「本業は評価してもらえたのに、不動産の含み益で株価が膨らみすぎて買い手が下りてしまった」「買い手から、工場と土地は要らないと言われた」「先祖から受け継いだ土地だけは手放したくない」——M&Aの現場では、不動産が原因で交渉が止まる、あるいは条件が大きく崩れるケースが少なくありません。
こうした案件で有効なのが、譲渡実行前に不動産を対象会社の貸借対照表から外しておく「不動産のオフバランス化」です。
本記事では、M&A実務におけるオフバランス化の考え方から、オーナー買取・分割型分割・役員退職金の現物支給・セール&リースバックという4つの手法の使い分け、税務上の落とし穴、金融機関や賃貸借契約への影響、そして実行すべきタイミングまで、専門家の視点で具体的に解説します。
1. M&Aで不動産が「重荷」になる3つの理由
時価純資産に含み益が乗り、株価が買い手の調達力を超える
中小企業のM&Aでは、株価の算定に時価純資産法(修正純資産法)に営業権を加算する方式が広く用いられます。この方式では、保有不動産を簿価ではなく時価に評価替えするため、含み益がそのまま株主価値に上乗せされます。例えば、簿価1億円・時価4億円の本社土地を持つ会社であれば、含み益3億円(含み益に対する法人税等相当額を控除する調整を行っても2億円前後)が株価に加算されることになります。
問題は、買い手側の資金調達がこの上乗せに追いつかないことです。買い手が金融機関から買収資金を調達する際は、買収後の有利子負債が対象会社の正常収益力、すなわちEBITDAの3〜5倍程度に収まるかどうかが一つの目安とされます(買い手の信用力や案件規模によって幅はあります)。営業利益5,000万円・減価償却費1,000万円の会社であればEBITDAは6,000万円、現実的な調達額は2〜3億円程度です。ここに不動産の含み益2億円が乗って株価が5億円を超えると、事業の収益力では返済できない金額になり、買い手は「事業としては魅力的だが、値段が合わない」という判断に至ります。
これは価格交渉で埋められる差ではありません。売り手が含み益の放棄に応じない限り、金額の議論が平行線をたどり、案件が長期化・破談する典型パターンです。不動産を譲渡対象から外すことは、この構造的なミスマッチを解消する最も直接的な手段になります。
買い手が不動産を欲しがらない4つの理由
買い手が不動産の承継を嫌うのは、単に金額が上がるからだけではありません。
- 第一に、本業と関係のない資産を抱え込むと投下資本利益率(ROIC)が低下し、グループ全体の資本効率が悪化します。上場企業やファンドが買い手の場合、投資委員会で「非事業用資産の取得」が否決の理由になることは珍しくありません。
- 第二に、固定資産税・都市計画税、修繕費、保険料といった保有コストが継続的に発生します。
- 第三に、土壌汚染、アスベスト含有建材、既存不適格・違法建築、再建築不可、越境・境界未確定といった物理的・法的リスクです。これらはデューデリジェンス(DD)で発覚すると、価格の減額交渉や表明保証条項の重い争点になり、交渉全体のスピードを落とします。
- 第四に、地価下落局面での減損リスクです。取得後に減損損失を計上すれば、買い手の連結業績に直接ダメージを与えます。
逆にいえば、これらのリスクを売り手側に置いてくることができれば、買い手はDDの範囲を絞れ、意思決定が速くなります。オフバランス化は「価格を下げるための施策」であると同時に、「買い手の意思決定を軽くするための施策」でもあるのです。
売り手オーナー側にも「渡したくない」事情がある
オフバランス化のニーズは、買い手側からのみ生じるわけではありません。売り手オーナーの側にも、不動産を残したい合理的な理由があります。代表的なのは、①先祖代々の土地であり一族として手放せない、②自宅と社屋が同一敷地・同一建物になっており、譲渡すると住む場所を失う、③賃貸物件からの家賃収入を引退後の生活原資や相続対策の中核に据えている、④同族の他の親族が事業とは別の目的で使用している、といったケースです。
②の自宅兼社屋は、中小企業のM&Aで極めて頻繁に登場します。この場合、不動産を切り離したうえで、買い手に対して賃貸するか、あるいは事業拠点そのものを移転するかという判断が必要になります。感情面の論点でもあるため、初期段階でオーナーの意向を正確に把握しておかないと、最終契約の直前で「やはり渡せない」と交渉が振り出しに戻るリスクがあります。
2. M&Aにおける不動産のオフバランス化とは
財務改善目的のオフバランスとの違い
一般に「不動産のオフバランス化」といえば、遊休不動産の売却や証券化・流動化によって貸借対照表を圧縮し、ROA(総資産利益率)を改善する財務戦略を指します。上場企業のPBR改善策として語られることが多く、この文脈では会計上オフバランスとして認められるか(不動産流動化実務指針のいわゆる5%ルールを満たすか)が中心的な論点になります。
これに対して、M&A実務におけるオフバランス化は目的が異なります。ここでの狙いは、財務指標の改善ではなく「譲渡対象会社の資産から不動産を法的に切り離し、買い手が引き継ぐ範囲を絞ること」です。したがって、会計上の判定よりも、①誰が最終的に所有者になるか、②いつ所有権が移転するか、③その移転にどれだけの税・コストがかかるか、が判断軸になります。証券化のような大掛かりなスキームは、中小M&Aではコストが見合わず、実際にはほとんど使われません。
オフバランス化の3つの方向性
M&Aにおける不動産のオフバランス化は、不動産の行き先によって3つの方向性に整理できます。
- 第一が、「オーナー側に残す」パターンで、オーナー個人・資産管理会社・分割で新設した会社などが受け皿となります。オーナーが不動産を保有し続けたい場合に選択され、実務上最も多いパターンです。
- 第二が、「第三者に売って現金化する」パターンです。オーナーに保有意思がなく、単に株価を軽くしたい場合や、事業と無関係な遊休地を整理したい場合に採られます。売却代金は対象会社に入るため株価が下がるわけではありませんが、含み益が現金化されることで買い手の評価がしやすくなり、DD上のリスクも消えます。
- 第三が、「所有は手放すが使用は継続する」パターン、すなわちセール・アンド・リースバックです。工場や本社のように事業継続に不可欠な不動産で用いられます。
ポイント
最初に決めるべきは「手法」ではなく「不動産の行き先」です。オーナーが保有を続けたいのか、現金化したいのか、事業側が使い続ける必要があるのか。この3点を整理すれば、採用すべき手法の候補は自ずと絞られます。逆に、ここが曖昧なまま税務メリットだけで手法を選ぶと、後から「やはり使い続けたい」となって賃貸借契約の設計をやり直すことになります。
3. 【手法1】オーナー個人・資産管理会社への売却
スキームの流れと向いているケース
最もシンプルな手法が、対象会社が保有する不動産を、オーナー個人または既存の資産管理会社に時価で売却するものです。組織再編の手続きを踏まないため、債権者保護手続きや労働者への通知といった会社法上の手続きが不要で、売買契約と所有権移転登記だけで完了します。着手から実行までの期間も、資金と登記の準備ができていれば1〜2ヶ月程度に収まります。
ただし、「手続きが何もいらない」わけではない点には注意してください。オーナーが対象会社の取締役であり、自らまたは自らが代表を務める資産管理会社が買主となる場合、これは会社と取締役との利益相反取引(直接取引)にあたるため、取締役会(取締役会を設置していない会社では株主総会)の承認が必要です(会社法356条1項2号、365条1項)。承認を欠くと取引の効力を争われるおそれがあり、取引後は遅滞なく重要な事実を取締役会に報告する義務もあります。
また、金額が大きい場合は「重要な財産の処分」として別途取締役会決議が必要になり(同法362条4項1号)、賃貸事業として稼働している不動産をまとめて移すようなケースでは、実質的に「事業の重要な一部の譲渡」と評価されて株主総会の特別決議を要する可能性もあります(同法467条1項2号)。
向いているのは、切り離す不動産が1〜2件で金額もそれほど大きくないケース、すでに不動産管理を目的とした資産管理会社が存在するケース、そして時間的な余裕が乏しいケースです。逆に、不動産の件数が多い、金額が大きい、抵当権が複雑に設定されているといった案件では、後述する会社分割のほうが現実的になります。
税務上の最大の論点は「時価」
この手法で最も注意すべきは売買価格です。オーナーやその同族会社との取引は、独立第三者間の取引とはみなされないため、時価より著しく低い価格で売却すると、対象会社側で時価との差額が問題になります。売却先がオーナー個人(役員)であれば実質的な役員賞与として損金不算入となり、同族の資産管理会社であれば寄付金として損金算入が制限されます。買い手側でも、法人から著しく低い価額で資産を譲り受けた個人には、給与所得または一時所得として課税が生じ得ます。逆に時価より高い価格で買い取れば、オーナーから会社への利益供与となり、会社側に受贈益が計上されます。実務では、税理士の判断のみで進めるのではなく、不動産鑑定士による鑑定評価書を取得して価格の合理性を裏付けておくことが強く推奨されます。
もう一つ見落とされやすいのが、資産管理会社が対象会社と100%の支配関係にある場合の取り扱いです。完全支配関係にある内国法人間で帳簿価額1,000万円以上の固定資産などを譲渡した場合、その譲渡損益はグループ法人税制により繰り延べられます(法人税法61条の11)。一見すると課税されず有利に見えますが、その後のM&Aで完全支配関係が外れた時点で繰り延べていた譲渡損益が実現し、想定外のタイミングで課税が発生します。株式譲渡の直前に不動産を移す設計では、この戻し入れの時期を必ずシミュレーションに織り込んでください。
このほか、売却益に対する法人税等、建物部分に対する消費税、買主側で発生する不動産取得税と所有権移転登記の登録免許税が実費として発生します。不動産取得税は本則4%ですが、令和9年3月31日までに取得する土地・住宅は3%に軽減され、宅地は課税標準が2分の1になります。一方、工場・事務所・店舗といった住宅以外の家屋は本則どおり4%です。登録免許税は、土地の売買による所有権移転登記が租税特別措置法72条により本則2%から1.5%に軽減されていますが(期限のある時限措置のため、実行時点の適用期限を必ず確認してください)、建物は2%です(財務省「登録免許税に関する資料」)。加えて、買主がオーナー個人の場合、建物に課される消費税は仕入税額控除ができず、そのまま実質的なコストになります。会社分割と異なり不動産取得税の非課税措置が使えない点は、この手法の明確なデメリットです。
買い取り資金の調達がボトルネックになりやすい
実務上、この手法が頓挫する最大の理由は資金です。時価3億円の不動産をオーナー個人が買い取るには、3億円の現金または借入が必要になります。金融機関はオーナー個人への融資に慎重で、賃貸収益で返済できる収益物件でなければ、そもそも与信が下りないことも珍しくありません。
現実的な打ち手としては、①資産管理会社を借入主体とし、対象会社との賃貸借契約による賃料収入を返済原資として金融機関に説明する、②株式譲渡代金の入金と不動産の決済を同日に設定し、譲渡代金を買い取り原資に充てるブリッジ設計にする、といった方法があります。ただし、②は株式譲渡実行時点で不動産がまだ対象会社に残っていることになるため、株価算定と最終契約の条件設計を精緻に組む必要があり、買い手の同意が前提です。資金の当てがない場合には、次に述べる会社分割のほうが素直に機能します。
4. 【手法2】分割型分割で不動産を切り出し、本業会社を譲渡する
スキームの流れ
資金を用意せずに不動産を切り離せるのが、会社分割を用いる手法です。具体的には、対象会社が新設分割によって不動産(および不動産賃貸事業)を新会社に承継させ、その対価である新会社株式を対象会社の株主であるオーナーが直接受け取る「分割型分割」を行います。分割後は、オーナーが本業会社と不動産保有会社の2社の株主となり、このうち本業会社の株式のみを買い手に譲渡します。
この手法の優れている点は、対価が株式であるため買い取り資金が一切不要であること、適格分割の要件を満たせば資産が簿価で引き継がれ、含み益への課税が繰り延べられることです。複数の不動産をまとめて切り出せるほか、不動産に付随する賃貸借契約や借入金も一体で移転できるため、案件規模が大きいほど相対的に有利になります。
「残すものを外に出す」——適格性を分ける決定的なポイント
ここで、実務上きわめて重要でありながら誤解の多い論点があります。それは「不動産を新会社に出すのか、本業を新会社に出すのか」で税務上の適格性が変わるという点です。
平成29年度税制改正より前は、分割型分割が適格となるためには、分割法人(元の会社)と分割承継法人(新設会社)の双方について、支配関係が分割後も継続する見込みであることが必要でした。そのため、分割後にどちらかの株式を第三者へ譲渡することが予定されていると、それだけで非適格分割となり、含み益に対する譲渡益課税が発生してしまっていました。
この要件が改正され、現在は、「支配株主と分割承継法人との間に支配関係が継続する見込みであること」で足りることとされています。つまり、継続保有が求められるのは新設会社の株式だけであり、分割法人(元の会社)の株式を第三者に譲渡することが見込まれていても、適格性は失われません。したがって、正しい設計は、残したい不動産を新設会社に切り出し、売却する本業を元の会社に残したまま、元の会社の株式を譲渡するという流れになります。
逆に、不動産を元の会社に残し、本業を新設会社に移してその新設会社株式を売却する設計にすると、継続保有が求められる新設会社の株式を手放すことになるため、支配関係継続の見込みを欠き、非適格分割となる可能性が高くなります。含み益が大きい案件では、この設計の向きを誤るだけで数千万円単位の税負担が生じます。表面上はどちらも「不動産と本業を分ける」だけに見えるため、初期の検討段階から税理士に方向性を確認しておくべき箇所です。
なお、適格分割となるために必要なのは支配関係の継続だけではありません。金銭等不交付要件、按分型要件、主要な資産・負債の引継要件、従業者のおおむね80%以上の引継要件、事業継続要件などを併せて満たす必要があります。仮に非適格分割となった場合、分割会社に譲渡益課税が生じるだけでなく、分割型分割では株主にみなし配当課税が発生します(法人税法24条1項2号)。オーナー個人が株主であれば総合課税の配当所得となり、税負担は株式譲渡益の20.315%をはるかに上回ります。適格性の検証は、スキームを固める前の必須作業です。
不動産取得税の非課税要件を満たせるか
会社分割には、法人税の課税繰延とは別に、不動産取得税が非課税となる制度があります(地方税法73条の7第2号、同法施行令37条の14)。要件は、①分割対価として承継会社の株式以外の資産が交付されないこと、②分割型分割の場合は株主の持株比率に応じて按分交付されること、③分割事業に係る主要な資産・負債が移転すること、④分割後も承継会社で当該事業が引き続き営まれる見込みであること、⑤分割事業の従業者のおおむね80%以上が承継会社の業務に従事する見込みであること、の5つです。
注意が必要なのは、切り出す不動産が「自社使用の本社・工場」である場合です。この場合、承継会社に移転するのは不動産という資産だけで、そこに営まれている「事業」が存在しないため、④の事業継続要件や⑤の従業者引継要件をどう判定するかが問題になります。分割前から第三者へ賃貸している収益物件であれば、不動産賃貸業として実体があり要件を満たしやすいのに対し、自社使用不動産をそのまま切り出すケースでは、分割と同時に本業会社へ賃貸を開始する形をとり、賃貸事業としての実体を整える設計が求められます。
不動産取得税は地方税であり、非課税の判断は都道府県が行います。同じスキームでも都道府県によって判断が分かれ得るため、分割計画を確定する前に、管轄する都道府県税事務所へ事前相談を行い、非課税申告に必要な書類まで確認しておくのが実務の定石です。なお、非課税となるのは不動産取得税だけで、所有権移転登記に係る登録免許税(固定資産税評価額の2%)は適格分割であっても課税されます。土地について適用される1.5%への軽減は「売買」を原因とする移転に限られるため、会社分割による移転には使えない点にも注意してください。
包括的租税回避防止規定への備え
組織再編を用いたスキームには、法人税法132条の2の包括的租税回避防止規定が適用される余地があります。税負担の減少以外に合理的な事業目的がなく、通常は選択しない不自然な手法であると判断されれば、税務署長は組織再編に係る行為計算を否認できます。過去には、繰越欠損金の利用を目的とした組織再編について、最高裁が否認を是認した事例もあります。
不動産のオフバランス化について言えば、「買い手が事業のみの取得を希望しており、不動産を除外しなければM&Aが成立しない」「オーナーが引退後の生活基盤として不動産賃貸業を継続する」といった事業上の必要性は明確に説明できるはずです。重要なのは、それを後付けではなく、取締役会議事録や分割計画の検討資料として同時進行で文書化しておくことです。実行後に理由を作文するのではなく、意思決定の記録として残しておく——この一手間が、数年後の税務調査での説明力を大きく左右します。
注意点
会社分割は、株主総会の特別決議、事前・事後開示書類の備置、債権者保護手続き(異議申述期間1ヶ月以上)、労働契約承継法に基づく従業員への通知など、会社法上の手続きが法定されています。とりわけ分割型分割は剰余金の配当を伴う構成をとるため、分割会社の債権者は原則として全員が異議を述べられる対象となり、公告・催告の範囲が広くなります。異議申述期間や開示書類の備置開始日は後ろ倒しにできないため、新設分割でも実行までに1ヶ月半〜3ヶ月程度を見込む必要があります。M&Aのスケジュールと並行して走らせる場合は、効力発生日から逆算した工程表を最初に作ってください。
5. 【手法3】役員退職金の現物支給・現物配当
事業承継M&Aと相性がよい理由
後継者不在型のM&Aでは、オーナー経営者がクロージング時に退任し、役員退職慰労金を受け取る設計が一般的です。退職金は会社側で損金となって株価を引き下げ、受け取るオーナー側では退職所得として、退職所得控除を差し引いた後の金額の2分の1に課税されるという有利な扱いを受けます。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の場合はこの2分の1課税が適用されません(所得税法30条5項)。M&Aを見据えて直前に役員へ就任した親族などに退職金を支給する設計では、特に注意が必要です。
この退職金と株式譲渡益(税率20.315%)を組み合わせて手取りを最適化するのが、事業承継M&Aの基本的な設計です。もっとも、譲渡益が数億円規模になる場合は「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」(租税特別措置法41条の19、いわゆるミニマムタックス)の適用を受け、20.315%では済まなくなります。この点は実行時期の判断にも直結するため、第10章で改めて触れます。
この退職金を、現金ではなく不動産そのもので支給するのが現物支給です。会社は現金を流出させずに不動産を切り離せ、オーナーは資金を用意せずに不動産を取得できます。手法1(オーナーへの売却)で最大の障害となる「買い取り資金」の問題を回避できる点が、この手法の最大の利点です。自宅兼社屋のように、金額がそれほど大きくなく、かつオーナーが確実に取得したい不動産と特に相性がよいでしょう。
現物支給・現物配当それぞれの税務
現物支給では、会社は不動産を時価で譲渡したものとして扱われるため、含み益があれば譲渡益課税が生じます。建物部分については消費税の課税対象にもなります。また、退職金の額が「不相当に高額」と判断された部分は損金に算入できません(法人税法34条2項)。功績倍率法などによる合理的な算定根拠を、株主総会議事録・退職慰労金規程とあわせて整備しておく必要があります。現物で支給する場合は、支給する物件と評価額を株主総会決議(または委任を受けた取締役会決議)で明確にしておくことも欠かせません。オーナー側でも、取得した不動産の時価が退職所得の収入金額となり、不動産取得税と登録免許税が発生します。なお、現物支給は「売買」ではなく代物弁済としての移転にあたるため、土地であっても登録免許税の1.5%軽減は適用されず2%となります。
もう一つの選択肢が現物配当です。剰余金の配当を金銭ではなく不動産で行う方法で、完全支配関係にある内国法人間で行われる場合には「適格現物分配」として簿価で移転し、譲渡損益が認識されません(法人税法2条12号の15)。ただし、適格現物分配は配当を受ける側が内国法人であることが前提であり、オーナー個人が株主である場合には適用できません。個人株主に対する現物配当は時価による譲渡として課税され、かつ配当所得として総合課税の対象となります。非上場株式の配当には配当控除がありますが、それを考慮しても最高税率は所得税・住民税あわせて50%前後に達するため、税負担が重くなりがちです。すでに持株会社を頂点とするグループ構造がある場合には有力な選択肢になりますが、オーナー個人が直接株式を保有する典型的な中小企業では、現物配当より現物支給や会社分割が優先的に検討されます。
6. 【手法4】第三者への売却+セール・アンド・リースバック
事業継続に不可欠な不動産を現金化する
工場、物流センター、本社ビルなど、事業の継続に不可欠な不動産は、オーナー側に残すにしても、賃貸借契約の条件次第では買い手が不安を感じます。そこで検討されるのが、不動産を第三者(不動産会社、投資家、リース会社など)に売却し、同時に賃貸借契約を締結して使用を継続するセール・アンド・リースバックです。
この手法では、売却代金が対象会社に現金として入るため、貸借対照表上は不動産が現金に置き換わります。株価が大きく下がるわけではありませんが、含み益が実現して換価されるため、買い手にとっては評価しやすく、DDにおける物件リスクも消えます。売却代金で借入金を返済すれば、有利子負債が減り、株式価値の算定上もプラスに働きます。また、オーナーが不動産を保有し続ける意思がなく、かつ買い取り資金も用意できないケースでは、実質的にこの手法しか選択肢がないこともあります。
新リース会計基準と金融取引認定のリスク
会計面では、2024年9月に公表された企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」への留意が必要です。この新リース会計基準では、借手のリース取引区分が廃止され、従来オフバランス処理が認められていたオペレーティング・リースについても、原則として「使用権資産」と「リース負債」を貸借対照表に計上することが求められます。適用時期は2027年4月1日以後に開始する連結会計年度・事業年度の期首から強制適用(2025年4月1日以後開始事業年度から早期適用可)です。つまり、リースバックによって不動産を貸借対照表から外したつもりでも、使用権資産として再びオンバランスされることになります。
もっとも、この基準の直接の適用対象は、金融商品取引法の適用を受ける会社や会社法上の大会社(会計監査人設置会社)などであり、「中小企業の会計に関する指針」「中小企業の会計に関する基本要領」に依拠している中小企業は原則として対象外です。中小M&Aの実務では影響が限定的ですが、買い手が上場企業やそのグループ会社である場合は、買収後の連結財務諸表への影響を買い手側が必ず検討します。リースバックを提案する際は、買い手の属性を確認したうえで説明できるようにしておきましょう。
注意点
セール・アンド・リースバックは、契約内容によって税務上「売買ではなく金銭の貸借(金融取引)」と認定される場合があります(法人税法64条の2第2項)。この場合、譲渡はなかったものとされ、資産は引き続き自社の資産として扱われるため、オフバランス化の目的が達成できないばかりか、期待していた売却損益も計上できません。契約期間、買戻特約の有無、賃料水準などが判定の要素となるため、契約書のドラフト段階で税理士のレビューを受けてください。
7. 4手法の比較とスキーム選定チェックリスト
ここまで解説した4手法を、実務上の判断軸で整理すると次のようになります。どの手法が最適かは、不動産の行き先・金額・資金の有無・残された時間によって変わります。
| 比較項目 | ①オーナー・資産管理会社への売却 | ②分割型分割 | ③役員退職金の現物支給 | ④第三者売却+リースバック |
|---|---|---|---|---|
| 買い取り資金 | 必要(最大の障害) | 不要 | 不要 | 不要(現金が入る) |
| 会社側の課税 | 譲渡益課税あり | 適格なら課税繰延 | 譲渡益課税あり(退職金は損金) | 譲渡益課税あり |
| 不動産取得税 | 課税(土地3%・宅地は課税標準1/2、住宅以外の家屋4%) | 要件充足で非課税 | 課税(同左) | 買主負担 |
| 登録免許税 | 土地1.5%・建物2% | 2%(売買の軽減なし) | 2%(代物弁済のため軽減なし) | 買主負担 |
| 消費税(建物) | 課税 | 不課税 | 課税 | 課税 |
| 会社法手続き | 売買契約のみ | 株主総会・債権者保護等 | 株主総会決議 | 売買契約のみ |
| 所要期間の目安 | 1〜2ヶ月 | 1ヶ月半〜3ヶ月 | 1〜2ヶ月 | 2〜4ヶ月(買主探索含む) |
| 主な使いどころ | 物件が少なく資金の当てがある | 物件が多い・含み益が大きい | 自宅兼社屋など中規模の物件 | オーナーに保有意思がない |
スキームを絞り込む際は、以下のチェックリストを順に確認してください。上から順に答えていくと、候補が自然に絞られます。
- オーナーは対象不動産を保有し続けたいか、現金化したいか
- 事業側は分割後もその不動産を使い続ける必要があるか
- オーナー側に買い取り資金(自己資金または借入枠)はあるか
- 切り出す不動産は1〜2件か、複数件・広範囲にわたるか
- 簿価と時価の乖離(含み益)はどの程度あるか
- 対象不動産に金融機関の抵当権・根抵当権が設定されていないか
- M&Aの想定クロージングまで何ヶ月あるか
- 不動産取得税の非課税要件を満たせる事業実体があるか(都道府県への事前相談は済んでいるか)
8. オフバランス化で見落とされる3つの実務論点
金融機関の担保・借入への影響
実務で最初につまずくのが金融機関対応です。中小企業の事業用不動産には、ほぼ例外なく金融機関の抵当権・根抵当権が設定されています。不動産を切り離すということは、金融機関から見れば担保が会社の外に出ていくことを意味します。担保解除には金融機関の同意が必要であり、代替担保の差し入れ、借入金の一部繰上返済、あるいは新会社による債務引受といった調整が求められるのが通常です。
加えて、借入契約に「重要な資産の処分には事前の承諾を要する」といった財務制限条項が置かれている場合、これに違反すると期限の利益を喪失し、一括返済を求められるおそれがあります。また、経営者保証が付されている借入について、M&Aに伴ってオーナーの保証を解除する交渉も並行して必要です。金融機関との協議は、スキームが固まってからではなく、方向性が見えた早い段階で着手すべき工程です。メインバンクを敵に回すと、案件そのものが動かなくなります。
借地権課税と「土地の無償返還に関する届出書」
土地をオーナー側に残し、その上に建つ建物を対象会社が保有したまま譲渡する、あるいはその逆の構成をとる場合、借地権の問題が発生します。法人が個人の土地を借りて建物を所有する場合、権利金の授受がないと、税務上は借地権相当額の贈与を受けたものとして権利金の認定課税が行われる可能性があります。
これを回避するのが「土地の無償返還に関する届出書」です。将来、借地契約が終了した際に土地を無償で返還することを土地所有者と借地人の連名で税務署に届け出ておけば、権利金の認定課税は行われません。中小企業では、オーナー個人の土地に会社の建物が建っているケースが非常に多いにもかかわらず、この届出書が提出されていない、あるいは提出の事実が確認できないという事態が頻繁に起こります。届出の有無は相続税評価にも影響します。無償返還届出書が提出された賃貸借であれば、その土地は自用地としての価額の80%で評価されますが、地代が固定資産税相当額以下で使用貸借と扱われる場合には、この減額を受けられません。オフバランス化の検討と同時に、過去の届出状況と地代の水準を必ず確認してください。
賃貸借契約の設計が買い手評価を左右する
不動産を切り離したうえで対象会社に貸し続ける場合、その賃貸借契約は買い手にとって最重要の契約になります。買い手が確認するのは、①賃料が適正な水準か、②契約期間はどれだけ確保されているか、③貸主側から一方的に解約されるリスクはないか、④将来買い取る選択肢はあるか、の4点です。
賃料は近隣相場に基づく適正額とすることが原則です。相場より高く設定すればオーナーへの利益移転として税務上問題になるうえ、買い手のEBITDAを圧迫して株価を押し下げます。逆に低く設定すれば、オーナー側に受贈益が生じるほか、契約更新時の値上げリスクを買い手が織り込むことになります。契約形態については、期間満了で確定的に終了する定期借家契約(借地借家法38条)よりも、貸主に正当事由がなければ更新を拒絶できない普通借家契約のほうが、拠点の継続性が担保されるため買い手には安心材料となります。加えて、事業拠点としての安定性を担保するため、10年以上の契約期間や、一定期間経過後の買取協議条項を入れる例もあります。「不動産はオーナーに残す」と決めた時点で、賃貸借契約の骨子まで同時に設計しておくことが、後の交渉を滑らかにします。
ポイント
オフバランス化の検討では税務メリットに目が向きがちですが、実際に案件を止めるのは金融機関の担保解除、借地権の整理、賃貸借契約の条件といった論点です。これらは登記簿、金銭消費貸借契約書、過去の税務申告書を確認すれば早期に把握できます。スキーム設計に入る前に、対象不動産の権利関係と担保設定状況を一覧化しておくことをお勧めします。
9. 「不動産を外せば売れる」とは限らない|買い手の企業価値評価への影響
賃料発生でEBITDAが下がり、企業価値も下がる
ここで、オフバランス化を検討するすべてのオーナーに理解していただきたい点があります。不動産を切り離せば株価は確かに下がりますが、それは同時に「これまで無償で使えていた不動産に、これから賃料を払う」ことを意味します。自社所有の本社や工場を使っていた会社が、切り離し後にオーナー側へ賃料を支払えば、その分だけ営業利益とEBITDAが減少します。
そして、買い手が上場企業やファンドの場合、株価はEV/EBITDA倍率などの収益力ベースで算定されます。仮に年間3,000万円の賃料が新たに発生し、買い手の評価倍率が5倍であれば、企業価値は1億5,000万円押し下げられる計算です。以下は簡略化したイメージです。
| 項目 | オフバランス化前 | オフバランス化後 |
|---|---|---|
| EBITDA | 8,000万円 | 5,000万円(賃料3,000万円を控除) |
| 事業価値(EV/EBITDA 5倍) | 4億円 | 2億5,000万円 |
| 不動産の時価純資産への加算 | +2億円(含み益の税引後相当額) | — |
| 買い手が提示しうる株式価値の目安 | 6億円(調達困難で不成立) | 2億5,000万円(成立可能) |
| オーナー側に残るもの | — | 不動産(時価4億円)+年間賃料収入3,000万円 |
なお、上表は有利子負債や運転資本の調整を考慮しない簡略化したイメージです。実際の株式価値は、事業価値に非事業用資産を加算し、そこから純有利子負債を控除して算定します。
この表が示すのは、オフバランス化とは「株価を下げて成約可能にする代わりに、不動産と賃料収入をオーナー側に確保する」取引だということです。株式譲渡代金だけを見れば大幅な減額に見えますが、オーナーの資産全体で見れば必ずしも不利ではありません。
比較すべきは「株価」ではなく「オーナーの手取り総額」
判断を誤らないために必要なのは、「株式譲渡代金の手取り」「不動産の時価(または将来の売却可能額)」「賃料収入の現在価値」「切り離しに要する税・コスト」の4つを合算し、オフバランス化しない場合と比較することです。オフバランス化しない場合の代金は「そもそも買い手が付かない=ゼロ」であることも多く、その場合は比較するまでもありません。しかし、不動産込みでも成約可能な買い手が存在するのであれば、両案を並べて数字で比較すべきです。
特に見落とされやすいのが、不動産をオーナー側に残した後の管理負担と将来の相続です。賃貸物件の管理、修繕、テナント対応が引退後の生活に及ぼす影響、そして不動産のまま相続することによる納税資金の問題は、株式で受け取って現金化する場合とはまったく異なります。数字だけでなく、オーナーの引退後の生活設計と相続方針までを含めて検討することが、この論点の本質です。
ポイント
賃料をいくらに設定するかは、税務上の適正性の問題であると同時に、株価そのものを動かす交渉論点です。賃料を1,000万円下げれば、EV/EBITDA5倍の世界では企業価値が5,000万円上がります。ただし、相場から乖離すれば税務リスクが生じます。鑑定評価や賃料査定に基づく客観的な水準を押さえたうえで、その範囲内でどこに置くかを買い手と協議する——この順序を守ることが重要です。
10. 実行タイミングとM&Aプロセスへの織り込み方
原則は意向表明前に完了させる
オフバランス化は、買い手候補への打診を本格化させる前、遅くとも意向表明書を受領する前までに完了させておくのが原則です。理由は3つあります。
第一に、買い手の信頼です。DDが始まってから資産を移動させると、買い手は「他にも見えていない資産移動があるのではないか」と疑念を抱きます。第二に、税務上の説明力です。M&Aの交渉が具体化した後に組織再編を行うと、事業目的よりも税負担の軽減が主目的だったと見られやすくなります。第三に、単純に時間がかかることです。会社分割であれば債権者保護手続きだけで1ヶ月以上、登記や許認可の対応まで含めれば3ヶ月近くかかることもあり、譲渡スケジュールを圧迫します。
したがって、売却を検討し始めた段階、少なくともクロージング想定の6ヶ月前には、不動産の扱いを決定しておきたいところです。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、譲り渡し側が事前に自社の状況を整理し、条件を明確化しておくことがM&Aの円滑な成立に寄与すると示されています。不動産の切り離しは、まさにその「事前の整理」の中核に位置づけられます。
もう一つ、実行時期の判断に直結する税制上の論点があります。個人株主の譲渡益が高額になる場合、「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」(租税特別措置法41条の19)により追加の所得税が課されます。現行は、基準所得金額のうち3億3,000万円を超える部分に22.5%を乗じた金額が通常の所得税額を上回るときに、その差額を追加納付する仕組みです。これが令和8年度税制改正により、令和9年分以後の所得税については特別控除額が1億6,500万円、税率が30%へと見直されます。数億円規模の譲渡益が見込まれるオーナーにとっては、クロージングがどの年分に属するかで手取りが大きく変わるため、税理士と試算したうえでスケジュールを設計してください(参考:国税庁「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置について」)。
コストを先行させられない場合の折衷案
とはいえ、「M&Aが成立するかも分からない段階で、登録免許税や専門家費用を数百万円かけるのは避けたい」というのが売り手の本音でしょう。この場合の折衷案が、基本合意書の段階でオフバランス化を織り込む方法です。
具体的には、基本合意書において「譲渡実行までに、別紙記載の不動産を対象会社から分離すること」をクロージングの前提条件として明記し、実行自体は独占交渉期間中に行います。買い手は最初から不動産が除外された前提で価格を提示するため、条件のすれ違いも起きません。売り手にとっても、独占交渉権を得て成約可能性が相当程度高まった段階でコストを投じることになり、リスクを抑えられます。この設計をとる場合は、①分離の対象物件を別紙で特定する、②分離の方法と期限を明記する、③分離が完了しない場合の取扱い(前提条件不充足による解除など)を定める、の3点を基本合意書に落とし込んでおいてください。
注意点
オフバランス化を先に実行した場合、切り離し後の決算書はまだ存在せず、買い手には「不動産を除外した想定貸借対照表」を提示することになります。実績値と想定値が混在すると誤解を招くため、分離前後の財務数値の対応表を作成し、賃料負担を反映した修正後の損益計算書とあわせて開示するのが実務上の作法です。この資料の完成度が、買い手の初期評価を大きく左右します。
11. まとめ
不動産の含み益や非事業用資産の存在は、中小企業M&Aが停滞する典型的な原因です。適切なオフバランス化によって、株価を買い手の調達力の範囲に収め、DDの論点を減らし、オーナーの「残したい」という希望も同時に実現できます。本記事の要点を整理します。
- 手法は主に4つ。①オーナー・資産管理会社への売却、②分割型分割、③役員退職金の現物支給、④第三者売却+リースバック。まず「不動産の行き先」を決めれば候補は絞れる
- 会社分割では「残したい不動産を新設会社へ出し、本業を残した元の会社の株式を売る」向きにすることが適格性を維持する条件
- 不動産取得税は要件充足で非課税になり得るが、自社使用不動産では事業実体の確保と都道府県への事前相談が必須。登録免許税は適格でも課税される
- 案件を止めるのは税務よりも、金融機関の担保解除・借地権の整理・賃貸借契約の条件といった実務論点
- 不動産を外せば賃料が発生してEBITDAが下がる。比較すべきは株価ではなくオーナーの手取り総額
- 実行は意向表明前が原則。難しい場合は基本合意書のクロージング前提条件として織り込む
不動産のオフバランス化は、会社法・法人税法・地方税法・借地借家法が複雑に絡み合う領域であり、手法の選択を一つ誤るだけで数千万円単位の税負担やスケジュール遅延を招きます。同時に、買い手がどう評価するかを見通せなければ、切り離した結果かえって条件が悪化することもあります。不動産が原因でM&Aが進まないとお感じの経営者の方は、初期段階でお気軽にご相談ください。
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