旧オーナーの役割と任期はどうなるのか。これらが曖昧なまま進むと、譲渡後の認識の食い違いが必ず起こります。

譲渡後に経営者自身の立場や報酬がどうなるのかについては、以下の記事で選択肢ごとに解説しています。
会社売却後、社長はどうなる?残留・引退の選択肢と収入・退職金・保証まで完全解説

9. メリットの裏側|グループインで失うものと注意点

経営の自由度は下がる

グループインにより変わる最も大きいのは意思決定の自由度です。これまで自分の判断で決められた採用、設備投資、料金設定、新規拠点の開設が、稟議や本部承認を要するようになります。判断のスピードは確実に落ちます。「あの利用者さんのために、赤字でも訪問を続ける」といった裁量が通りにくくなることもあります。

報告業務も増えます。月次の実績報告、予算管理、KPIの提出。それまで感覚で経営してきた方にとっては、数字で説明することを求められること自体がストレスになります。

この負担をどう評価するかは、人によって大きく異なります。「解放された」と感じる方もいれば、「窮屈になった」と感じる方もいる。事前に、自分がどちらのタイプかを考えておく価値があります。

理念やケアの方針が合わないと現場が壊れる

訪問看護は、経営者の価値観がケアの質に直結する事業です。「時間をかけて話を聞く」ことを大切にしてきた事業所が、訪問件数の最大化を求めるグループに入れば、現場は必ず軋みます。

スタッフは、給与よりも「どんなケアをする職場か」で職場を選んでいることが少なくありません。方針が変わったと感じた瞬間に、優秀な看護師から辞めていきます。そして看護師の離職は、そのまま利用者の離脱につながります。

だからこそ、買い手選びでは価格以上に理念の適合性が重要になります。可能であれば、買い手が既に運営している訪問看護ステーションを見学させてもらってください。現場の雰囲気、スタッフの表情など、書面や口頭では伝えきれない情報が得られます。

買い手の撤退リスクと、その見極め方

もう一つの注意点が、買い手の継続性です。

医療・介護を本業としない企業がヘルスケア領域に参入する例は増えていますが、業界理解が浅いまま参入した場合、期待した収益が出ないと判断すれば撤退の判断も早くなります。数年後に別の企業へ再譲渡されるという展開も、現実に起こり得ます。

見極めのポイントは、その買い手にとって訪問看護が中核事業なのか、周辺事業なのかという点です。中核であれば、多少の業績変動では撤退しません。周辺事業であれば、本業の状況次第で優先度が変わります。公開情報があれば有価証券報告書や中期経営計画で、訪問看護がどう位置づけられているかを確認する価値があります。

交渉から統合までの各段階で注意すべき点については、以下の記事でプロセスごとに整理していますので、あわせてご覧ください。
M&Aの注意点を徹底解説|売り手・買い手別にプロセスごとのリスクと対策

10. いつ検討を始めるべきか

業績が良いときほど、条件はよくなる

最も多い誤解が、「経営が苦しくなってから相談すればよい」というものです。実際には逆で、業績が良く、看護師が定着しているときほど買い手の評価は高くなります。

価格の目安として実務で使われるのは「時価純資産+営業利益×2〜5年分」という考え方です。営業利益に倍率が掛かる構造なので、利益が出ているかどうかが対価に増幅されて反映されます。赤字に転落してから相談に来られると、選べる買い手も条件も大きく狭まります。

もう一つの理由が、交渉力です。「売らなくても続けられる」という状態で交渉に臨めるかどうかで、引き出せる条件はまったく変わります。追い込まれてからの交渉は、相手にそれが伝わります。

管理者の後任を育てる時間を逆算する

前述のとおり、訪問看護ステーションの管理者は保健師または看護師でなければなりません。オーナー自身が管理者を兼ねている場合、譲渡後に誰が管理者を担うのかが必ず論点になります。

社内の看護師を管理者に育てるには、通常1年以上かかります。看護師としての実務経験だけでなく、加算の管理、行政対応、スタッフのマネジメント、行政監査への対応まで担える必要があるためです。

つまり、引退を前提としたグループインを考えるなら、その1〜2年前から準備を始める必要があるということです。「そろそろ考えようか」と思った時点で相談を始めても、決して早すぎることはありません。

まず自社の価値を知ることから

検討の第一歩として最も有効なのは、自社が現時点でどう評価されるのかを把握することです。これは売却を決めることとは別の話です。

価値を知ることで、判断の基礎ができます。想定より高ければ選択肢が広がりますし、想定より低ければ、何を改善すれば上がるのかという課題が見えます。移動効率の改善、算定できていない加算の届出、非常勤中心の体制の見直し。こうした施策は数か月で営業利益に効き、年買法では2倍から5倍に増幅されて評価額に反映されます。

参考:厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査結果」(https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001603552.pdf

どの時期に動き出すのが有利かという判断基準については、以下の記事で業績や株価の観点から解説しています。
事業承継のタイミングはいつ?最適な時期と手法別の判断基準を徹底解説

11. まとめ

訪問看護ステーションのグループインによって得られるメリットを整理してきました。要点を確認します。

  • 採用力が変わる。人材紹介手数料を計上している訪問看護事業所では給与費に対する手数料の割合が3.4%に達しており、グループの採用基盤に乗ることでこの負担を下げられる。未経験者を採用・育成できるようになり、欠員が事業の存続に直結しなくなる。
  • 24時間対応とオンコールの負担が分散する。経営者が「最後の砦」でなくなり、労務リスクの整理も同時に進む。経営者自身が現場に戻るという選択肢も生まれる。
  • 制度対応力が手に入る。機能強化型の届出は令和5年4月時点で全国の約5%にとどまり、単独では要件を満たしにくい。令和8年度改定は体制と機能を持つ事業所に有利な設計であり、この流れに乗れるかどうかが収益を左右する。
  • 経営者個人は、譲渡所得として一律20.315%の課税で創業者利益を確保でき、個人保証からも解放される。引退するか残るかを選べるようになる。
  • 従業員には給与体系とキャリアパスが、利用者にはサービスの継続がもたらされる。廃業と比較すれば、失うものと得るものの差は明確。
  • グループインは100%譲渡だけではない。マジョリティ譲渡、マイノリティ出資、資本業務提携という段階的な選択肢がある。
  • 一方で、経営の自由度は確実に下がる。理念の適合性と買い手の継続性は、価格以上に慎重な見極めが必要。

グループインは、経営に行き詰まった末の選択ではありません。制度が機能分化と大規模化を促し、人件費の上昇が単独経営を圧迫するなかで、事業と従業員と利用者を守るための積極的な経営判断です。実際、業績が良く看護師が定着している事業所ほど、良い条件で良い相手と組めています。

弁護士・税理士が連携して、M&Aから資本業務提携まで幅広い形での連携をご支援しています。「売るかどうかはまだ決めていないが、選択肢を知っておきたい」という段階でのご相談を歓迎しています。まずは自社がどう評価されるのか、どのような相手が考えられるのか、お気軽にお問い合わせください。

執筆者

弁護士 佐藤聖喜

京都大学経済学部在学中、旧司法試験合格。最高裁判所司法研修所を経て弁護士登録(日本弁護士連合会・東京弁護士会)。その後、京都大学経営管理大学院修了(MBA)。 長島大野常松法律事務所を経て独立し、千代田中央法律事務所を設立。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)では国際化支援アドバイザーとしても活動。上場企業の組織再編、IPO法務DD、スタートアップの資本政策支援、再生型M&Aなど、法務・戦略両面からの総合支援に実績を持つ。

税理士登録申請中 横山圭介

東京都立大学(旧首都大学東京)数理科学専攻卒業後、国家公務員として札幌国税局に入庁。札幌国税局資産課税課、札幌東税務署資産課税部門等を経て、国税庁企画課へ出向。 国税庁・国税局・税務署において、主に資産税事務に従事し、相続・譲渡・贈与など資産課税の実務を第一線で担う。官公庁・金融機関等との折衝・情報連携の実務経験も有する。