M&Aで買い手が押さえるべき財務・税務の留意点|DDから価格交渉までの実務

M&Aにおける財務・税務の留意点

「決算書に問題はなかったはずなのに、買収後に想定していた利益が残らない」「財務・税務のデューデリジェンスで、どこまで何を調べればよいのか分からない」「買収した会社の過去の申告に問題があり、後から追徴課税を受けるのではないか」。M&Aによる成長を検討される買い手企業から、こうしたご相談を数多くいただきます。M&Aにおける財務・税務の留意点は、過去の決算書が正しいかどうかを確かめることに尽きるものではありません。

本記事では買い手の視点に立ち、正常収益力の見極め、ジョイン後に発生するコストの織り込み、収益の計上タイミングと赤字案件の把握、会計基準の違いの引き直し、税務リスクとスキーム別の課税関係、そして活用できる税制優遇制度までを、投資判断と価格交渉にそのまま使える形で、8つの要点に整理して体系的に解説します。

目次
目次

1. M&Aの買い手にとって財務・税務の検討が決定的に重要な理由

財務・税務DDは「過去の検証」ではなく「将来の収益予測」の作業

財務・税務デューデリジェンス(以下、DD)を「過去の決算書が正しいかどうかを確かめる監査のようなもの」と捉えていると、買い手は判断を誤ります。買い手が本当に知りたいのは過去の数字の正確性ではなく、「この会社を自社グループに迎えたあと、自社の連結損益計算書にいくら利益が残るのか」という一点だからです。

過去の決算書に一円の誤りもなかったとしても、その利益が買収後にそのまま再現されるとは限りません。オーナー社長の個人的な人脈で獲得していた受注、社長が無報酬同然で担っていた経理・総務機能、買い手の会計基準に照らせば計上すべきであった引当金の未計上。これらはいずれも「過去の決算書としては正しい」ものの、「買収後の収益力を示してはいない」項目です。

財務・税務DDの本質は、過去の実績値を、買い手のもとで再現可能な将来の数値へと翻訳する作業にあります。この視点を最初に持てるかどうかが、M&Aの成否を大きく左右します。逆に言えば、DDを外部専門家に丸投げし、報告書の結論だけを受け取る進め方では、この翻訳作業は完結しません。買い手自身が「自社に取り込んだときにどうなるか」という前提条件を提示して初めて、DDは投資判断に足る情報を生み出します。

買収価格はEBITDAマルチプルで決まるため、収益力の誤差が数倍に増幅される

中堅・中小企業のM&Aでは、EBITDA(実務では営業利益に減価償却費を加えた金額が簡便的な近似値として用いられます)の数倍という形で事業価値を算定し、そこからネットデット(有利子負債の総額から、すぐに返済に使える手元の現預金を引いた、実質的な借金の金額)を控除して株式価値を求める方法が広く用いられています。この算定構造には、買い手が強く意識すべき性質があります。年間の収益力の見積り誤差が、そのままマルチプル倍に増幅されて価格に反映されるという点です。

たとえば、EBITDAマルチプル7倍で交渉している案件において、買収後に年間3,000万円の追加コストが発生することを見落としていたとします。この見落としは単年度で3,000万円の損失にとどまりません。企業価値の算定において2億1,000万円の過大評価を生んでいたことになります。

中小企業を対象とするM&Aでは、対象会社の規模が小さいほど調整幅は大きくなり、案件によっては後述するスタンドアロンコスト(特にカーブアウト案件の場合)や引当金の未計上を織り込むだけで、表面上のEBITDAの2割以上が失われることもあります。財務DDに数百万円の費用をかける経済合理性は、まさにこの増幅効果にあります。調査費用を惜しんだ結果として価格前提を誤れば、その損失は調査費用の数十倍に達します。

株式譲渡では過去の税務リスクもそのまま承継される

買い手が財務と並んで税務を重視すべき理由は、スキームによって税務リスクの承継関係が大きく異なるためです。株式譲渡は対象会社の法人格をそのまま引き継ぐ取引ですから、過去の申告に瑕疵があれば、買収後に対象会社が追徴課税を受けます。名目上の納税義務者は対象会社ですが、その負担は実質的に新しい株主である買い手に帰属します。

国税の更正・決定ができる期間は、法人税について原則として法定申告期限から5年間、偽りその他不正の行為により税額を免れていた場合には7年間とされています。つまり買収の直前期だけを確認しても不十分であり、少なくとも過去3期から5期分の申告書と、その間の税務調査履歴・指摘事項まで遡って確認する必要があります。

一方、事業譲渡や会社分割によって特定の事業のみを承継するスキームであれば、対象会社に残る過去の税務リスクを相当程度まで遮断できます。ただし、完全に切り離せるわけではありません。分割型分割の場合、国税通則法第9条の3により、事業を承継した法人は分割前に納税義務が成立していた国税について、承継した財産の価額を限度として連帯納付の責任を負います。また事業譲渡であっても、譲受人が譲渡人の特殊関係者(同族関係にある個人や被支配会社)に該当する場合には、国税徴収法第38条により第二次納税義務を負う可能性があります。

加えて、これらのスキームでは消費税・不動産取得税・登録免許税といった流通コストが発生し得るほか、契約や許認可を個別に承継し直す実務負担も生じます。スキームの選択は、税務DDで検出されたリスクの重さと表裏一体で検討すべき論点です。

ポイント
財務・税務DDの目的は「粗探し」ではなく「価格前提と統合計画の精度を上げること」です。買い手側で先に事業計画の骨子(買収後の人員体制、統合スケジュール、想定シナジー)を描いてからDDに入ると、専門家に確認してほしい論点が明確になり、限られた期間と費用のなかで検証の密度が格段に上がります。

2. 買い手が押さえるべき財務・税務論点の全体像

財務の4視点|収益力・純資産・運転資本・投資

財務面の論点は、突き詰めると4つの視点に集約されます。

  • 第一に「収益力」、すなわち買収後に再現可能な正常収益力(調整後EBITDA)がいくらかという視点です。
  • 第二に「純資産」、簿価を実態に引き直したときの時価純資産と、簿外債務を含めたネットデットがいくらかという視点です。
  • 第三に「運転資本」、事業を回すために恒常的に必要な資金水準がどの程度で、クロージング時点の実際の運転資本がそこから乖離していないかという視点です。
  • 第四に「投資」、設備や情報システムの維持更新に毎年いくら必要かという視点です。

この4つは相互に連関しています。たとえば設備投資を数年間先送りしていた会社は、直近の減価償却費が小さいため営業利益は良く見えますが、買収後には更新投資という形でキャッシュアウトが発生します。収益力だけを単独で見ても実態は掴めません。4つの視点を突き合わせて初めて、この会社が生み出すフリーキャッシュフローの姿が見えてきます。

税務の3視点|過去の申告リスク・スキームの課税関係・買収後の税務ポジション

税務面も同様に3つの視点で整理できます。

  • 第一に「過去の申告リスク」、すなわち過年度の申告に是正を要する事項がないか、あるとすれば追徴税額と加算税・延滞税を含めていくらの潜在債務になるかという視点です。
  • 第二に「スキームの課税関係」、選択するスキームによって買い手・売り手にどのような課税が生じ、税務上ののれん(資産調整勘定)が発生するかどうかという視点です。ここは価格そのものを左右します。
  • 第三に「買収後の税務ポジション」、対象会社が有する繰越欠損金や各種の税務上の繰延項目が買収後も使えるのか、グループ通算制度への加入によって時価評価課税や欠損金の切捨てが生じないか、という視点です。

中小企業では第一の視点だけが意識されがちですが、投資リターンに与える影響は第二・第三の視点の方が大きくなることも少なくありません。第二・第三の視点については、第9章で具体的に整理します。

調査スコープは「価格に効くか」「契約に効くか」で切り分ける

DDの費用と期間は有限です。中小企業を対象とする財務DDの費用相場は、簡易な調査で100万円前後、一般的な案件で200万〜300万円程度、大型・複雑な案件ではそれを超えることもあります。期間も準備を含めて1か月から3か月程度が目安となるため、すべてを均等に調べることはできません。

そこで有効なのが、論点を「金額に置き換えられるもの(価格に効くもの)」と「金額に置き換えられないもの(契約に効くもの)」に切り分ける発想です。未計上の引当金や未払残業代のように金額が算定できるものは価格交渉の材料になりますから、金額の精度を上げる調査に資源を割きます。

一方、係争中の案件や税務上のグレーな処理のように顕在化するかどうか不確実なものは、金額を詰めるより「存在を漏れなく把握し、契約上の手当てにつなげること」が重要です。この切り分けを事前に専門家と共有しておくと、報告書がそのまま交渉と契約の設計図として機能します。

視点主な確認事項価格への反映方法
収益力正常収益力(調整後EBITDA)、事業別・取引先別の収益構造事業価値=調整後EBITDA×マルチプル
純資産実態純資産、簿外債務・偶発債務、非事業用資産ネットデットへの加減算
運転資本正常運転資本水準、季節変動、滞留債権・滞留在庫価格調整条項(クロージング時精算)
投資維持更新投資(CAPEX)の必要額、投資の先送り状況将来キャッシュフローの減算
過去の税務追徴課税リスク、税務調査履歴、更正の期間制限価格控除または特別補償
スキーム税務資産調整勘定の有無、流通課税、適格・非適格の判定スキーム選択・価格前提の見直し
買収後の税務繰越欠損金の使用制限、グループ通算加入時の時価評価課税投資回収シミュレーションへの反映

注意点
DDのスコープを「一般的な標準メニュー」で発注してしまうと、業種固有の重要論点が抜け落ちます。受注型のビジネスであれば案件別採算と受注損失、労働集約型であれば未払残業代と社会保険、不動産保有型であれば含み損益と減損、というように、業種によって金額インパクトの大きい論点は異なります。発注前に「この業種で最も価格に効く論点はどこか」を専門家と議論してください。

買い手が押さえるべき論点のうち法務面については以下の記事で詳しく解説していますので、財務・税務とあわせてご覧ください。
M&Aで買い手が押さえるべき法務の留意点|中小企業の買収で見落としやすい論点を解説

3. 財務上の留意点①|正常収益力(調整後EBITDA)の見極め

正常収益力とは何か|表面利益との違い

正常収益力とは、一過性の損益や事業と無関係な損益を取り除き、対象会社の事業そのものが継続的に生み出す収益力を指します。実務ではEBITDAをベースに調整を加えた「調整後EBITDA」として算定されるのが一般的です。

中小企業の決算書は、税務申告を主目的として作成されていることがほとんどです。したがって、そこに表示された利益は「税務上の所得計算に適した数値」ではあっても、「事業の稼ぐ力を示す数値」ではありません。オーナーの意向で役員報酬が調整されていたり、節税目的の保険料が計上されていたり、逆に本来は費用として認識すべき将来負担が計上されていなかったりします。

買い手が価格算定の基礎に置くべきは、こうした要素を取り除いた後の数値です。売り手から提示される「うちは毎年これだけ利益が出ている」という説明を出発点としつつ、その内訳を分解して再構成する。この作業が財務DDの中核であり、価格交渉の最大の論点となります。

加算調整の代表例|過大役員報酬・私的経費・一過性損益

正常収益力を算定するにあたり、まず、利益に足し戻すべき項目を整理します。代表的なのはオーナー及びその親族に対する役員報酬のうち、後任者に支払うべき水準を超える部分です。オーナー社長が実質的に営業責任者を兼ねていた場合は、その職責に見合う報酬水準を市場相場で見積もり、超過部分のみを加算します。

次に、事業と直接関係のない支出です。オーナー個人が使用する車両の費用、社宅、ゴルフ会員権の年会費、節税目的の生命保険料、実態の乏しい交際費などが該当します。これらは買収後に発生しなくなる費用ですから、加算対象となります。

さらに、一過性の損益として、訴訟の和解金、特定の従業員に対する特別退職金、撤退した事業の損失、単発の補助金収入、固定資産売却損益などがあります。ここで注意すべきは、「毎期発生している一過性項目」の扱いです。名目は毎年異なっても、補助金収入が3期連続で計上されているような場合、それは実質的に経常的な収益と評価すべきこともあります。項目名ではなく発生実態で判断することが重要です。

見落とされやすい減算調整|オーナー依存の利益は再現しない

買い手が最も見落としやすいのが、利益から差し引くべき減算調整です。加算調整は売り手側も積極的に主張してきますが、減算調整は買い手が自ら見つけ出さなければ誰も指摘してくれません。

典型例が、オーナーの個人的な要素に依存していた利益です。本社建物がオーナー個人の所有で、相場より著しく低い賃料しか支払っていなかった場合、買収後には適正賃料への引上げが避けられません。オーナーの縁故で継続していた仕入先からの特別値引き、無償で提供されていた個人保証、親族が名目的な役員として登記されていながら実質的な業務を担っていたケースなども、いずれも買収後には失われるか、対価の支払いが必要になります。

また、オーナーの営業力に依存していた売上高は、統合後の離反リスクを踏まえて事業計画上で慎重に見積もる必要があります。これは正常収益力の調整というより事業DDの領域ですが、財務DDで検出した取引先別の売上構成と突き合わせることで、依存度を定量的に評価できます。

セグメント別・取引先別の収益分解で構造的な脆弱性を見る

全社合計の調整後EBITDAが算定できたら、次はそれを分解します。事業セグメント別、製品・サービス別、取引先別、拠点別といった切り口で収益を分解すると、全社では黒字でも特定のセグメントが恒常的に赤字であるといった構造が見えてきます。

取引先別の分解は特に重要です。上位数社への売上依存度が高い場合、その取引先との契約にチェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)が入っていないかを法務DDと連携して確認します。条項が存在する場合、クロージング前に相手方の承諾を取り付けることをクロージングの前提条件とするのが実務的な対応です。

また、粗利率が突出して高い取引先や案件がある場合は、その要因を必ず確認してください。一時的な特需や、原価の付け替えによって見かけ上の粗利が膨らんでいる可能性があります。逆に、慢性的に低粗利の取引が続いている場合は、見積能力や価格交渉力の構造的な問題を示唆します。

区分調整項目考え方
加算オーナー一族への過大役員報酬後任者に支払う適正水準との差額を加算
加算私的経費(車両・社宅・保険料・交際費)買収後に発生しない費用を加算
加算一過性の損失(和解金・特別退職金・撤退損)経常的でない損失を加算
減算一過性の利益(単発の補助金・資産売却益)経常的でない利益を減算
減算オーナー所有不動産の低廉賃料適正賃料への引上げ差額を減算
減算縁故に依存した仕入値引き・無償役務買収後に失われる便益を減算
減算スタンドアロンコスト(第4章参照)買収後に新たに必要となる費用を減算
減算引当金の計上不足に対応する期間費用買い手基準で計上した場合の増加費用を減算

ポイント
正常収益力の調整は、単年度ではなく直近3期分について同じロジックで実施してください。単年度だけを調整すると、その期に特有の事象を経常項目と誤認しやすくなります。3期並べて推移を見ることで、調整の妥当性そのものを検証できます。

調整後EBITDAをもとに買収価額を導く企業価値評価の手法については、以下の記事で体系的に解説しています。
M&Aバリュエーション(企業価値評価)とは?3つのアプローチと主要手法を徹底解説

4. 財務上の留意点②|ジョイン後に発生するコストの織り込み

管理人材コスト|オーナーが兼務していた機能の代替費用

買い手が最も高値掴みをしやすい論点が、この「ジョイン後に発生するコスト」の織り込み漏れです。とりわけ規模の小さい対象会社では、オーナー社長が経営・営業・経理・総務・人事・情報システムの各機能を一人で兼務していることが珍しくありません。

オーナーが退任する前提であれば、これらの機能をすべて誰かが担わなければなりません。後任の経営者を外部から招聘するか自社から派遣するか、経理担当者を新たに採用するか本社で巻き取るか。いずれにせよ費用は発生します。役員報酬の加算調整で「後任者に支払う適正水準」を差し引いていても、それは経営者一人分の話であって、管理部門の人件費までは織り込まれていません。

具体的な見積り方法としては、まず対象会社の全機能を棚卸しし、それぞれを「誰が担っていたか」「買収後は誰が担うか」で対応表を作ります。そのうえで、新規採用が必要な職種については採用単価と年収相場を、本社が巻き取る機能については本社側の増員必要工数を積み上げます。オーナーが数年間は残る契約であっても、そのアドバイザリー報酬と、いずれ発生する代替コストの双方を計画に織り込んでおく必要があります。

ポイント
管理人材コストの見積りには、対象会社の「組織図に現れない業務分担」を把握することが欠かせません。マネジメントインタビューの際に、経理担当者や現場責任者に対して「この業務は誰がいつ行っているか」を具体的に確認すると、オーナーが担っていた見えない業務が浮かび上がります。

親会社基準への準拠コスト|月次決算早期化・監査対応・内部統制

買い手が上場企業やそのグループ会社である場合、対象会社を連結子会社として取り込んだ瞬間から、買い手グループと同じ水準の決算・開示・内部統制の体制が求められます。

月次決算を翌月20日に締めていた会社が、連結パッケージの提出期限に合わせて翌月5日締めへ移行するには、経理体制の増強と業務プロセスの見直しが不可欠です。四半期ごとの監査法人対応、内部統制報告制度(J-SOX)への対応、グループ会計方針への統一作業、情報セキュリティ水準の引上げなども発生します。これらは対象会社の従前の損益計算書には一切現れていないコストです。

見積りにあたっては、過去に同規模の会社を買収した際の実績値を参照するのが最も確実です。実績がない場合は、経理担当者の増員(1〜2名)、会計システムの入替費用、監査報酬の増加分、グループ共通システムのライセンス費用といった項目に分解し、初年度に発生する一時費用と、以降毎年発生する恒常費用を分けて積み上げます。

労務コストの適正化|未払残業・社会保険・有給取得の是正費用

労務関連のコストは、過去分が簿外債務として、将来分が恒常的なコスト増として、二重に効いてきます。買い手グループに入った以上、法令に反する労務管理を継続することはできませんから、是正は不可避です。

代表的な論点は、固定残業代制度の運用が実態と乖離しているケース、管理監督者の範囲を広く取りすぎているケース、労働時間の把握が自己申告に委ねられているケースです。是正すれば、過去分の未払賃金(賃金請求権の消滅時効は当分の間3年)が顕在化するとともに、将来的にも人件費が増加します。

加えて、社会保険の加入漏れ(短時間労働者の適用拡大への未対応を含む)、有給休暇の取得率が著しく低い場合の代替要員コスト、同一労働同一賃金への対応、最低賃金の引上げ対応なども織り込む必要があります。労務DDは法務DDの一部として実施されることが多いのですが、検出事項を金額に翻訳して財務モデルへ反映する作業は、財務DDと連携しなければ完結しません。

PMIコストとシステム統合費用|一時費用と恒常費用を分けて見積もる

統合そのものにかかる費用も忘れてはなりません。中小企業庁の「中小PMIガイドライン」は、M&A成立後の統合作業を成功に導くための取組を整理していますが、その実行には人と金が要ります。

具体的には、統合プロジェクトの推進体制(買い手側からの出向者の人件費、外部専門家への報酬)、会計・販売・勤怠などの基幹システムの統合または刷新、ブランド変更に伴う什器・印刷物・ウェブサイトの更新、キーパーソンのリテンション施策(退職慰留のための処遇改善やインセンティブ)などが挙げられます。

これらは初年度に集中する一時費用と、統合後も継続する恒常費用に分けて見積もるのが実務上のポイントです。一時費用は投資額に上乗せして回収期間の計算に含め、恒常費用は正常収益力の減算調整に含めます。両者を混同すると、投資判断の指標が歪みます。

コスト類型具体例見積りの手がかり
管理人材コスト経理・総務・人事・情シスの代替要員、後任経営者機能棚卸表を作成し、職種別の年収相場で積算
親会社基準準拠コスト月次決算早期化、監査対応、J-SOX、連結パッケージ作成過去の買収実績値、経理増員1〜2名を目安
労務適正化コスト未払残業の解消、社会保険加入、有給取得率改善労務DDの検出事項を人件費増として翻訳
システム・インフラ会計・勤怠システム入替、情報セキュリティ強化ライセンス費用+導入支援費用
オーナー依存の解消本社賃料の適正化、個人保証の解除、仕入条件の変更契約条件の相場比較
PMIコスト(一時)統合プロジェクト費用、ブランド変更、外部専門家報酬投資額に上乗せして回収期間を計算
リテンション施策キーパーソンの処遇改善、インセンティブ設計対象者の特定と処遇差の試算

注意点
スタンドアロンコストの見積りは、DDの終盤ではなく初期段階から着手してください。基本合意で価格レンジを提示したあとに数千万円規模のコスト差が判明すると、価格の再交渉は感情的な対立を招きやすく、案件そのものが破談になることもあります。意向表明の段階で概算を織り込んでおくことが、結果として双方にとって円滑な進行につながります。

未払残業代や労務適正化に伴うコストの見極め方については、人事労務の留意点をまとめた以下の記事もあわせてご覧ください。
M&Aで買い手が押さえるべき人事労務の留意点|未払残業代・制度統合・リテンションの実務

5. 財務上の留意点③|収益の計上タイミングと赤字案件の見極め

カットオフ(期間帰属)|期末月の押込み販売と検収日の操作

収益をどの事業年度に計上するかという期間帰属(カットオフ)の問題は、正常収益力の算定に直結します。とりわけ買収価格が直近期のEBITDAを基礎として算定される場合、直近期に売上を寄せるインセンティブが売り手側に働きます。

確認すべきは、まず収益認識の基準(出荷基準か、検収基準か、役務提供完了基準か)が社内規程どおりに運用されているかという点です。次に、期末月の売上高が他の月と比べて不自然に大きくなっていないかを月次推移で確認します。期末月に売上が集中している場合、翌期に計上すべき取引を前倒ししていないかを、検収書の日付と実際の役務完了時期の突合によって検証します。

逆のパターンにも注意が必要です。売り手が過去に節税目的で利益を圧縮していた場合、本来より低い利益水準が過去実績として示されることになります。この場合は買い手にとって有利な情報ですが、同じ調査によって「なぜその処理をしていたのか」という税務リスクが浮かび上がることもあります。

一定の期間にわたり充足される履行義務(進行基準)の恣意性

システム開発、建設工事、コンサルティングなど、複数期にまたがる案件を扱う業種では、収益を進捗度に応じて計上する処理(いわゆる進行基準、収益認識会計基準における「一定の期間にわたり充足される履行義務」)が用いられます。ここには構造的な恣意性の余地があります。

進捗度は多くの場合、実際に発生した原価を見積総原価で除して算定されます。したがって、見積総原価を意図的に小さく見積もれば進捗率が上がり、当期の売上と利益が水増しされます。買い手が確認すべきは、見積総原価の算定根拠と、その期中改訂の履歴です。

特に、案件の途中で見積総原価を上方修正した記録がありながら、収益の修正が適時に行われていないケース、あるいは赤字への転落が見込まれる案件について見積りの見直しを先送りしているケースは要注意です。案件別の原価台帳と工数実績データを入手し、進捗率の妥当性をサンプルベースで検証する必要があります。

受注損失引当金(工事損失引当金)の未計上|BSとPLに二重でヒットする

契約総額よりも見積総原価が大きくなることが見込まれる案件、すなわち完成までに損失が確定している案件については、その損失見込額を受注損失引当金(建設業では工事損失引当金)として計上する必要があります。しかし、中小企業では、この引当金が計上されていないケースが大半です。

買い手にとって重要なのは、この論点が貸借対照表と損益計算書の双方に効いてくるという点です。まず貸借対照表では、未計上の損失見込額を実態純資産から控除する必要があります。これは価格の減額要因です。

同時に損益計算書の側でも、その赤字案件が買収後にも原価を垂れ流し続けるという事実があります。さらに、赤字案件が発生する原因が構造的なもの(見積能力の欠如、特定顧客との力関係、原価管理体制の不備)であるならば、それは将来にわたって収益力を蝕む要因ですから、正常収益力の減算調整に加えて、PMIコストとしても検討すべきことになります。

ただし、同一の事象を実態純資産の控除と正常収益力の減算の双方で二重に反映すると、過大な減額となり売り手との交渉が硬直します。既に受注済みで進行中の案件に係る損失は純資産から控除し、将来の受注についての構造的な採算悪化は収益力の調整で捉える、というように切り分けを明確にしてください。

案件別採算表を必ず入手する|合計残高試算表では見えない

ここまで述べた論点は、いずれも合計残高試算表や決算書だけを眺めていても発見できません。必要なのは案件別(プロジェクト別・工事別・顧客別)の採算表です。

資料依頼リストには、案件別の受注金額・見積総原価・実際発生原価・進捗率・完成予定時期を一覧化したデータを必ず含めてください。そのうえで、進行中の全案件について契約総額と見積総原価を比較し、赤字案件を抽出します。あわせて、直近数期に完成した案件についても、当初見積りと実績の乖離幅を分析すると、その会社の見積精度が定量的に評価できます。

なお、赤字案件の原価を黒字案件に付け替えるという操作は、案件別採算が管理されている会社ほど発生しやすい不正の類型です。原価集計単位(プロジェクトコード)が実態と一致しているか、工数の付替えがないかを、工数実績データと突合して確認する必要があります。

注意点
受注型ビジネスの財務DDでは、案件別採算表の提出を求めた際の売り手の反応そのものが重要な情報になります。「案件別の原価管理はしていない」という回答であれば、それは資料の不備ではなく、その会社の管理体制の実態そのものです。買収後に原価管理の仕組みを構築するコストと期間を、PMI計画に織り込む必要があります。

工事進行基準や案件別採算の確認が重要になる業種の具体例として、電気工事会社のM&Aにおける財務DDの実務も参考になります。
電気工事会社のM&Aで失敗しないための留意点|許認可・有資格者・財務DDを徹底解説

6. 財務上の留意点④|会計基準・会計方針の違いの把握

中小企業の会計は「税法基準」で作られている

日本の中小企業の決算書は、その大半が法人税法の規定に沿って作成されています。損金算入が認められる範囲でしか費用を計上しない、という考え方が実務に浸透しているためです。これ自体は違法でも不適切でもありませんが、買い手が自社の会計基準に引き直すと、数字は大きく変わります。

たとえば、貸倒引当金は、法人税法上の法定繰入率による計算のみで済ませているのが通例です。しかし、会計基準に従えば、経営破綻の懸念がある債権については個別に回収可能性を評価し、必要額を引き当てなければなりません。賞与引当金や退職給付引当金も、税法上は損金算入が認められないため、中小企業では計上されていないことがほとんどです。

買い手が確認すべきは、「その処理が誤っているか」ではなく、「自社の基準に引き直したときにいくら変わるか」です。この差額は、実態純資産の修正額として価格に反映されるとともに、買収後の連結損益に恒常的な費用増として現れます。

買い手基準に引き直したときの主要な差異一覧

実務上、差異が生じやすい主要項目を整理しておきます。棚卸資産については、収益性の低下による簿価切下げが行われていないケースが多く、長期滞留在庫や不良品が取得原価のまま残っていることがあります。

固定資産については、税法上の法定耐用年数がそのまま使用されているため経済的耐用年数と乖離している場合があるほか、既に使用していない資産が除却されずに簿価に残っているケースがあります。収益性が著しく低下している事業用資産については、減損の要否も検討が必要です。

このほか、資産除去債務(賃借物件の原状回復義務)の未計上、ゴルフ会員権や有価証券の時価評価・減損、繰延税金資産の回収可能性の評価、外貨建資産負債の換算方法など、確認すべき項目は多岐にわたります。

とりわけリース取引については、直近の制度変更を踏まえた確認が欠かせません。新リース会計基準(企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」)は、2027年4月1日以後に開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用され、2025年4月1日以後に開始する年度からの早期適用も認められています。借手のオペレーティング・リースが原則としてオンバランス化されるため、事務所・店舗・車両・複合機など、対象会社が締結している賃借契約を網羅的に洗い出しておく必要があります。下表に代表的な差異を整理しました。

項目中小企業でよくある実務買い手基準(上場企業基準)に引き直すと
貸倒引当金法定繰入率による一括評価のみ個別評価による積増しが必要になる場合がある
賞与引当金未計上支給見込額のうち当期対応分を計上
退職給付中退共のみ、または自己都合要支給額簡便法から原則法へ、未積立額が顕在化
棚卸資産滞留・不良在庫を取得原価で据置き収益性の低下による簿価切下げ
固定資産法定耐用年数、除却漏れ経済的耐用年数への修正、減損の検討、実在性確認
リース取引賃貸借処理オンバランス化。新リース会計基準は2027年4月1日以後開始事業年度から適用(2025年4月1日以後開始事業年度から早期適用可)
資産除去債務未計上原状回復義務の見積計上
有価証券・会員権取得原価のまま時価評価または減損処理
繰延税金資産未計上または簡便的な計上回収可能性の分類に基づく評価

連結取込みの実務負荷そのものをコストとして見積もる

会計基準の差異は、金額の問題であると同時に業務負荷の問題でもあります。買い手が上場企業であれば、対象会社の決算数値を自社の会計方針に組み替えたうえで、四半期ごとに連結決算へ取り込まなければなりません。

月次決算を締めるのに1か月以上かかっている会社を連結子会社にすると、買い手本体の決算スケジュールが破綻します。DDの段階で、月次決算の締め日、決算資料の作成体制、会計システムの仕様、経理担当者の人数とスキルレベルを必ず確認してください。

確認の結果、体制が不十分であれば、経理人員の増強や会計システムの入替、あるいは買い手側でのシェアード化といった対応が必要になります。この対応コストは第4章で述べたスタンドアロンコストの一部として、価格前提に織り込むべき項目です。会計基準の差異分析は、単なる数値の引き直しではなく、統合計画の設計そのものだと捉えてください。

ポイント
会計方針の差異を分析する際は、「過去3期にわたり会計方針の変更がなかったか」も必ず確認してください。減価償却方法の変更や引当金の計上基準の変更があった場合、期間比較の前提が崩れます。変更の理由が合理的なものか、それとも利益調整を意図したものかを見極める必要があります。

7. 財務上の留意点⑤|実態純資産・簿外債務・ネットデットの網羅

実態純資産への修正項目|滞留債権・不良在庫・遊休資産

簿価純資産を実態に引き直す作業は、時価純資産法による評価の基礎となるだけでなく、EBITDAマルチプル法を採用する場合でもネットデットの算定に影響します。

資産側では、回収期日を大きく徒過した売掛金、取引が途絶えた得意先に対する債権、実地棚卸が行われていない在庫、長期間動きのない商品、事業に使用していない不動産や車両、代表者に対する貸付金などを洗い出します。これらは額面どおりの価値がないか、事業価値とは別に評価すべきものです。

負債側では、計上漏れとなっている未払費用、賞与や退職金の引当不足、係争案件に係る損失見込額などを追加します。この作業は第6章で述べた会計方針の引き直しと重なる部分が多いため、両者を一体で進めるのが効率的です。

デットライクアイテムの洗い出し|借入金だけを見ない

ネットデットは「有利子負債-現預金」と単純に理解されがちですが、実務ではもっと広い概念で捉えます。将来の確定的な支出を伴うものは、形式が借入金でなくても実質的な負債(デットライクアイテム)として控除の対象になります。

具体的には、未払残業代、未払社会保険料、退職給付の未積立額、役員からの借入金、リース債務、デリバティブの含み損、係争中の債務、税務リスクに係る潜在的な追徴税額、繰延税金負債、そして本記事で述べた受注損失の未計上額などが該当します。

反対に、事業運営に不要な資産(キャッシュライクアイテム)は加算項目となります。遊休不動産、保険積立金の解約返戻金、事業に関係のない有価証券などです。ただし、これらを譲渡前にオーナー側で処分する取決めとする場合もあり、その場合は価格からの控除ではなくクロージング前提条件として処理されます。

正常運転資本の水準決定と価格調整条項

運転資本は、クロージング時点の残高がたまたま多いか少ないかによって、買い手が引き継ぐ資金負担が大きく変わります。そこで実務では、過去24か月から36か月の月次推移から「正常な運転資本水準」を決め、クロージング時点の実際の運転資本との差額を価格で精算する条項を設けることが一般的です。

この水準の決め方は交渉になりやすい論点です。季節性の強い事業では基準日をどこに置くかで結論が変わりますし、特定の大口取引の入金タイミングによって月次残高が大きく振れることもあります。単純な平均値ではなく、変動要因を分解したうえで水準を設定することが求められます。

あわせて、滞留債権や滞留在庫を運転資本から除外するかどうかも整理が必要です。これらを実態純資産の修正でも控除し、運転資本の水準からも除外すると二重の調整となるため、どちらで処理するかを明確に定義してください。

設備投資の先送りは将来コストとして跳ね返る

譲渡を意識した売り手が、直前の数期にわたって設備の更新投資を抑制しているケースは少なくありません。投資を抑えれば減価償却費が減り、キャッシュフローも見かけ上は改善しますから、短期的には数字が良く見えます。

買い手は、過去5年程度の設備投資実績と、主要な設備の取得時期・耐用年数・現況を確認し、維持更新に必要な年間投資額を推計してください。工場や店舗を保有する事業であれば現地調査を行い、設備の実際の状態を目視で確認することも有効です。

推計した維持更新投資額が過去の実績を大きく上回る場合、その差額は将来キャッシュフローの減少要因として価格に反映すべきです。また、DX投資や情報セキュリティ投資のように、買い手グループの水準に合わせるために必要な投資も、別途スタンドアロンコストとして見積もってください。

注意点
簿外債務のうち、金額が確定できないもの(係争案件、税務のグレーゾーン、環境リスクなど)を無理に価格へ織り込もうとすると、交渉が長期化します。金額が定まらないリスクは、価格ではなく表明保証および特別補償条項で処理するのが定石です。処理方法の使い分けについては、第11章で詳しく整理します。

簿外債務の洗い出しを含むデューデリジェンス全般の注意点は、以下の記事でプロセスごとに整理しています。
M&Aの注意点を徹底解説|売り手・買い手別にプロセスごとのリスクと対策

8. 税務上の留意点|買い手に及ぶ追徴課税リスクとチェックポイント

株式譲渡では過去の税務リスクを丸ごと引き継ぐ

税務DDの目的は、対象会社の過年度の申告に是正を要する事項がないかを確認し、追徴課税が発生した場合の金額的インパクトを見積もることにあります。前述のとおり株式譲渡では法人格ごと承継するため、過去の申告リスクは買収後も対象会社に残ります。

税務DDのスコープとしては、過去3期から5期分の法人税・消費税・源泉所得税・地方税の申告書と勘定科目内訳明細書、税務調査の履歴と指摘事項、修正申告の有無、税務署への各種届出の状況などを確認するのが基本形です。

重要なのは、検出したリスクを「発生可能性」と「金額インパクト」の二軸で評価することです。発生可能性が高く金額も大きい事項は価格からの控除、発生可能性は低いが金額が大きい事項は特別補償、いずれも小さい事項はモニタリング対象、というように、検出後の処理方針まで含めて整理してください。

頻出論点①|外注費の給与認定(源泉所得税と消費税の二重ヒット)

税務調査で頻繁に問題となる論点が、外注費として処理している支払が実質的には給与に該当すると認定されるケースです。システム開発業、建設業、美容業、運送業など、個人事業主との業務委託契約が一般的な業種では特に注意が必要です。

給与と認定された場合の影響は二重です。第一に、支払時に源泉徴収すべきであった所得税を、支払者である会社が納付しなければなりません(不納付加算税と延滞税も加算されます)。第二に、給与は課税仕入れに該当しないため、外注費として控除していた消費税の仕入税額控除が否認されます。

判断基準は、他人による代替性の有無、時間的・場所的な拘束の程度、指揮監督の有無、報酬が役務提供の対価として支払われているか、材料や用具を誰が負担しているか、といった要素の総合判断となります。DDでは、業務委託契約書の内容だけでなく、実際の勤務実態や報酬の計算方法(時間単価か成果物単位か)まで踏み込んで確認してください。

頻出論点②|役員報酬・役員退職金・同族間取引・交際費

オーナー企業では、同族関係者との取引が税務上の論点になりやすい傾向があります。役員報酬については、定期同額給与や事前確定届出給与の要件を満たしているか、不相当に高額な部分がないかが確認されます。

役員退職金については、功績倍率法による適正額を超える部分が損金不算入とされるリスクがあります。M&Aの直前に多額の役員退職金を支給するスキームが用いられることがありますが、支給額の妥当性、株主総会決議の有無、支給時期の適正性を確認しないと、買収後に否認される可能性があります。

このほか、オーナー個人所有の不動産を会社が賃借している場合の賃料水準、グループ会社間の取引価格、寄附金や交際費に該当し得る支出、貸付金の利息計上の有無なども確認対象です。これらは第3章で述べた正常収益力の調整とも密接に関連するため、財務DDと税務DDを同一のチームが担当するメリットが大きい領域です。

頻出論点③|消費税の課否判定とインボイス対応状況

消費税は、金額が大きくなりやすいわりに社内のチェック体制が手薄になりがちな税目です。課税・非課税・不課税・免税の判定誤り、輸出免税の証憑不備、居住用賃貸建物に係る仕入税額控除の制限への未対応などが典型的な論点です。

加えて、インボイス制度(適格請求書等保存方式)への対応状況の確認も欠かせません。取引先に免税事業者が多く含まれる場合、経過措置の適用状況と、経過措置終了後の税負担増をシミュレーションしておく必要があります。仕入先の登録番号の管理体制や、受領した請求書の要件充足を確認するプロセスが整備されているかも確認します。

また、簡易課税制度を選択している場合は、事業区分の判定が適切かどうか、買収後に基準期間の課税売上高が変動して制度の適用可否が変わらないかを確認してください。制度選択の届出は期限が厳格に定められているため、買収のタイミングによっては意図しない不利益が生じることがあります。

更正の期間制限と税務調査履歴の確認

税務リスクを評価するうえでは、そのリスクがいつまで顕在化し得るかという時間軸の把握が不可欠です。法人税の更正・決定は原則として法定申告期限から5年、偽りその他不正の行為により税額を免れた場合は7年まで遡ることができます。

したがって、直近の税務調査がいつ実施され、どの期までが調査済みで、どのような指摘を受けたのかを確認することで、残存リスクの範囲を絞り込めます。調査で指摘を受けながら、その後の期において同じ処理を継続している場合は、次回の調査で再び指摘を受ける蓋然性が高いと評価すべきです。

なお、税務リスクに係る特別補償条項を設ける場合は、補償期間を更正の期間制限と整合させることが重要です。一般的な表明保証の存続期間(1年から2年程度)では、税務リスクをカバーしきれません。税務については別枠でより長い期間を設定するのが実務上の対応です。

注意点
税務DDで検出された事項について、買い手側から売り手に修正申告を求めるかどうかは慎重な判断を要します。クロージング前に修正申告を行えば追徴税額が確定して価格に反映しやすくなる一方、これまで問題とされていなかった処理を自ら申し出ることで、他の期や他の論点にまで調査が及ぶ可能性もあります。専門家を交えて、実行の是非とタイミングを検討してください。

9. スキーム別に異なる税務上の取扱いと買収後の税務ポジション

株式譲渡|税務上ののれんは発生せず、償却による節税効果はない

買い手にとって、スキームの選択は税負担を通じて実質的な投資額を左右します。まず株式譲渡の場合、買い手が取得するのは株式という資産です。支払った対価は株式の取得価額として資産計上され、税務上ののれん(資産調整勘定)は生じません。

会計上は連結財務諸表においてのれんが計上され、日本基準では20年以内の期間で規則的に償却されますが、この償却費は法人税法上の損金には算入されません。つまり、株式譲渡では「のれんの償却による節税効果」は得られないということです。

また、対象会社の株式に減損が生じた場合の税務上の取扱いにも制約があります。子会社株式の評価損を損金算入するには、法人税法上の厳格な要件(資産状態の著しい悪化と回復可能性の欠如など)を満たす必要があります。株式譲渡は手続が簡便で許認可や契約の承継も原則不要という大きな利点がありますが、税務メリットという観点では中立的なスキームだと理解しておくべきです。

なお、消費税については、株式の譲渡は「有価証券の譲渡」として非課税取引に該当します。買い手に消費税の負担が生じない点は後述の会社分割と同じですが、売り手側では非課税売上として課税売上割合に影響するため、この点は「不課税」とは区別して理解しておく必要があります。

事業譲渡|資産調整勘定は取引の年度から60か月で損金算入できる

これに対して事業譲渡では、買い手が個々の資産・負債を時価で取得したものとして扱われます。支払った対価が、移転を受けた資産及び負債の時価純資産価額を超える場合、その超過額は税務上「資産調整勘定」として認識されます(法人税法第62条の8第1項)。

資産調整勘定は、当初計上額を60で除した金額にその事業年度の月数を乗じた金額を各事業年度において減額し、同額が損金に算入されます(同条第4項・第5項)。ここで実務上よく誤解されるのが償却の開始時期です。翌事業年度からではなく、取引の日の属する事業年度から償却が始まり、初年度は取引日から事業年度末までの月数分が対象となります。5年間で全額を損金化できるため、買い手には実質的な税負担の軽減効果が生じます。買収価額のうち相当部分がのれん相当額となる案件では、この効果は無視できない金額になります。

ただし、事業譲渡には別のコストが伴います。事業譲渡は資産の売買契約ですから、課税資産の譲渡には消費税が課されます。買い手は仕入税額控除の対象とできますが、還付を受けるまでの一時的な資金負担は生じます。不動産を含む場合には不動産取得税と登録免許税も発生します。さらに、取引契約・雇用契約・許認可を個別に承継し直す必要があるため、実務負担とクロージングまでの期間も増加します。税務メリットと手続コストを定量比較したうえで判断してください。

会社分割|消費税は不課税、不動産取得税も要件次第で非課税になる

会社分割は「事業譲渡と似たもの」として一括りに語られがちですが、税務上はまったく別のスキームです。ここを混同したまま比較検討すると、コスト試算を数千万円単位で誤ることになります。

最大の違いは消費税です。会社分割は会社法上の組織再編行為であり、資産・負債が包括的に承継されるため、資産の譲渡等に該当せず消費税は不課税となります。課税資産が多額にのぼる事業を切り出す場合、事業譲渡であれば一時的とはいえ多額の消費税を立て替える必要がありますが、会社分割ではその資金負担が生じません。

不動産取得税についても、会社分割は一定の要件(分割対価が承継法人の株式のみであること、主要な資産・負債が移転すること、従業者のおおむね8割以上が引き継がれること等)を満たせば非課税とされます。注意すべきは、この非課税要件が法人税法上の適格・非適格の判定とは別の基準である点です。法人税法上は非適格であっても不動産取得税は非課税、という組合せは現実に生じ得ます。登録免許税についても、分割による移転登記は売買による移転登記と税率が異なります。

一方で、会社分割は包括承継であるがゆえに、承継対象事業に紐づく偶発債務や未認識の債務も引き継ぐことになります。「承継する資産・負債を分割計画書で特定できるから簿外債務を遮断できる」という理解は正確ではありません。簿外債務の遮断という観点では、個別承継である事業譲渡の方が優れています。税務コストの軽さと債務遮断の確実性はトレードオフの関係にあると理解してください。

時価より著しく低い価額での取得|買い手側に生じる受贈益課税・贈与税

スキームの選択とは別に、買い手側で見落とされやすいのが「取得価額が時価より著しく低い場合」の課税です。M&Aの対価は当事者間の交渉で決まりますが、税務上は時価との乖離が問題になり得ます。

買い手が法人である場合、時価より著しく低い価額で株式を取得すると、時価と対価との差額が受贈益として益金に算入され、法人税の課税対象となります。買い手にとっては、支払っていない金額に対して課税されるという結果になります。

買い手が個人で、売り手も個人である場合は、相続税法上、時価と対価との差額を贈与により取得したものとみなされ、贈与税が課されます。贈与税の税率は課税価格に応じて最高55%まで上昇するため、株式譲渡益に対する約20%という税率感覚のまま進めると、想定外の税負担が生じます。

親族間の事業承継や、業績不振企業の救済的な買収では、対価が名目的な金額に設定されることがあります。こうした案件こそ、非上場株式の時価をどのように評価するかを事前に専門家と詰めておく必要があります。財産評価基本通達に基づく評価額と、DDを踏まえた事業価値評価額が乖離する場合の整理も含め、対価設定と同時に検討すべき論点です。

繰越欠損金は「あるから使える」とは限らない

対象会社に多額の繰越欠損金があると、それだけで税務上のメリットがあるように見えますが、実際には慎重な検証が必要です。法人税法には、支配関係が変更された後の欠損金の使用を制限する規定が置かれています。

具体的には、他の者との間に支配関係(50%超の持株関係)が生じた日以後、一定の期間内に、旧事業の廃止と多額の資金借入れ等が行われるなど所定の事由に該当する場合には、支配関係発生前に生じた欠損金の使用が制限されます。買収後に事業内容を大きく転換する計画がある場合は、この制限に抵触しないかを事前に確認する必要があります。

また、適格合併により欠損金を引き継ぐ場合にも、みなし共同事業要件や支配関係継続要件などの充足が求められます。「欠損金があるから節税になる」という前提で価格を上乗せしてしまうと、後になって使用できないことが判明した際に取り返しがつきません。専門家による事前検証を必須の手続としてください。

グループ通算制度への加入|時価評価課税と欠損金の切捨て

買い手グループが既にグループ通算制度を適用している場合、買収によって完全支配関係が生じた子法人は、自動的に通算グループへ加入することになります。加入は選択制ではないため、「加入させない」という選択肢は原則としてありません。

加入に際しては、加入する子法人において資産の時価評価課税が行われるのが原則です。含み益のある不動産や有価証券を保有していれば、買収した直後に対象会社で課税が生じます。あわせて、加入前に生じていた繰越欠損金も原則として切り捨てられます。

ただし、一定の要件を満たす法人は時価評価の対象外とされ、その場合には加入前の繰越欠損金を「特定欠損金」として持ち込むことができます。特定欠損金は自社の所得の範囲内でのみ控除できるという制約はありますが、全額が切り捨てられるのとは大きな差があります。

実務上の落とし穴は、この判定がクロージングのタイミングや買収後の事業運営方針によって変わり得る点です。「買収後に対象会社の事業を大きく再編する予定がある」といった計画が、要件充足の可否に影響します。買い手が上場企業グループである場合は、DDと並行して自社の税務部門または顧問税理士に加入シミュレーションを依頼し、時価評価課税の見込額を投資回収計画へ反映してください。

買収関連費用(DD費用・仲介手数料)の税務上の取扱い

見落とされがちですが、M&Aの実行に伴って買い手が支出する費用の税務上の取扱いも、資金計画に影響します。株式譲渡の場合、株式の取得に直接要した付随費用は、原則として株式の取得価額に算入されます。

したがって、買収の意思決定以後に発生する仲介手数料やDD費用の多くは、支出した事業年度の損金にはなりません。「M&Aに伴う支出の相当部分が当期の損金にならない」という前提で、税引後のキャッシュフローを見積もっておく必要があります。

一方、案件が破談となった場合には、支出した費用の性質に応じて損金処理となる余地があります。また、買収の是非を検討するための調査費用と、取得のための付随費用とでは取扱いが異なり得ます。契約書上の費用の名目(着手金・中間金・成功報酬)、支払時期、支出の目的を整理し、根拠資料を残したうえで区分を判断してください。なお、連結財務諸表の作成にあたっては、企業結合会計基準により取得関連費用は発生時の費用として処理されるため、会計と税務で取扱いが異なる点にも留意が必要です。

項目株式譲渡事業譲渡会社分割(非適格)
取得対価の処理株式の取得価額として資産計上個々の資産・負債を時価で取得個々の資産・負債を時価で承継
税務上ののれん発生しない資産調整勘定として計上資産調整勘定として計上
のれんの損金算入不可(会計上の償却も損金不算入)取引年度から60か月で月割均等償却取引年度から60か月で月割均等償却
消費税非課税(有価証券の譲渡)課税資産の譲渡等に該当し課税不課税(包括承継のため)
不動産取得税発生しない不動産を含む場合に発生要件を満たせば非課税
登録免許税発生しない(株主名簿の書換のみ)不動産等の移転登記で発生移転登記で発生(税率は売買と異なる)
簿外債務の承継原則としてすべて承継契約で承継範囲を限定できる承継事業に紐づく債務は包括承継
過去の税務リスク原則としてすべて承継原則遮断(特殊関係者は徴収法38条に留意)分割型分割は通則法9条の3の連帯納付責任
繰越欠損金対象会社に残るが使用制限の検討が必要承継されない承継されない
契約・許認可原則として承継される個別に再締結・再取得が必要原則承継されるが許認可は業種により再取得

ポイント
スキームの選択は、税務メリットだけで決めるべきものではありません。手続の簡便性、許認可の承継可否、従業員の同意取得、取引先との契約承継、クロージングまでの期間といった要素を含めた総合判断が必要です。特に事業譲渡と会社分割は、消費税・不動産取得税・簿外債務の遮断という3点でまったく性質が異なります。両者を定量比較したうえで意思決定できる状態に整理することが、アドバイザーに求められる役割です。

注意点
税務上のスキーム比較は、法人税・消費税・流通税・地方税をまたぐため、一つの税目だけを見て結論を出すと判断を誤ります。「非適格だから不動産取得税も課税される」といった思い込みは典型的な誤りです。法人税法上の適格判定、地方税法上の非課税要件、消費税法上の課否判定は、いずれも別個の基準で行われます。必ず税理士・公認会計士に横断的な検証を依頼してください。

株式譲渡・事業譲渡・会社分割で課税関係がどう変わるかについては、税目別に比較した以下の記事で詳しく解説しています。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割の税金を徹底比較|誰に・何が・いくらかかるかを専門家が解説

10. 買い手が活用できる税制優遇・支援制度

中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)

買い手が中小企業者等に該当する場合、M&Aによる株式取得について税制上の支援措置を活用できる可能性があります。中小企業庁が案内する「中小企業事業再編投資損失準備金」(中堅・中小グループ化税制)は、その代表的な制度です。

この制度は、事業承継等事前調査(実施予定のデューデリジェンスの内容)に関する事項を記載した経営力向上計画の認定を受けた中小企業者等が、株式取得によりM&Aを実施した場合に、株式等の取得価額として計上する金額の70%を準備金として積み立て、その事業年度の損金に算入できるというものです(取得価額10億円以下が対象、益金算入開始までの据置期間は5年)。

さらに、過去5年間にM&Aを実施した中堅・中小企業が産業競争力強化法に基づく特別事業再編計画の認定を受けて株式取得によるM&Aを行う場合には、認定後1回目のM&Aで取得価額の90%、2回目以降は100%を準備金として積み立てることができ、据置期間も10年とされています。複数回のM&Aによるグループ化を志向する買い手にとっては、検討の価値が大きい制度です。詳細な要件は中小企業庁のウェブサイトで確認してください。

(参考)中小企業庁「中小企業事業再編投資損失準備金(中堅・中小グループ化税制)」:https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/kyoka/shigenshuyaku_zeisei.html

事業承継・M&A補助金|専門家活用とPMI推進の費用を支援

DD費用や仲介手数料といった専門家費用、そしてM&A後の統合(PMI)に要する費用については、国の補助金制度を活用できる場合があります。事業承継・M&A補助金には、専門家の活用費用を支援する枠や、PMIに係る専門家活用・設備投資費用を支援する枠が設けられています。

補助金の活用にあたっては、公募期間と交付決定のタイミングに注意が必要です。原則として交付決定前に契約・発注した費用は補助対象になりません。M&Aの検討開始から成約までのスケジュールと、補助金の公募スケジュールを早い段階で突き合わせておく必要があります。

また、専門家活用枠については、M&A支援機関登録制度に登録された支援機関を利用することが要件とされてきました。アドバイザーを選定する際には、登録の有無も確認しておくとよいでしょう。制度の内容は年度ごとに見直されるため、最新の公募要領を必ず確認してください。

制度活用には事前の計画認定が必要|スケジュール設計の落とし穴

税制優遇・補助金のいずれについても、買い手が最も陥りやすい失敗は「成約後に制度の存在を知る」ことです。中小企業事業再編投資損失準備金は経営力向上計画の認定が前提であり、その計画には実施予定のDDの内容を記載する必要があります。

つまり、DDを実施する前の段階から制度の活用を織り込んで動き始めなければ、要件を満たせません。案件の初期段階で、自社が制度の対象となる中小企業者等に該当するか、取得価額が要件の範囲内に収まりそうか、計画認定に要する期間をスケジュールに組み込めるかを確認してください。

なお、準備金制度は積立時に損金算入できる一方、据置期間の経過後は取り崩して益金算入されます。あくまで課税の繰延べであり、恒久的な減税ではありません。また、対象会社の株式を売却した場合や減損処理を行った場合など、所定の事由に該当すると準備金を取り崩す必要があります。制度の効果を投資判断に織り込む際は、この点を正しく理解しておくことが重要です。

ポイント
国の制度は、単に費用負担が軽くなるという以上の意味を持ちます。中小企業事業再編投資損失準備金の要件に「事業承継等事前調査に関する事項の記載」が含まれているのは、DDを適切に実施することが政策的に推奨されているためです。制度の活用を前提に案件を設計すれば、DDの実施が社内稟議上も自然に位置づけられます。

11. DD結果を価格・契約条件・PMIに落とし込む方法

検出事項の4つの処理方法|価格控除・補償・前提条件・アーンアウト

財務・税務DDで検出した事項は、報告書に記載されただけでは何の意味も持ちません。買い手にとって重要なのは、それを取引条件へ翻訳する作業です。処理方法は大きく4つに整理できます。

  • 第一に「価格からの控除」です。未計上の引当金や未払残業代のように金額が確定的に算定できるものは、株式価値から直接控除します。
  • 第二に「表明保証および特別補償」です。税務リスクや係争案件のように顕在化が不確実なものは、売り手に表明保証をさせたうえで、特に重要な論点については個別の特別補償条項を設けます。
  • 第三に「クロージングの前提条件」です。オーナーからの借入金の精算、非事業用資産の処分、チェンジ・オブ・コントロール条項に係る取引先の承諾取得など、クロージングまでに是正が可能なものはこの方法で処理します。
  • 第四に「アーンアウト」です。将来の業績に不確実性が大きい場合、対価の一部を将来の業績達成に連動させることで、価格に関する見解の相違を埋める方法です。
処理方法適する検出事項留意点
価格からの控除未計上引当金、未払残業代、受注損失、滞留債権金額の算定根拠を明示し、二重計上を避ける
表明保証・特別補償税務リスク、係争案件、環境リスク存続期間と補償上限額の設定、税務は長めに設定
クロージング前提条件役員借入金の精算、非事業用資産の処分、COC条項の承諾取得是正の実行可能性とスケジュールの確認
アーンアウト将来業績の不確実性、キーパーソン依存算定指標の定義と、買収後の会計方針変更の影響に注意

なお、これら4つに加えて、表明保証保険(W&I保険)の活用も選択肢になります。売り手が個人オーナーで補償資力に不安がある場合や、売り手が補償責任の限定を強く求めて交渉が膠着している場合に、保険会社が補償を引き受けることで解決を図る手法です。ただし、保険会社は原則としてDDで既に発見された事項を補償対象から除外します。付保の可否と保険料率はDDの網羅性と品質に依存するため、保険はDDの手抜きを補うものではないという点を誤解しないでください。

EBITDAとネットデットの二重計上に注意する

価格交渉の実務で頻繁に問題となるのが、同一の事象を正常収益力(EBITDA)とネットデットの双方で減額してしまう二重計上です。

たとえば、退職給付の未積立額について、実態純資産の修正として控除しつつ、同時に「本来計上すべきであった退職給付費用」を正常収益力からも減算すると、マルチプルを乗じる分だけ過大な減額となります。売り手側から正当な反論を受ける論点であり、交渉の信頼関係を損なう原因にもなります。

原則として、過去に累積した未計上額はストック(ネットデット)で捉え、将来にわたって毎期発生する費用の増加分はフロー(正常収益力)で捉える、という整理が明快です。どの事象をどちらで処理するかを一覧表にまとめ、専門家と買い手社内で共有しておくと、交渉の一貫性が保たれます。

PMIを見据えたDD設計|月次決算精度と経理体制の評価

DDは価格算定のためだけの手続ではありません。中小企業庁の「中小PMIガイドライン」も、M&Aの成立はスタートラインに過ぎず、その後の統合の取組が成果を左右すると位置づけています。DDの段階で得た情報は、そのままPMI計画の基礎資料になります。

財務・税務DDから得られるPMI上の重要情報としては、月次決算の締め日と精度、会計システムの仕様と拡張性、経理担当者の人数・スキル・属人化の程度、予算実績管理の運用状況、原価管理の仕組みの有無などが挙げられます。これらは価格には直接効きませんが、統合の難易度と必要な支援体制を規定します。

したがって、DDのスコープを設計する段階で「価格算定のために必要な情報」と「PMI計画のために必要な情報」の双方を明示的に列挙し、専門家に伝えておくことをおすすめします。報告書の構成もその2部構成にしてもらえば、クロージング後すぐに統合作業へ着手できます。

(参考)中小企業庁「中小PMIガイドライン」:https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf

財務リスクが重い場合はアライアンス・資本業務提携という選択肢

DDの結果、税務リスクや簿外債務が想定を大きく上回り、価格や契約条件では手当てしきれないと判断される場合があります。そのときに「買収を断念する」以外の選択肢を持っておくことが、成長戦略の柔軟性につながります。

具体的には、まず資本業務提携によって一部出資にとどめ、事業上の協業を先行させながら数年かけて相互理解を深め、リスクが解消された段階で追加取得によって子会社化する、という段階的なアプローチがあります。この場合、支配権を取得しないため簿外債務の全面的な引受けを回避できるほか、グループ通算制度への強制加入も生じません。

また、対象会社の特定事業のみに価値がある場合には、株式譲渡ではなく事業譲渡や会社分割によって、承継する資産・負債・契約を限定する方法も有効です。前述のとおり、この場合は資産調整勘定の損金算入というメリットも得られます。財務・税務DDの結果は、単に価格を決めるためのものではなく、取引の形そのものを再設計するための情報でもあると捉えてください。

注意点
DDで重大な問題が発覚した場合、その場で結論を急ぐ必要はありません。追加調査によって金額を精緻化する、対象範囲を限定したスキームに変更する、段階的な出資に切り替える、といった選択肢を検討したうえで判断してください。中小企業庁「中小M&Aガイドライン」も、最終契約に関するリスク事項について当事者間で十分な説明と確認を行うことの重要性を示しています。
(参考)中小企業庁「中小M&Aガイドライン」:https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html

DDで把握した不確実性を対価の設計に反映する方法として、アーンアウト条項の実務も以下の記事で解説しています。
アーンアウトとは?M&Aにおけるメリット・デメリットと条項設計の実務ポイントを徹底解説

12. まとめ|買い手が財務・税務で失敗しないために

M&Aによる成長を目指す買い手にとって、財務・税務の検討は「過去の数字の検証」ではなく「買収後に自社へ残る利益の予測」です。本記事の要点を8つに整理します。

  • 正常収益力(調整後EBITDA)は、加算調整だけでなく減算調整まで行って初めて実態に近づく。オーナー依存の利益は買収後に再現されない。
  • ジョイン後に発生するコスト(管理人材コスト、親会社基準への準拠コスト、労務適正化コスト、PMIコスト)を織り込まないと、高値掴みになるリスクがある。
  • 収益の計上タイミング(カットオフ・進行基準)と受注損失引当金の未計上は、貸借対照表と損益計算書の双方に効く。案件別採算表の入手が不可欠。
  • 中小企業の決算は税法基準で作られていることがほとんど。自社基準へ引き直したときの差異と、連結取込みに要する実務負荷の双方をコストとして見積もる。新リース会計基準への対応も確認する。
  • 株式譲渡では過去の税務リスクを丸ごと承継する。外注費の給与認定、役員報酬・退職金、消費税の課否判定は頻出論点。
  • 事業譲渡と会社分割は税務上まったく別物である。消費税(課税か不課税か)、不動産取得税(課税か非課税か)、簿外債務の遮断の3点で性質が異なるため、一括りにして比較してはならない。
  • 繰越欠損金の使用可否、グループ通算制度加入時の時価評価課税、時価より著しく低い価額での取得による受贈益課税は、いずれも事前検証が必須。税制優遇制度も事前の計画認定が前提となる。
  • DDの検出事項は、価格控除・表明保証/特別補償・クロージング前提条件・アーンアウトの4つに切り分けて処理する。補償資力に不安がある場合は表明保証保険も選択肢になる。

弁護士・税理士等の専門家チームにより、買い手企業のM&A戦略立案からDDのスコープ設計、スキーム比較と税務シミュレーション、価格・契約条件の交渉、PMIの実行支援、さらには資本業務提携やアライアンスといった代替スキームの検討まで一貫してご支援しています。財務・税務の論点整理でお困りの際は、案件の初期段階からお気軽にご相談ください。

執筆者

税理士登録申請中 横山圭介

東京都立大学(旧首都大学東京)数理科学専攻卒業後、国家公務員として札幌国税局に入庁。札幌国税局資産課税課、札幌東税務署資産課税部門等を経て、国税庁企画課へ出向。 国税庁・国税局・税務署において、主に資産税事務に従事し、相続・譲渡・贈与など資産課税の実務を第一線で担う。官公庁・金融機関等との折衝・情報連携の実務経験も有する。

弁護士 佐藤聖喜

京都大学経済学部在学中、旧司法試験合格。最高裁判所司法研修所を経て弁護士登録(日本弁護士連合会・東京弁護士会)。その後、京都大学経営管理大学院修了(MBA)。 長島大野常松法律事務所を経て独立し、千代田中央法律事務所を設立。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)では国際化支援アドバイザーとしても活動。上場企業の組織再編、IPO法務DD、スタートアップの資本政策支援、再生型M&Aなど、法務・戦略両面からの総合支援に実績を持つ。