「不動産は資産管理会社の名義にしてあるから、相続対策はもう済んでいる」。賃貸不動産をお持ちのオーナー様から、こうしたお話を伺うことは少なくありません。しかし、実際に相続が発生したとき、ご家族が直面するのは「相続税額は確定したのに、納めるお金がどこにもない」という事態です。資産管理会社を使った相続対策は、相続税評価額を引き下げる効果には優れている一方で、納税資金をどう用意するかという問題を解決してくれるわけではないからです。
相続税額の試算は済んでいるが納税原資の目処が立たない。お子様に賃貸事業を継ぐ意思がなく、相続後に物件と会社を抱えることに不安がある。あるいは既に相続が発生していて、申告期限まで残された時間がわずかしかない。本記事は、こうした状況にある資産管理会社のオーナー様と、そのご家族に向けて書いています。
資産管理会社の相続で相続財産となるのは、不動産そのものではなく「売却市場のない非上場株式」です。この構造を理解しないまま対策を進めると、納税資金は高い確率で不足します。
本記事では、株式評価の仕組みから、物納・延納が現実的な選択肢になるかどうかの判断、生前にできる納税資金対策、そして出口としての不動産M&A(資産管理会社の株式譲渡)まで、実務の順序に沿って解説します。
1. 資産管理会社の相続では「不動産」ではなく「株式」を相続する
相続財産になるのは資産管理会社の株式です
まず押さえておきたいのは、資産管理会社が不動産を所有している場合、相続の対象になるのは不動産ではなく、被相続人が保有していたその会社の株式であるという点です。不動産そのものが会社に帰属している以上、オーナー個人が亡くなっても不動産の所有者は変わりません。変わるのは、その会社を支配する株式の持ち主だけです。
この違いは、実務上きわめて大きな意味を持ちます。個人名義の不動産であれば、相続人はそれを売却して現金化し、相続税の納税に充てることができます。ところが資産管理会社の株式は、証券取引所に上場されているわけでもなく、買い手が公然と存在するわけでもありません。相続人の手元に残るのは、評価額としては数千万円から数億円になるにもかかわらず、そのままでは1円の現金にもならない財産です。
さらに、不動産を売却できる権限を持つのは相続人個人ではなく、あくまで会社です。相続人が株主として会社を支配し、代表者を選任し、取締役会や株主総会の手続を経て、はじめて会社が不動産を売却できます。相続人が複数いて株式が分散した場合、この意思決定そのものが停滞します。個人名義であれば共有者間の協議で済んだものが、会社法の手続を経由することになるわけです。
不動産所有方式と管理委託方式で相続の実務は大きく変わります
資産管理会社の活用形態は、大きく「不動産所有方式」と「管理委託方式(管理料徴収方式)」に分かれます。相続の実務は、このどちらを採用しているかで大きく変わります。
- 不動産所有方式:会社が土地建物、または建物のみを所有する形態です。賃料収入は全額が会社の収益となり、オーナー個人の財産増加を抑える効果が最も大きい一方、相続財産は「株式」に一本化されます。本記事が主に想定するのはこの形態です。
- 管理委託方式:不動産の所有者はオーナー個人のままで、会社は管理業務を受託して管理料を受け取る形態です。相続財産は「不動産そのもの」と「株式」の両方になります。不動産は相続人が直接売却できるため換金性の問題は生じにくい反面、相続税評価の圧縮効果は限定的です。
- 一括転貸方式(サブリース方式):会社がオーナー個人から物件を一括で借り上げ、第三者に転貸する形態です。所有者は個人のままなので、相続の構造は管理委託方式に近くなります。
不動産所有方式は、相続税評価額の圧縮という点では最も効果的です。しかしその効果と引き換えに、相続人が受け取る財産の換金性を大きく損なっているという事実は、あまり語られません。評価が下がるということは、裏を返せば「市場でその値段では売れない財産に姿を変えている」ということでもあるのです。
「法人名義にしたから相続対策は完了」という誤解
資産管理会社の設立を提案する記事の多くは、設立のメリットとデメリット、そして設立手続の説明で終わっています。しかし、相続対策には、大きく分けて「評価の引き下げ(節税)」「遺産分割の円滑化」「納税資金の確保」という3つの目的があり、資産管理会社が直接的に効いているのは主に最初の1つだけです。
遺産分割については、不動産を持分で分けるより株式を分けるほうが形式的には容易ですが、少数株主となった相続人が実質的に何の権利も行使できないという別の問題を生みます。納税資金については、むしろ状況を悪化させている場合すらあります。個人が現金や上場株式で持っていた資産を、換金しづらい非上場株式に変えているのですから、当然といえば当然です。
注意点
法人名義にしても相続税がゼロになるわけではありません。評価額が下がるだけで、相続税は必ず現金で、原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内に一括納付する必要があります。「対策済み」という認識のまま何年も過ごしてしまうことが、納税資金不足の最大の原因です。
2. 資産管理会社の株式の相続税評価はどう決まるか
純資産価額方式による評価の基本的な仕組み
資産管理会社のような非上場会社の株式は、財産評価基本通達に基づいて評価されます。評価方法には「類似業種比準方式」「純資産価額方式」「配当還元方式」があり、会社の規模や資産構成、株主の立場によって適用される方式が決まります。
不動産を保有する資産管理会社では、多くの場合、純資産価額方式が中心になります。これは、会社が保有するすべての資産を相続税評価額に置き換え、そこから負債を差し引いた「純資産」をもとに株価を算出する方法です。考え方としては、会社をその時点で解散・清算したらいくら残るか、という発想に近いといえます。
ここで重要なのは、会社が保有する不動産も相続税評価額(土地は路線価等、建物は固定資産税評価額)で評価されるという点です。路線価は公示価格のおおむね80%、建物の固定資産税評価額は建築価額のおおむね50〜60%の水準とされているため、この段階で既に時価からの圧縮が働いています。個人が直接不動産を保有している場合と同じ効果が、会社の資産評価の中でも発生するわけです。
含み益に対する法人税相当額37%を控除できる理由
純資産価額方式には、個人が直接不動産を保有する場合にはない、もう一段の圧縮効果があります。それが「評価差額に対する法人税相当額の控除」です。
会社が保有する資産の相続税評価額が帳簿価額を上回っている場合、その差額(含み益)に対応する法人税等の額を、純資産から差し引くことができます。控除割合は37%です。理由は明快で、仮にその会社を清算して資産を売却すれば、含み益に対して法人税等が課税されるため、株主が実際に手にできる金額はその分だけ少なくなるからです。この将来の税負担を、株式の評価にあらかじめ織り込むという考え方です。
たとえば会社が保有する不動産の相続税評価額が3億円、帳簿価額が1億円であれば、含み益は2億円です。この2億円に37%を乗じた7,400万円が純資産から控除されます。個人が同じ不動産を直接持っていればこの控除はありませんから、資産管理会社を経由することで評価額がさらに下がるというのは、この仕組みを指しています。
なお、この含み益は市況が上昇していなくても発生します。建物は減価償却によって帳簿価額が毎年減っていくため、時価が横ばいであっても保有期間が長くなるほど帳簿価額との差は自動的に広がっていくからです。設立から10年、20年と経過した資産管理会社であれば、相応の含み益を抱えているのが通常です。
取得後3年以内の不動産は通常の取引価額で評価されます
ここで見落とされやすいのが、いわゆる「3年ルール」です。会社が課税時期(相続開始日)前3年以内に取得した土地建物については、相続税評価額ではなく「通常の取引価額」、つまり実勢価格に近い金額で評価しなければなりません。
この規定があるため、相続が近いことを察知してから慌てて個人名義の不動産を会社に移転しても、評価の圧縮効果は得られません。むしろ、移転にかかる登録免許税・不動産取得税・建物部分の消費税といった流通コストを負担しただけで終わる可能性があります。資産管理会社を活用した相続対策は、少なくとも相続の3年以上前から着手しておく必要がある、というのはこの規定に由来しています。
逆にいえば、既に長期間にわたって不動産を保有している資産管理会社は、この点についてはクリアしていることになります。問題は、評価が下がった結果として株式の換金性が失われている、という次の段階に移っています。
借入金があると株価はさらに圧縮されます
純資産価額方式は、資産から負債を差し引いて算出します。したがって、会社が金融機関からの借入金を抱えている場合、その残高はそのまま純資産を減らし、株価を押し下げます。
具体的に見てみましょう。不動産の時価が5億円、相続税評価額が3億5,000万円、帳簿価額が1億5,000万円、借入残高が3億円の会社があるとします。相続税評価額ベースの純資産は3億5,000万円から3億円を引いて5,000万円。ここから含み益(3億5,000万円-1億5,000万円=2億円)に対する法人税相当額37%、7,400万円を控除しますが、控除後の純資産がマイナスになる場合は評価額をゼロとして扱います。つまり、借入が大きい局面では株価がきわめて低く算定されることがあるのです。
この効果は相続税の節税という点では歓迎すべきものですが、同時に注意が必要です。借入返済が進んで残高が減っていくと、株価は年々上昇していきます。設立当初の試算で「株価はほぼゼロだから相続対策は万全」と判断していた会社が、10年後には数億円の株価になっているというのは、決して珍しい話ではありません。
| 要素 | 株価への影響 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|
| 借入金残高 | 残高が大きいほど株価は下がる | 返済が進むと株価は年々上昇する。定期的な再評価が必要 |
| 含み益(評価額-帳簿価額) | 大きいほど37%の控除額が増え株価は下がる | 減価償却により保有期間が長いほど自動的に拡大する |
| 不動産の取得後年数 | 3年以内は通常の取引価額で評価され株価は上がる | 直前の駆け込み移転は効果が出ない |
| 特定の評価会社への該当 | 該当すると純資産価額方式が強制され株価は上がりやすい | 土地保有特定会社・株式保有特定会社の判定は毎期変動する |
ポイント
資産管理会社の株価は「一度計算したら終わり」ではありません。借入残高、減価償却の進行、不動産市況、総資産に占める土地の割合はいずれも毎年変動します。最低でも3年に一度、できれば決算ごとに株価の再試算を行い、相続税額と納税資金のギャップを把握しておくことをおすすめします。
3. 評価が思ったほど下がらないケース|土地保有特定会社・株式保有特定会社
土地保有特定会社に該当すると純資産価額方式が強制されます
非上場株式の評価では、会社の規模に応じて類似業種比準方式を併用できる場合があります。類似業種比準方式は、上場している同業種企業の株価をベースに、配当・利益・純資産の3要素を比較して株価を算定する方法で、一般に純資産価額方式より評価額が低くなる傾向があります。会社の規模が大きいほど類似業種比準方式のウエイトを高くできるため、大会社に該当すれば類似業種比準方式のみで評価することも可能です。
ところが、財産評価基本通達は「特定の評価会社」という区分を設けており、これに該当すると類似業種比準方式の適用が制限され、原則として純資産価額方式で評価しなければなりません。その代表格が「土地保有特定会社」です。
土地保有特定会社とは、課税時期における総資産価額(相続税評価額ベース)に占める土地等の価額の割合が一定以上である会社をいいます。判定基準は会社規模によって異なり、大会社は70%以上、中会社は90%以上とされています。小会社についても、総資産価額の基準で大会社・中会社に相当する規模であれば、同様の割合基準で判定されます。
資産管理会社は構造的に該当しやすいという事実
ここが実務上の落とし穴です。土地を中心に保有する資産管理会社は、その事業内容からして、総資産に占める土地の割合が高くなるのが当然です。つまり、土地保有特定会社に該当する可能性が構造的に高い。
とりわけ、地方都市や郊外で土地の比率が高い物件を保有している場合、あるいは建物の減価償却が進んで簿価が小さくなっている場合は、土地の割合がじわじわと上昇していきます。設立当初は該当していなかった会社が、10年後の相続時点では該当していた、という事態が起こり得ます。
該当してしまうと、類似業種比準方式による評価の余地がなくなり、純資産価額方式一本での評価になります。含み益に対する37%控除は引き続き適用できますが、期待していたほどの評価圧縮にはならず、想定外に高い相続税額が算出されることがあります。相続税額が想定より大きくなるということは、そのまま納税資金の不足額が拡大するということです。
類似業種比準方式が使えるかどうかで株価は大きく変わります
株式や出資の保有割合が総資産の50%以上を占める会社は「株式保有特定会社」に該当し、こちらも純資産価額方式(またはいわゆるS1+S2方式)による評価となります。不動産の売却代金を上場株式や投資信託で運用している資産管理会社では、この判定にも注意が必要です。
また、開業後3年未満の会社は純資産価額方式のみによる評価となります。比準要素(配当・利益・純資産)のうち2つ以上がゼロである「比準要素数1の会社」は、純資産価額方式が原則ですが、類似業種比準価額を25%の割合で加味する併用方式を選択することもできます。3要素すべてがゼロの「比準要素数0の会社」は、純資産価額方式のみです。設立して間もない資産管理会社や、意図的に配当も利益も出していない会社が該当しやすい類型です。
これらの判定は、いずれも課税時期の資産構成に基づいて行われます。つまり、相続がいつ発生するかによって結論が変わり得るということです。事前のシミュレーションでは、現状の資産構成だけでなく、今後数年の減価償却の進行や物件の入れ替えまで織り込んでおく必要があります。
注意点
土地保有特定会社・株式保有特定会社の判定は、決算期ごとに変動します。「以前試算したときは該当しなかった」という記憶に頼るのは危険です。相続税に強い税理士に依頼し、最新の資産構成に基づいて判定と株価試算を行ってください。判定結果によっては、資産構成の見直しや物件の入れ替えといった対応が必要になる場合があります。
4. なぜ資産管理会社オーナーの相続で納税資金が不足するのか
資産は法人の中にあり、相続人は個人で納税
納税資金不足の根本原因は、資産の所在と納税義務の主体がずれていることにあります。賃料収入によって蓄積された現預金は資産管理会社に帰属しており、不動産も会社の所有です。一方、相続税を納めるのは相続人個人です。会社にいくら現金があっても、それは相続人の納税に自動的には使えません。
しかも、資産管理会社を活用したスキームでは、オーナー個人の財産増加を抑えることが目的の一つとされてきました。役員報酬を家族に分散し、個人に資産が積み上がらないようにする。この設計自体は所得税・相続税の観点からは合理的ですが、結果としてオーナー個人の金融資産は薄くなります。相続税の課税対象は株式評価額として大きく計上される一方、納税に充てられる現金は少ない。この非対称性が、納税資金ギャップの正体です。
非上場株式には売却市場がありません
上場株式であれば、相続した翌日にでも市場で売却して現金化できます。しかし、資産管理会社の株式にはそのような市場がありません。買い手を自力で探す必要があり、しかもほとんどの資産管理会社は定款で株式の譲渡制限を定めているため、譲渡には取締役会または株主総会の承認が必要です。
加えて、相続人にとって株式を売るという発想自体がなじみにくいという事情もあります。多くの方は「不動産を売って納税する」ことは思いつきますが、「会社ごと売る」という選択肢を知りません。結果として、相続開始から数か月が経過してから、はじめて選択肢の少なさに気づくことになります。
法人から資金を引き出すと配当課税・給与課税が発生します
「会社に現預金があるのだから、それを個人に移せばよい」と考えたくなりますが、法人から個人への資金移動には必ず課税が伴います。
- 配当として支払う場合:配当所得として総合課税の対象となり、他の所得と合算されて累進税率が適用されます。配当控除による軽減はありますが、所得水準が高い場合の実質的な負担は40%台に達することもあります。
- 役員報酬・賞与として支払う場合:給与所得として課税されるうえ、社会保険料の負担も発生します。また、事前確定届出給与等の要件を満たさない賞与は損金算入が認められません。
- 会社が不動産を売却して原資を作る場合:売却益に対して法人税等が課税され、そのうえで個人に移すときにもう一度課税されます。いわゆる二重課税の状態です。
つまり、法人内に蓄積された資産を納税資金として使おうとすると、その過程で相当額が税金として失われます。相続税の納付額に加えてこの目減り分を見込まなければならず、必要な原資は当初の想定より膨らみます。
数値例で見る納税資金ギャップ(時価5億円・借入3億円のモデルケース)
具体的な数字で見てみましょう。以下は、賃貸マンション1棟を保有する資産管理会社の株式を、配偶者のいない相続人1名が相続するという簡略化したモデルケースです。実際の税額は各種控除や資産構成によって変動しますので、あくまでイメージとしてご覧ください。
| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 不動産の時価 | 5億円 | 売却できるとした場合の実勢価格 |
| 不動産の相続税評価額 | 3億5,000万円 | 路線価・固定資産税評価額ベース |
| 不動産の帳簿価額 | 1億5,000万円 | 減価償却が進み簿価が低下 |
| 借入金残高 | 3億円 | 返済中 |
| 相続税評価ベースの純資産 | 5,000万円 | 3億5,000万円-3億円 |
| 含み益に対する法人税相当額の控除 | ▲7,400万円 | (3億5,000万円-1億5,000万円)×37% |
| 株式の相続税評価額 | 0円 | 控除後がマイナスのため0として扱う |
| オーナー個人の金融資産 | 2,000万円 | 役員報酬の分散により薄い |
このケースでは株式評価額がゼロになるため、相続税の負担はほとんど生じません。問題は、この状態が永続しないことです。借入返済が進み、残高が3億円から1億円に減った時点で同じ計算をすると、相続税評価ベースの純資産は2億5,000万円、法人税相当額の控除後でも1億7,600万円となり、株式評価額は一気に跳ね上がります。相続税額は数千万円規模になる一方、オーナー個人の金融資産は依然として薄いままです。
なお、上記は借入残高の変化による影響を示すための簡略計算であり、返済に伴う現預金の増減や建物のさらなる減価償却は考慮していません。実際の試算では、決算書の数値をもとに資産・負債の全項目を洗い出す必要があります。
このとき相続人が取り得る手段は限られます。会社に不動産を売却させて配当を受け取れば二重課税、金融機関から個人で借り入れれば返済原資が必要、株式を売ろうにも買い手がいない。この袋小路を避けるには、相続が発生する前に手を打っておくしかありません。
以下のチェックリストで、ご自身の状況を確認してみてください。該当項目が多いほど、納税資金がショートするリスクは高くなります。
- 保有不動産は資産管理会社(法人)名義である
- 会社を設立してから10年以上が経過している
- 借入金の返済が進んでおり、残高が当初の半分以下になっている
- 直近3年以内に株価の再試算を行っていない
- オーナー個人の金融資産(現預金・上場株式等)が、想定される相続税額を下回っている
- 総資産に占める土地の割合が高い(土地保有特定会社に該当する可能性がある)
- 相続人が複数おり、株式が分散する見込みである
- 相続人に賃貸事業を継ぐ意思がない、または本業が別にある
- 会社に加入している生命保険や退職金規程がない、または内容を把握していない
- 不動産の売却以外の出口(会社ごとの譲渡など)を検討したことがない
注意点
「会社にお金があるから大丈夫」という認識は、納税資金対策としては成立しません。法人の資産を個人の納税に充てるには、配当・給与・退職金いずれかの形で個人に移す必要があり、その過程で必ず課税が発生します。相続税額そのものだけでなく、資金を個人へ移すためのコストまで含めて試算してください。
5. 資産管理会社の株式は物納できるのか
物納の順位|非上場株式は第2順位に置かれています
相続税は金銭による一括納付が原則ですが、延納によっても金銭で納付することが困難な場合には、相続財産そのものを納付に充てる「物納」という制度があります。不動産を多く保有する家庭では、物納を前提に考えている方も少なくありません。
ただし、物納には順位が定められており、後順位の財産は、先順位の財産に適当な価額のものがない場合などに限って物納に充てることができます。順位は次のとおりです。
| 順位 | 物納に充てることができる財産 |
|---|---|
| 第1順位 | 不動産、船舶、国債証券、地方債証券、上場株式等/これらのうち物納劣後財産に該当するもの |
| 第2順位 | 非上場株式等/非上場株式のうち物納劣後財産に該当するもの |
| 第3順位 | 動産 |
つまり、資産管理会社の株式は第2順位です。相続財産の中に第1順位に該当する財産(個人名義の不動産や上場株式など)があれば、まずそちらを物納に充てることが求められます。詳細は国税庁「No.4214 相続税の物納」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4214.htm)をご確認ください。
譲渡制限株式は管理処分不適格財産に該当し得ます
順位の問題をクリアしたとしても、次に立ちはだかるのが「管理処分不適格財産」の要件です。国が管理・処分するのに適さない財産は、そもそも物納に充てることができません。
株式についても不適格要件が定められており、そこには「譲渡制限株式」が明文で列挙されています。これに加えて、質権その他の担保権の目的となっている株式、権利の帰属について争いがある株式、2人以上の共有に属する株式(共有者全員が物納申請する場合を除く)なども、物納に充てることができません。
資産管理会社にとって決定的なのは、この譲渡制限株式の要件です。ほとんどの資産管理会社は、株式が第三者に渡ることを防ぐために定款で譲渡制限を設けています。この譲渡制限がそのままである限り、物納は認められません。
さらに、遺産分割が確定していない共有状態の株式も物納できません。相続人が複数いる資産管理会社では、譲渡制限と共有状態という二重の障害を、申告期限までに解消する必要があるということです。
この制限を外すには、株主総会の特別決議による定款変更と、その旨の登記が必要です。相続が発生してから対応しようとすると、遺産分割が確定して相続人が株主として権利行使できる状態にならなければ決議ができず、申告期限である10か月に間に合わないという事態が起こり得ます。物納を選択肢として残しておきたいのであれば、生前に手当てを検討しておく必要があります。
「会社が不動産を持っているから物納できる」は成り立ちません
ここで、多くの方が誤解される点を明確にしておきます。資産管理会社が保有している不動産は、あくまで会社の財産であって、相続財産ではありません。したがって、その不動産を第1順位の財産として物納に充てることはできません。相続人が物納に充てられるのは、あくまで自分が相続した「株式」です。
不動産を法人名義に移した時点で、相続財産の性質は第1順位の不動産から第2順位の非上場株式へと変わっています。相続税評価額を圧縮する目的で行った法人化が、物納という納税手段の使いにくさを同時に招いている、という構造です。この点を意識して法人化を提案されるケースは、実務上ほとんど見受けられません。
物納が認められた場合の譲渡所得非課税というメリット
一方で、物納が認められた場合には見逃せない利点もあります。物納による財産の移転には譲渡所得税が課されないという点です。
株式を売却して現金化し、その代金で相続税を納める場合、売却益に対して20.315%の譲渡所得税が課されます。これに対して物納であれば、原則として相続税評価額で納付したものとして扱われ、譲渡所得税は生じません。含み益が大きい財産ほど、この差は無視できない金額になります。
したがって、物納は「使えないもの」と決めつけるのではなく、譲渡制限の解除を含めた実現可能性と、売却した場合との手取り比較の両面から検討すべき選択肢です。ただし、後述する不動産M&Aによって相続税評価額を大きく上回る価格で売却できる見込みがあるのであれば、売却のほうが有利になります。判断は個別の数字次第です。
注意点
譲渡制限の解除には株主総会の特別決議と登記が必要です。相続発生後は遺産分割が確定するまで議決権行使に制約が生じ、申告期限までに手続が完了しないおそれがあります。物納を選択肢に含めるのであれば、定款の内容と手続の所要期間を、生前のうちに確認しておいてください。
6. 延納で乗り切れるケース・乗り切れないケース
延納の要件と担保提供の実務
延納は、相続税を年賦で分割納付する制度です。物納より要件が緩やかで、実務上の利用頻度も高い手段です。主な要件は、相続税額が10万円を超えること、金銭で一時に納付することが困難な事由があること、申告期限までに延納申請書と担保提供関係書類を提出すること、そして担保を提供することです。延納税額が100万円以下かつ延納期間が3年以下の場合には、担保は不要とされています。
資産管理会社のケースで論点になるのは担保です。相続人が個人名義の不動産を持っていればそれを担保に提供できますが、不動産をすべて法人名義に移している場合、個人の担保物件が乏しいという状況が生じます。会社所有の不動産を担保に提供することは、会社の承諾があれば理論上は可能ですが、既に金融機関の抵当権が設定されている物件は担保として認められません。借入を活用して物件を保有している資産管理会社では、この点が壁になります。
では、資産管理会社の株式そのものを担保にできるのでしょうか。延納の担保として認められるのは、国債・地方債、税務署長が確実と認める有価証券、土地、建物などのほか、税務署長が確実と認める保証人の保証です。非上場株式は形式的には有価証券に含まれますが、換価が容易でなく、譲渡制限が付されているのが通常であるため、実務上は担保として認められないことが多いのが実情です。
その場合に現実的な選択肢となるのが、保証人の保証です。相続人以外の親族や、資力のある法人に保証人になってもらう方法が検討されます。いずれにせよ、延納を前提に考えるのであれば、申告期限の直前ではなく、早い段階で担保の目処を立てておく必要があります。
不動産等の割合によって延納期間と利子税が変わります
延納期間は、相続財産に占める「不動産等」の割合によって3つの区分に分かれます。割合が高いほど長期の分割が認められる仕組みです。
| 不動産等の割合 | 不動産等に係る延納税額 | 動産等に係る延納税額 |
|---|---|---|
| 75%以上 | 最長20年 | 最長10年 |
| 50%以上75%未満 | 最長15年 | 最長10年 |
| 50%未満 | ― | 一般の延納相続税額として最長5年 |
ここで重要なのは、この「不動産等」の範囲です。不動産等とは、不動産、不動産の上に存する権利、立木、事業用の減価償却資産、そして特定同族会社の株式および出資を指します。特定同族会社とは、おおまかにいえば、相続や遺贈で財産を取得した人とその同族関係者が発行済株式の50%超を保有している非上場会社のことです。
つまり、資産管理会社の株式は、この特定同族会社の株式として「不動産等」に含まれる可能性が高いということです。株式であっても不動産等として扱われることで、不動産等の割合が75%以上となり、最長20年の延納を確保できる場合があります。この点は、実務上あまり知られていない有利な取扱いです。
ただし、延納には利子税が課されます。本則の利子税率は、一般の延納相続税額が年6.0%、不動産等に係る延納相続税額が年3.6%、動産等に係る延納相続税額が年5.4%です。もっとも、各年の基準割合に応じた特例基準割合による軽減措置があり、近年は本則を大きく下回る水準で推移しています。適用される割合は毎年変動するため、実際の負担額は国税庁の公表資料で最新の数値を確認してください。
賃料収入で分割納付できるかを試算する
延納が現実的な選択肢になるかどうかは、毎年の納付額を賄えるだけのキャッシュフローが相続人個人にあるかで決まります。資産管理会社のケースでは、会社の賃料収入から役員報酬として個人に支払い、そこから納付するという流れが基本になります。
試算にあたっては、次の点を織り込んでください。会社の賃料収入から借入返済、固定資産税、修繕費、管理委託料、法人税等を差し引いた残額がいくらか。そこから役員報酬として引き出す場合の所得税・住民税・社会保険料の負担はどれだけか。手取りベースで、延納の年間納付額と利子税を上回るか。
この試算を丁寧に行うと、想定より余裕がないケースが多いことに気づきます。とくに築年数が進んだ物件では、大規模修繕の時期と延納期間が重なることがあり、修繕費と納税が同時に発生して資金繰りが破綻するリスクがあります。
延納が「問題の先送り」になってしまう典型パターン
延納を選択したものの、結果的に状況が悪化してしまう典型的なパターンがあります。
- 築年数の進行により賃料と稼働率が低下し、当初試算どおりのキャッシュフローが確保できなくなる
- 延納期間中に大規模修繕が必要になり、修繕費と納税が重なって資金がショートする
- 利子税の負担が積み上がり、総支払額が当初想定を大きく上回る
- 延納中に次の相続(二次相続)が発生し、未納の相続税と新たな相続税が重なる
- 結局、延納期間の途中で不動産を売却せざるを得なくなり、時間的余裕のない不利な条件での売却になる
最後のパターンがとくに深刻です。売り急ぎは価格の下落に直結します。延納は「今は売らずに済む」手段ではありますが、5年後、10年後に売却を余儀なくされるのであれば、条件の良いうちに出口を選んだほうが手取りは大きくなります。
ポイント
延納の可否は、実質的に担保の適格性で決まります。抵当権が設定された会社所有の不動産は担保になりません。個人名義の担保物件があるか、非上場株式を担保として認めてもらえるかを、申告期限の3か月前までには税務署に事前相談しておくことをおすすめします。
7. 生前にできる納税資金対策5つ
①死亡退職金の非課税枠を使う(500万円×法定相続人の数)
資産管理会社を保有していることの最大の利点の一つが、死亡退職金を活用できることです。オーナーが役員在任中に亡くなった場合、会社から遺族に対して死亡退職金を支給できます。
死亡退職金は相続税法上「みなし相続財産」として課税対象になりますが、「500万円×法定相続人の数」という非課税枠が設けられています。相続人が3名であれば1,500万円までは相続税がかかりません。しかも、遺族が受け取る死亡退職金には所得税が課されないため、配当や役員報酬で法人から個人へ資金を移すのと比べて、税負担が大幅に軽くなります。
加えて、会社側では支給した退職金を損金に算入できます。これは相続税の観点からも重要で、退職金の支給によって会社の純資産が減少するため、株式の相続税評価額そのものが引き下がるという効果があります。納税資金を作りながら、同時に納税額を減らせるという点で、資産管理会社の相続対策としては最も効率のよい手段といえます。
ただし、不相当に高額な部分は損金算入が否認されます。最終報酬月額、在任年数、功績倍率をもとにした合理的な算定根拠を用意し、あわせて退職金規程を整備しておいてください。
②法人契約の生命保険で退職金原資を準備する
死亡退職金を支給しようにも、会社に現金がなければ実行できません。そこで、会社を契約者・保険料負担者、オーナーを被保険者、会社を受取人とする生命保険契約を結び、退職金の原資を計画的に準備するという手法が使われます。
オーナーの死亡時に会社が保険金を受け取り、それを原資として遺族に死亡退職金を支給する。会社側では受け取った保険金が益金となる一方、支給した退職金が損金となるため、両者を相殺する形で法人税の負担を抑えられます。
保険商品の選択にあたっては、保険料の損金算入割合、解約返戻率のピーク時期、そしてオーナーの年齢に応じた加入可否を確認してください。近年は保険料の損金算入に関するルールが改正されており、かつてのような節税効果は限定的になっています。あくまで「納税資金の準備」を主目的として設計することが大切です。
③役員報酬による所得移転で相続人側に現金を蓄積する
相続人となる予定のご家族を役員に就任させ、役員報酬を支払うことで、相続人側に納税資金を蓄積していく方法です。オーナー個人への所得集中を避けつつ、将来の納税者となる人の手元に現金を移せるという点で、二重の意味で合理的です。
ただし、実態を伴わない役員報酬は否認されるリスクがあります。取締役として実際に経営に関与し、議事録上も職務の実態が確認できる状態を維持してください。また、役員報酬には社会保険料の負担が伴い、会社と個人の双方でコストが発生します。手取りベースでどれだけ蓄積できるかを試算したうえで、報酬水準を決める必要があります。
なお、この方法は時間をかけて効果を積み上げるものです。相続まで残された期間が短い場合には、単独では十分な原資を作れません。
④株式の生前贈与と持株比率の設計
株式を生前に贈与しておくことで、相続時の課税対象を減らすとともに、株式の分散を防ぐことができます。暦年贈与のほか、相続時精算課税制度の活用も選択肢になります。
とくに意識していただきたいのが持株比率の設計です。将来、資産管理会社を第三者に譲渡する可能性を残すのであれば、株式が複数の相続人に分散していると、全株を集約できず売却そのものが実行できないという事態が起こります。買い手は原則として100%の株式取得を求めるため、1名でも譲渡に反対する株主がいれば取引は成立しません。
贈与を進める際は、単に評価額を下げるという発想だけでなく、将来の出口を実行できる株主構成になっているかという観点を必ず入れてください。株式を分散させるのであれば、あわせて種類株式の活用や、譲渡に関する株主間契約の締結を検討する価値があります。
⑤収益性の低い物件を先に売却し法人内に現預金を作る
複数の物件を保有している場合、収益性や将来性の低い物件を生前に売却し、会社内に現預金を積み上げておくという方法があります。売却益には法人税が課されますが、相続発生後に売り急ぐよりは有利な条件で売却できるのが通常です。
ただし、現預金は相続税評価上、額面がそのまま評価額になるため、不動産のままであれば得られていた評価の圧縮効果が失われます。売却によって株式の相続税評価額が上昇し、相続税額が増えるという逆効果が生じ得るのです。
したがって、この手法は、単独ではなく死亡退職金の支給や保険加入とセットで設計する必要があります。売却で作った現預金を退職金原資に充て、支給によって純資産を圧縮する。この流れを組み立てて初めて、納税資金の確保と評価の抑制が両立します。
ポイント
5つの手段のうち、最も実行しやすく効果が大きいのは「死亡退職金+法人契約の生命保険」の組み合わせです。会社に納税資金の原資を作り、支給によって株価を引き下げ、非課税枠で税負担を抑えるという三つの効果が同時に働きます。退職金規程の整備は早めに着手してください。
8. 出口戦略としての不動産M&A|資産管理会社の株式譲渡という選択肢
不動産M&Aとは|物件ではなく会社ごと譲渡する手法です
ここまで見てきたとおり、資産管理会社の相続では、物納も延納も万能ではなく、生前対策にも時間と原資が必要です。そこで検討していただきたいのが、資産管理会社そのものを第三者に譲渡するという選択肢です。これを実務上「不動産M&A」と呼びます。
不動産M&Aとは、不動産を保有する会社の株式を譲渡することによって、実質的に不動産の所有権を移転させる手法です。売主はオーナー個人(株主)、買主は不動産会社や投資家、他の資産管理会社などになります。取引の対象は不動産そのものではなく、あくまで会社の株式です。
相続対策の文脈でこの手法が語られることは、今までほとんどありませんでした。資産管理会社について解説する記事の大半は税理士事務所によるもので、「どう作るか」までは詳しく書かれていても、「どう畳むか、どう売るか」という出口の話にはまず触れられていないからです。しかし実際には、後継者がいない資産管理会社にとって、出口の設計こそが最大の論点です。
実物不動産の売却と比べて手取りが変わる理由
不動産M&Aが検討に値する最大の理由は、手元に残る金額が変わることです。
資産管理会社が保有する不動産を実物として売却した場合、まず会社に売却益が生じ、法人税等が課されます。実効税率はおおむね30%台です。その後、税引後の資金を株主個人が受け取ろうとすれば、配当または清算に伴う分配として、あらためて課税されます。配当所得は総合課税ですから、所得水準によっては高い累進税率が適用されます。法人段階と個人段階の二重課税により、合計の税負担が50%を超えることも珍しくありません。
これに対し、株主が「会社の株式を」譲渡した場合、課税されるのは株主個人の譲渡所得のみです。非上場株式の譲渡所得は申告分離課税で、税率は所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計20.315%です。法人段階での課税が発生しないため、税負担は一層で済みます。
この差は、含み益が大きいほど拡大します。減価償却が進み帳簿価額が小さくなっている物件、あるいは取得から長期間が経過している物件では、この構造的な差が数千万円から億単位の金額になることもあります。
買い手にとってのメリット|流通税と手続コストの回避
不動産M&Aは、売主だけが得をする取引ではありません。買主にも明確な利点があります。
- 不動産取得税がかからない:株式を取得するだけなので、不動産の所有者は変わらず、不動産取得税は課されません。
- 登録免許税がかからない:所有権移転登記が不要なため、固定資産税評価額に対する登録免許税の負担がありません。株主名簿の書き換えで足ります。
- 建物部分の消費税がかからない:有価証券の譲渡は消費税の非課税取引です。実物売買であれば、売主が課税事業者である場合、建物価格に対して消費税が課されます。
- 既存の契約関係をそのまま引き継げる:賃貸借契約、管理委託契約、金融機関との借入契約などは会社に帰属しているため、原則としてそのまま継続します。
これらのコスト削減効果があるため、買主は実物売買より高い金額を提示できる余地があります。売主の手取りが増えるだけでなく、取引価格そのものが押し上げられる可能性があるということです。
一方で、買主は会社を丸ごと引き受けることになるため、簿外債務、未払残業代、係争案件、税務リスクなどを承継する懸念があります。買主が慎重になるのはこの点であり、売主側で法務・税務のデューデリジェンスに耐えられる状態を整えておくことが、価格と成約率の両方に効いてきます。
株価はどう算定されるか|時価純資産から含み益の税負担を控除する
不動産M&Aにおける株式の取引価格は、相続税評価額とは別の考え方で算定されます。実務では、時価純資産法をベースに次のように組み立てられるのが一般的です。
| 算定要素 | 金額例 | 内容 |
|---|---|---|
| 不動産の時価 | 5億円 | 鑑定評価または市場価格 |
| 借入金残高 | ▲3億円 | 会社が承継する有利子負債 |
| 含み益に対する将来の税負担 | ▲7,000万円 | 含み益2億円×35%程度(交渉により調整) |
| その他の資産・負債 | ±0円 | 現預金、敷金預り金、未払金等 |
| 株式の取引価格(目安) | 1億3,000万円 | 上記を積み上げた金額 |
ポイントは3つ目の「含み益に対する将来の税負担」です。買主は会社の税務上の帳簿価額をそのまま引き継ぐため、将来その不動産を売却したときに含み益に対する法人税を負担することになります。その分を価格から差し引くよう求めるのが通常で、控除割合をどこまで圧縮できるかが交渉の核心になります。
また、譲渡に先立って役員退職金を支給したり、事業に不要な資産を切り出したりして純資産を調整することも、価格と税負担の両面から検討されます。こうした準備には決算期をまたぐ作業が含まれるため、譲渡の1〜2年前から着手しておくのが望ましいといえます。
生前に現金化しておくことが最も確実な納税資金対策になる場合
相続税の納税資金という観点から見ると、不動産M&Aには決定的な利点があります。株式を現金に換えてしまえば、納税資金の問題そのものが消えるという点です。
もちろん、現金化すれば相続税評価額は上昇します。評価が下がる非上場株式のまま持ち続けるほうが、相続税額は小さくなります。しかし、評価額が小さくても納税できなければ意味がありません。相続税額が5,000万円で納税資金がゼロの状態と、相続税額が1億円で現金が3億円ある状態を比べたとき、ご家族にとってどちらが望ましいかは明らかです。
次のような場合には、生前の不動産M&Aを積極的に検討する価値があります。相続人に賃貸事業を継ぐ意思がない。物件が1棟に集中しており分割が難しい。借入返済が進んで株価が上昇局面にある。オーナーの年齢や健康状態から、対策に使える時間が限られている。
現金化した資金は、そのまま納税資金として確保するほか、生前贈与や生命保険を通じた次世代への移転にも柔軟に使えます。不動産という「動かせない資産」を「動かせる資産」に変えておくことが、相続対策の選択肢そのものを広げます。
ご自身の資産管理会社が不動産M&Aに適しているかどうか、次の項目で確認してみてください。
- 不動産を株式会社または合同会社の名義で保有している
- 会社の事業内容が不動産の保有・賃貸に限定されており、他の事業を兼営していない
- 保有期間が長く、時価と帳簿価額の間に相応の含み益がある
- 株式の全部または過半数を、オーナー1名または少数の親族で保有している
- 簿外債務や係争案件がなく、決算書と税務申告の内容に大きな不整合がない
- 賃貸借契約書、レントロール、修繕履歴などの資料が整理されている
- 相続人に事業を承継する意思がない、または承継後の運営に不安がある
ポイント
不動産M&Aでは、会社が締結している賃貸借契約や管理委託契約は原則としてそのまま継続します。実物売買の場合は所有者が変わるため契約を締結し直す必要がありますが、株式譲渡では契約当事者である会社が存続するためです。入居者やお付き合いのある管理会社への影響を最小限に抑えられる点も、実務上の大きな利点です。
注意点
純資産の圧縮や不要資産の切り出しは、譲渡の直前に着手しても間に合いません。役員退職金の支給には株主総会決議と適正額の算定根拠が必要ですし、決算をまたぐ調整も生じます。不動産M&Aを検討されるのであれば、実行の1〜2年前から準備を始めてください。
9. 相続発生後に使える「3年10か月」の2つの特例
相続税の取得費加算の特例|納めた相続税を取得費に上乗せできます
既に相続が発生してしまった場合でも、打てる手はあります。むしろ、相続後だからこそ使える有利な特例が2つ存在します。いずれも期限が「3年10か月」で共通しているため、まとめて押さえておいてください。
1つ目が、相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例です。相続または遺贈によって取得した財産を、一定期間内に譲渡した場合、その財産にかかった相続税額のうち一定の金額を、譲渡所得の計算上、取得費に加算できるという制度です。
取得費が増えれば、その分だけ譲渡益は圧縮され、譲渡所得税の負担が軽くなります。資産管理会社の株式を相続し、それを不動産M&Aによって第三者に譲渡する場合にも、この特例を適用できます。相続税を納めたうえに譲渡所得税も課されるという二重の負担を、部分的に緩和する仕組みです。
適用期限は、相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで。申告期限が相続開始から10か月ですので、実質的に「相続開始から3年10か月」となります。制度の詳細は国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3267.htm)をご確認ください。
金庫株の特例|発行会社への譲渡でみなし配当課税を回避できます
2つ目が、相続により取得した非上場株式を発行会社に譲渡した場合の課税の特例、いわゆる金庫株の特例です。
通常、個人が保有する非上場株式をその発行会社に譲渡(自己株式の取得)した場合、受け取った対価のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として配当所得に区分され、総合課税の対象になります。所得税と住民税を合わせた最高税率は55%で、配当控除による軽減を考慮しても、譲渡所得として課税される場合の20.315%とは大きな差が生じます。
ところがこの特例を使うと、みなし配当課税は行われず、対価の全額が株式の譲渡所得の収入金額として扱われます。つまり、申告分離課税の20.315%で完結するということです。適用を受けられるのは、相続または遺贈により財産を取得し、その相続について納付すべき相続税額がある個人が、相続の開始があった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までに、その相続税の課税対象となった非上場株式を発行会社に譲渡した場合です。詳細は国税庁「No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1477.htm)をご確認ください。
見落とされやすいのが「納付すべき相続税額があること」という要件です。配偶者の税額軽減などによって相続税額がゼロになった相続人は、この特例を使えません。後述する取得費加算の特例も同じ制約を受けるため、遺産分割の内容を決める段階で、誰にどの財産を取得させるかを税額とあわせて設計しておく必要があります。
この特例は、相続人が複数いて株式が分散した場合に有効です。事業を継ぐ相続人が会社を引き継ぎ、それ以外の相続人は保有株式を会社に買い取ってもらって納税資金に充てる、という整理が可能になります。
2つの特例を併用する場合の順序と実務上の注意点
取得費加算の特例と金庫株の特例は、併用できます。相続した株式を発行会社に譲渡し、みなし配当課税を回避したうえで、譲渡所得の計算において取得費加算を適用するという流れです。
ただし、実務上の注意点がいくつかあります。
- 金庫株の特例を適用するには、株式を発行会社に譲渡する日までに「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書」を発行会社に提出する必要があります。発行会社は、譲り受けた日の属する年の翌年1月31日までに、この届出書を所轄税務署長に提出します。譲渡日までに会社へ提出していなければ特例は使えないため、順序を誤らないよう注意してください。
- 発行会社が自己株式を取得するには、分配可能額(財源規制)の範囲内である必要があります。会社に十分な現預金と剰余金がなければ、そもそも買い取ることができません。
- 会社が自己株式取得の資金を作るために不動産を売却すれば、法人段階で税負担が発生します。この場合、第三者への株式譲渡(不動産M&A)のほうが有利になる可能性があります。
- 取得費加算の特例は、譲渡した財産に対応する相続税額が計算の基礎になります。相続税がゼロであった場合には効果がありません。
どちらの手段が有利かは、会社の財務内容、相続人の構成、そして買い手が見つかるかどうかで変わります。数字を並べて比較したうえで判断すべき論点です。
申告期限から3年以内に売却先を見つけるための逆算スケジュール
不動産M&Aは、買い手探しから成約まで通常6か月から1年程度を要します。デューデリジェンスや条件交渉に時間がかかるためです。3年10か月という期限は一見余裕があるように思えますが、遺産分割協議が長引けばあっという間に消化されます。
| 起算点からの期間 | 対応すべき事項 |
|---|---|
| 相続開始〜3か月 | 相続放棄・限定承認の判断期限。会社の財務内容と借入の連帯保証の有無を確認 |
| 相続開始〜4か月 | 被相続人の準確定申告 |
| 相続開始〜10か月 | 相続税の申告・納付期限。延納・物納を選ぶ場合はこの時点で申請が必要 |
| 相続開始〜1年6か月 | 遺産分割協議の完了と株式の名義書換を目標に。売却の意思決定はここまでに |
| 相続開始〜2年6か月 | M&Aアドバイザーへの相談、買い手候補の探索開始(成約まで6〜12か月を見込む) |
| 相続開始〜3年10か月 | 取得費加算の特例・金庫株の特例の適用期限。譲渡の実行を完了させる |
実務上のボトルネックは、ほぼ例外なく遺産分割協議です。株式の帰属が確定しなければ、譲渡の意思決定も、届出書の提出もできません。相続人間で方針が割れそうな場合は、早い段階で弁護士を交えた協議に切り替えることをおすすめします。
注意点
「3年10か月」は相続税の申告期限からではなく、相続開始日を起点として数えます。正確には「相続開始の日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで」です。申告期限から3年と誤解して動き出すと、10か月分の余裕を失うことになります。
10. 相続対策と出口戦略を同時に設計するための専門家の選び方
税理士・弁護士・M&Aアドバイザーの役割分担
資産管理会社の相続と出口の設計には、複数の専門領域が関わります。それぞれの役割を理解したうえで、必要な機能が揃っているかを確認してください。
- 弁護士:遺産分割協議、遺言・株主間契約の作成、株式譲渡契約の交渉と作成、譲渡制限の解除手続、簿外債務や係争リスクの精査。会社法の手続を確実に踏むために不可欠です。
- 税理士:株式の相続税評価、相続税額の試算、退職金・保険を用いた対策の設計、申告書の作成。特定の評価会社への該当判定など、評価の精度を左右する部分を担います。
- M&Aアドバイザー:買い手候補の探索とマッチング、企業価値評価、条件交渉、デューデリジェンスの進行管理。出口を「実行」する機能を担います。
- 不動産鑑定士:保有不動産の時価評価。株価算定の前提となる数字を確定させます。
「評価はできるが売却先は見つけられない」という壁
顧問税理士は、株価の試算も相続税額の計算も正確に行ってくれます。しかし、「では会社を誰に売ればよいか」という問いには、通常は答えを持っていません。買い手候補のネットワークを持ち、条件交渉を主導するのは、税理士の業務範囲ではないからです。
その結果、多くのケースで「対策の必要性は認識されているが、実行できない」という状態が生じます。評価額の圧縮という守りの手段は提案されても、換金という攻めの手段は選択肢に上がらない。資産管理会社の相続に関する情報が「設立」に偏っているのは、情報の発信者が設立を支援する立場の方々だからでもあります。
重要なのは、税務・法務・売却先開拓という3つの機能を揃えて臨むことです。とくに不動産M&Aは、株式譲渡契約の設計、表明保証の範囲、譲渡制限の解除、簿外債務の切り分けといった法務論点が価格に直結する取引です。法務に強いチームで臨めるかどうかで、結果が変わります。
相続発生前に相談すべきタイミングの目安
ご相談のタイミングとして、次のような状況が一つの目安になります。
- 借入金の返済が進み、残高が当初の半分を下回ったとき(株価が上昇局面に入っています)
- オーナーが70歳を迎えたとき、または健康上の不安が生じたとき
- 相続人に事業を承継する意思がないことが明確になったとき
- 大規模修繕や物件の建て替えを検討する時期に差しかかったとき(投資と売却の比較検討が必要です)
- 顧問税理士から株価試算を受け、相続税額と手元資金のギャップが明らかになったとき
不動産M&Aは、実行までに1〜2年の準備期間を要します。相続が現実味を帯びてから動き出すのでは、選択肢が限られてしまいます。
| 手段 | 納税資金の確保 | 相続税額への影響 | 実行までの期間 | 主な制約 |
|---|---|---|---|---|
| 死亡退職金・生命保険 | ◎ | 引き下げ効果あり | 1〜3か月(規程整備) | 会社に原資が必要 |
| 役員報酬による所得移転 | ○ | 緩やかに引き下げ | 継続的 | 社会保険料の負担 |
| 株式の生前贈与 | △ | 引き下げ効果あり | 1〜3か月 | 分散による出口の制約 |
| 実物不動産の売却 | ○ | 現預金化により上昇 | 3〜6か月 | 法人・個人の二重課税 |
| 不動産M&A(株式譲渡) | ◎ | 現金化により上昇 | 6〜12か月(準備含め1〜2年) | 買い手の探索が必要 |
| 延納 | △ | 影響なし | 申告期限まで | 担保の適格性・利子税 |
| 物納 | ○ | 影響なし | 申告期限まで | 譲渡制限の解除・第2順位 |
ポイント
相続対策と出口戦略は、本来セットで設計すべきものです。評価を下げる対策だけを積み上げると、換金性を失った財産と納税義務だけが残ります。株価試算を受け取ったら、「この株式は誰に、いくらで売れるのか」という問いまで進めてください。その答えを持っている専門家に相談することが、最も確実な納税資金対策になります。
11. まとめ
資産管理会社を活用した相続対策は、相続税評価額を引き下げる手段としては有効です。しかし、その効果と引き換えに換金性を失っているという事実は、ほとんど語られてきませんでした。本記事の要点を整理します。
- 資産管理会社の相続で相続財産となるのは不動産ではなく非上場株式です。売却市場がなく、譲渡制限が付されているのが通常であるため、そのままでは納税資金になりません。
- 株価は純資産価額方式で算定され、含み益に対する法人税相当額37%の控除により圧縮されます。ただし、借入返済が進むと株価は年々上昇し、土地保有特定会社に該当すると期待した圧縮効果が得られません。
- 物納において非上場株式は第2順位であり、譲渡制限株式は管理処分不適格財産に該当し得ます。「会社が不動産を持っているから物納できる」という理解は誤りです。
- 延納は担保の適格性で可否が決まります。抵当権の設定された会社所有不動産は担保になりません。賃料収入で分割納付を続けられるかの試算が不可欠です。
- 生前対策としては、死亡退職金と法人契約の生命保険の組み合わせが最も効率的です。納税資金を作りながら株価を引き下げる効果が同時に働きます。
- 出口としての不動産M&A(資産管理会社の株式譲渡)は、法人・個人の二重課税を回避し、20.315%の一層課税で完結させられる手法です。買い手側も流通税を回避できるため、取引価格が押し上がる余地があります。
- 相続発生後であっても、相続開始から3年10か月以内であれば、取得費加算の特例と金庫株の特例を活用できます。ただし遺産分割協議の長期化が最大のボトルネックです。
次に取り組んでいただきたいのは、最新の資産構成に基づく株価の再試算です。前回の試算から3年以上が経過している場合、借入残高の減少と減価償却の進行によって、株価は当時とは別物になっている可能性があります。そのうえで、算出された相続税額と、ご家族が用意できる現金を並べてみてください。そこにギャップがあるのであれば、対策に使える時間はまだ残っているうちに動き出すべきです。
弁護士・税理士を中心としたチーム体制で、資産管理会社の株式譲渡(不動産M&A)を含む出口戦略のご相談を承っています。「株価の試算は受けたが、その先をどうすべきかわからない」という段階でも構いません。相続対策と出口設計を一体で組み立てたいとお考えの方は、お気軽にご相談ください。
お問い合わせ・無料相談
ご相談やお問い合わせはお問い合わせフォームより承っております。
まずはお気軽にお問い合わせください。
















