株式譲渡・事業譲渡・会社分割の税金を徹底比較|誰に・何が・いくらかかるかを専門家が解説

株式譲渡・事業譲渡・会社分割の税金比較

会社の売却や事業承継、事業の一部切り出しを検討するとき、多くの経営者がまず直面するのが「どのスキームを選ぶと税金の負担が変わるのか」という問題です。株式譲渡・事業譲渡・会社分割は、いずれも事業を第三者やグループ会社へ引き継ぐ代表的な手法ですが、課税される主体(個人か法人か)、課される税目(所得税・法人税・消費税・不動産取得税など)、そして最終的な手残り額が大きく異なります。

本記事は、「株式譲渡と事業譲渡と会社分割で税金がどう違うのか横断的に整理したい」「会社分割の税務(適格・非適格)が難しく理解できない」「税負担を踏まえて手残り額を最大化するスキームを選びたい」という3つの悩みに正面から応えます。3スキームの課税関係を一覧表で比較し、ケース別の計算シミュレーション、「分割型M&A」の実務、そして令和8年度税制改正を反映した最新の留意点まで、専門家の視点で厚く解説します。自社にとって有利なスキームを判断し、専門家に相談する際の勘所をつかめるはずです。

目次

1. 株式譲渡・事業譲渡・会社分割とは|まず押さえる3スキームの違い

税金の話に入る前に、3つのスキームが「法的にどのような取引なのか」を正確に理解しておくことが重要です。なぜなら、課税関係はこの法的性質から論理的に導かれるからです。株式譲渡は「株主の交代」、事業譲渡は「資産の個別売買」、会社分割は「会社法上の組織再編」という根本的な性質の違いが、税目や税率の違いを生みます。

株式譲渡:株主が変わるだけの「包括承継」

株式譲渡とは、対象会社の株主が保有する株式を買い手に売却し、経営権(支配権)を引き渡す手法です。中小企業ではオーナー経営者が全株式を保有しているケースが多く、その場合は全株式を譲渡することで会社まるごとを引き継げます。取引の当事者は「株主」と「買い手」であり、会社そのものは売買の対象ではなく、株主が入れ替わるだけという点が最大の特徴です。

株主が変わるだけなので、会社が保有する資産・負債、取引先との契約、従業員との雇用関係、許認可などはすべてそのまま会社に残ります。これを「包括承継」と呼びます。契約を結び直す必要がなく、許認可も原則として継続するため、手続きの負担が軽く、M&Aで最も多く用いられる手法です。対価は原則として現金で支払われます。

ポイント
株式譲渡は「会社の器」ごと引き継ぐため、簿外債務や偶発債務(未払残業代・係争中の訴訟・環境負債など)もそのまま承継されます。買い手は必ずデューデリジェンス(買収監査)でリスクを洗い出し、売り手は表明保証条項で責任範囲を明確にしておくことが、後のトラブル回避に直結します。

事業譲渡:資産・負債を選んで売買する「個別承継」

事業譲渡とは、会社が営む事業について、それに関連する資産・負債・権利義務を個別に選別して買い手に売却する取引です。譲渡対象を契約で一つひとつ特定して引き継ぐため「個別承継(特定承継)」と呼ばれます。会社の一部の事業だけを切り出して売る、いわば「事業単位」の売買です。

個別承継であるため、資産の移転登記、契約の再締結、従業員の再雇用、許認可の再取得といった手続きが個々に必要になり、株式譲渡に比べて手続きは煩雑です。一方で、買い手にとっては不要な資産や簿外債務を引き継がずに済むというメリットがあり、リスクを限定したい買い手に好まれます。全事業を譲渡しても法人格は売り手に残る点も株式譲渡との大きな違いです。対価は現金が一般的です。

会社分割:組織再編行為として事業を切り出す手法

会社分割とは、会社の事業に関する権利義務の全部または一部を、他の会社に包括的に承継させる会社法上の組織再編行為です。新たに設立する会社に承継させる「新設分割」と、既存の会社に承継させる「吸収分割」に分かれます。さらに、対価である承継会社の株式を「分割会社」が受け取る形を分社型分割、「分割会社の株主」が受け取る形を分割型分割と呼びます。

会社分割は事業譲渡と似ていますが、「組織再編行為」である点が決定的に異なります。事業に関する権利義務を包括的に承継できるため、契約を個別に結び直す必要が原則としてなく、一定の許認可も引き継げます。その代わり、債権者保護手続きや労働者保護手続きといった会社法上の手続きが必要です。この「組織再編」という位置づけが、後述する適格要件を満たせば課税を繰り延べられるという、税務上の大きな特徴につながります。

注意点
会社分割は包括承継のため、事業譲渡と違い簿外債務も承継対象になり得ます。また、債権者保護手続き(官報公告・個別催告)や労働者保護手続き(労働契約承継法に基づく通知・協議)を怠ると手続きが無効になるリスクがあります。会社分割を選ぶ場合は、弁護士を交えたスケジュール管理が不可欠です。

2. 【一覧比較】3スキームの税金は「誰に・何が・いくら」かかるか

3スキームの税金を理解する近道は、「誰に(課税主体)」「何の税金が(税目)」かかるかを俯瞰することです。ここでは株式譲渡・事業譲渡・会社分割を横断した早見表を用意しました。まずは全体像をつかんでください。

課税される「主体」と「税目」の早見表

下表は、各スキームで主に課税される主体と税目を整理したものです。株式譲渡は「株主」に、事業譲渡・会社分割は基本的に「法人(会社)」に課税される点が最大の分かれ目です。

スキーム主な課税主体主な税目対価の受領者
株式譲渡売り手株主(個人/法人)個人:所得税・住民税/法人:法人税等株主
事業譲渡売り手法人・買い手法人売り手:法人税等/買い手:消費税・不動産取得税・登録免許税会社(法人)
会社分割分割会社・買い手(株主)適格:原則課税なし/非適格:法人税等(買い手に流通税)分割会社または株主

消費税・流通税(不動産取得税・登録免許税)の有無

スキーム選択で見落とされがちなのが、消費税と流通税(不動産取得税・登録免許税)です。株式は消費税の非課税取引であり、株式譲渡では消費税がかかりません。一方、事業譲渡は「資産の譲渡」として消費税の課税対象になり、買い手が消費税を負担します。会社分割は組織再編として消費税の不課税取引となり、消費税は発生しません。さらに、不動産を含む場合の流通税も、会社分割には軽減措置がありますが事業譲渡にはありません。

税目株式譲渡事業譲渡会社分割
消費税かからない(非課税)かかる(課税資産に課税)かからない(不課税)
不動産取得税かからないかかる(軽減なし)かかる(要件を満たせば非課税・軽減)
登録免許税かからないかかる(軽減なし・原則2.0%)かかる(軽減措置あり)

ポイント
「株式譲渡=消費税・流通税がかからない」「事業譲渡=買い手に消費税・流通税がかかる」という違いは、買い手の取得コストに直結します。買い手が不動産の多い事業を取得する場合、事業譲渡よりも会社分割や株式譲渡の方がトータルコストを抑えられることが少なくありません。

3. 株式譲渡にかかる税金|個人株主・法人株主で税率が変わる

株式譲渡で課税されるのは、株式を売却して利益(譲渡益)を得た売り手株主です。ここで決定的に重要なのは、株主が「個人」か「法人」かによって、適用される税率も課税の仕組みもまったく異なるという点です。順に見ていきましょう。

個人株主:譲渡所得に一律20.315%(申告分離課税)

個人が非上場株式を譲渡した場合、その譲渡益は「一般株式等に係る譲渡所得等」として、他の所得と分離して課税される申告分離課税の対象です。国税庁のタックスアンサーNo.1463「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」によれば、税率は所得税15%・住民税5%の合計20%です。これに加えて、令和19年(2037年)までは復興特別所得税(所得税額の2.1%)が課されるため、実質的な税率は20.315%となります。

譲渡所得は、「譲渡価額 −(取得費 + 譲渡に要した費用)」で計算します。取得費は株式を取得したときの払込金額や購入代金、譲渡費用にはM&A仲介手数料などが含まれます。分離課税なので、譲渡益がいくら大きくても税率は一定であり、給与所得などと合算して累進課税されることはありません。この「一律20.315%」という税率の低さこそが、個人オーナーにとって株式譲渡が有利とされる最大の理由です。

ポイント
譲渡益が1億円でも10億円でも税率は20.315%のまま変わりません。仮に譲渡益が1億円なら税額は約2,031万円、手残りは約7,969万円が目安です。事業譲渡(法人税実効税率約30%)と比較すると、同じ利益額でも個人株主の株式譲渡の方が手残りは大きくなるのが一般的です。

法人株主:他の損益と通算し実効税率約30%

株主が法人の場合、株式の譲渡益は「益金」として他の事業損益と通算され、法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税・特別法人事業税を合わせた法人税等が課されます。これらを合算した法人実効税率は、企業規模や所在地によって多少変動しますが、資本金1億円超の法人でおおむね約30%(標準的には29.74%程度)が目安です。

個人と異なり分離課税ではないため、同じ事業年度に他の事業で損失が出ていれば譲渡益と相殺でき、決算全体が赤字であればその年度は課税されません。逆に、他に利益が出ていれば譲渡益がそのまま上乗せされて課税されます。法人株主の場合は、株式譲渡でも事業譲渡でも「法人税等」という同じ税目で課税されるため、税率だけを見れば両者に差はありません。この点は、個人株主のケースと大きく異なる重要なポイントです。

取得費が不明なときの「概算取得費5%」の実務

創業から長期間が経過したオーナー企業では、株式の取得費を証明する書類(出資払込の記録や購入契約書など)が見つからないことが珍しくありません。この場合、税法上は「譲渡価額の5%」を概算取得費として計上することが認められています。たとえば2億円で譲渡した株式の取得費が不明なら、1,000万円を取得費とみなして譲渡所得を計算できます。

ただし、これはあくまで実際の取得費が不明の場合の救済措置です。実際の取得費が5%を上回ることを示せる資料(設立時の資本金額、増資の記録、株式購入の証憑など)が見つかれば、そちらを使う方が取得費が大きくなり、譲渡所得=課税対象が小さくなります。つまり、取得費の証拠資料を丁寧に探すこと自体が有効な節税につながります。

注意点
概算取得費5%を安易に使うと、実際の取得費が5%を超えるケースでは税負担が過大になります。特に、過去に増資や株式の買い集めを行っている場合、実際の取得費が大きいことが多いため、過去の決算書・登記簿・払込証明などを必ず確認しましょう。判断に迷う場合は税理士への相談が確実です。

4. 事業譲渡にかかる税金|法人税と消費税・流通税の全体像

事業譲渡は、売り手と買い手の双方に複数の税金が発生する、税務上もっとも「登場する税目が多い」スキームです。売り手には法人税等、買い手には消費税・不動産取得税・登録免許税がかかります。誰に何がかかるのかを分けて理解することが、正確な手残り・取得コストの把握につながります。

売り手:譲渡益に法人税等(実効税率約30%)

事業譲渡の売り手は法人であり、譲渡した事業の資産・負債の差額(のれんを含む譲渡対価と、譲渡資産の簿価との差額)が事業譲渡益として益金に算入されます。これに対して法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税等が課され、実効税率はおおむね約30%です。株式譲渡(個人)の20.315%と比べると税率が高く、これが「個人オーナーは事業譲渡より株式譲渡が有利」と言われる根拠です。

もっとも、事業譲渡益は他の事業損益と通算されるため、繰越欠損金がある会社や、同年度に大きな損失を計上できる会社では、実際の税負担を圧縮できる余地があります。譲渡益が出るタイミングと損失を計上できるタイミングを合わせる「タックスプランニング」が、事業譲渡における税負担マネジメントの要点となります。

消費税:課税資産・非課税資産の線引き

事業譲渡は「資産の譲渡」に該当するため、譲渡対象のうち課税資産について消費税が発生します。買い手が譲渡対価に消費税分を上乗せして支払い、売り手が国に納付する仕組みです。何が課税資産で何が非課税資産かの線引きは、資金計画上きわめて重要です。

区分主な資産の例
課税資産(消費税がかかる)建物・機械などの有形固定資産(土地を除く)、ソフトウェア・特許権・商標権などの無形固定資産、棚卸資産、のれん(営業権)
非課税資産(消費税がかからない)土地、有価証券、売掛金・貸付金などの金銭債権

ポイント
買い手が支払った消費税について仕入税額控除を受けるには、売り手が適格請求書発行事業者として適格請求書(インボイス)を発行することが必要です。事業譲渡の契約前に、売り手の登録状況を必ず確認しましょう。

買い手:不動産取得税・登録免許税・のれんの扱い

事業譲渡で不動産を取得した買い手には、不動産取得税と登録免許税がかかります。不動産取得税は固定資産税評価額に対して課され、税率は原則として土地・住宅が3%、住宅以外の家屋が4%です。なお、宅地については、令和9年(2027年)3月31日まで課税標準を評価額の2分の1とする特例があります。登録免許税は所有権移転登記の際に課され、土地の売買では原則2.0%ですが、軽減措置により一定期間1.5%が適用されます(適用期限は都度延長されるため要確認)。

一方、買い手にとってのメリットが「のれん(営業権)」の扱いです。事業譲渡で取得したのれんは税務上の資産調整勘定として、原則5年間にわたり均等償却でき、その分だけ損金に算入して法人税負担を軽減できます。株式譲渡では買い手にこのようなのれん償却のメリットが生じない(連結や税効果の論点は別)ため、買い手が節税効果を重視する場合には事業譲渡が選好される要因になります。

事業譲渡の税負担を踏まえた売り手・買い手それぞれの判断ポイントは、以下の記事でも整理していますので、参考になさってください。
事業譲渡のメリット・デメリットを徹底解説|売り手・買い手別に整理

5. 会社分割にかかる税金|適格・非適格で課税がまったく変わる

会社分割の税務は3スキームの中でもっとも複雑な領域です。ポイントは、会社分割が「適格分割」に該当するか「非適格分割」に該当するかで、課税関係が正反対と言えるほど変わることです。

適格分割:簿価引継ぎで課税が繰り延べられる

会社分割が税制上の「適格要件」を満たすと適格分割となり、承継させる資産・負債は帳簿価額(簿価)のまま引き継がれます。含み益が実現したとはみなされないため、分割の時点では分割会社に法人税が原則として課されず、課税が将来へ繰り延べられます。株主にも原則として課税は生じません。グループ内再編や、支配関係が継続する再編で活用される、税務メリットの大きい手法です。

適格要件は「企業グループ内の再編(完全支配関係・支配関係)」か「共同事業を行うための再編」かによって細かく定められており、代表的な共通要件として、対価が原則として承継会社(またはその親会社)の株式のみであること(金銭等不交付要件)が挙げられます。現金を対価に含めると、この時点で非適格になるのが一般的です。要件は複雑かつ改正も入るため、実務では必ず税理士・公認会計士による判定が欠かせません。

再編類型主な適格要件(代表例)
完全支配関係(100%)内の分割金銭等不交付要件、分割後の完全支配関係の継続見込み
支配関係(50%超)内の分割金銭等不交付、主要資産・負債の引継ぎ、従業者おおむね80%以上の引継ぎ、事業の継続見込み
共同事業を行うための分割上記に加え、事業関連性、事業規模または経営参画、株式の継続保有見込みなど

非適格分割:時価譲渡として含み益に課税

適格要件を満たさない非適格分割では、承継する資産・負債は「時価」で譲渡したものとして扱われます。その結果、資産の含み益(時価と簿価の差額)が実現したとみなされ、分割会社に法人税等が課税されます。のれん(資産調整勘定)が計上される場合はその分も含めて損益が認識されます。M&Aで第三者に事業を引き渡す会社分割は、支配関係が途切れるため非適格となることが多く、この場合は事業譲渡に近い課税イメージになります

分割型分割で非適格となる場合には、分割会社の株主に対して「みなし配当」が生じ、配当課税と株式譲渡損益の認識が必要になることもあります。誰に・どの段階で・どのような課税が生じるかは、分割の型(分割型か分社型か)と適格・非適格の組み合わせで変わるため、スキーム設計の前段階で税務シミュレーションを行うことが不可欠です。

注意点
「会社分割にすれば必ず節税になる」と考えるのは誤りです。第三者へのM&Aで用いる会社分割は非適格となることが多く、その場合は含み益への課税が生じます。適格・非適格の判定は、金銭等不交付・従業者引継ぎ・事業継続など複数要件の総合判断であり、専門家の関与なしに自己判断するのは極めて危険です。

分割型・分社型の違いと消費税・流通税の扱い

会社分割は、承継会社の株式を「分割会社」が受け取るか「分割会社の株主」が受け取るかで、分社型分割と分割型分割に分かれます。分社型では分割会社が承継会社の株式を保有し子会社化する形になり、株主側の課税は原則生じません。分割型では株主が直接株式を受け取るため、非適格の場合にみなし配当や株式の帳簿価額の付替えといった株主レベルの処理が発生します。M&Aで会社分割を使う際は、この型の選択がその後の税務・支配関係を左右します。

消費税については、会社分割は「非課税取引」であり、消費税は発生しません。この点は、事業譲渡(課税取引)との明確な違いで、多額の課税資産を移す場合の資金負担を回避できます。また、不動産を伴う場合の不動産取得税・登録免許税についても、会社分割は一定要件を満たせば不動産取得税が非課税となり、登録免許税にも軽減措置があります。事業譲渡にはこうした流通税の軽減がないため、不動産の多い事業の移転では会社分割の方が流通コストを抑えられる場合があります。

6. 【シミュレーション】ケース別に手取り額を計算してみる

抽象的な税率の話を、具体的な数字で確認しましょう。ここでは「譲渡対価2億5,000万円・株式取得費1,100万円・M&A仲介手数料2,000万円」という共通の前提で、個人株主の株式譲渡・法人株主の株式譲渡・事業譲渡の3ケースを比較します。同じ取引でも、主体とスキームで手残りが変わることが一目でわかります。

ケースA:個人株主の株式譲渡

個人株主が株式を譲渡した場合、譲渡所得は「2億5,000万円 −(1,100万円 + 2,000万円)= 2億1,900万円」です。これに20.315%の税率をかけると、税額は約4,449万円(所得税等 約3,354万円+住民税 約1,095万円)となります。仲介手数料と税金を差し引いた手残りは、おおむね1億8,551万円が目安です。

項目金額
譲渡対価2億5,000万円
株式取得費1,100万円
M&A仲介手数料2,000万円
譲渡所得2億1,900万円
所得税・復興特別所得税(15.315%)約3,354万円
住民税(5%)約1,095万円
税額合計約4,449万円
手残り(概算)約1億8,551万円

ケースB:法人株主の株式譲渡

株主が法人の場合、譲渡益2億1,900万円は他の損益と通算され、法人税等(実効税率を約30%とすると)約6,570万円が課税されます。手残りは約1億5,330万円が目安で、同じ譲渡益でも個人株主より税負担が大きくなります。ただし、法人の場合は同年度に繰越欠損金や大きな損失があれば通算でき、実際の負担はこれより小さくなることがあります。この「通算できる」点が、分離課税の個人株主との構造的な違いです。

項目金額
譲渡対価2億5,000万円
株式取得費1,100万円
M&A仲介手数料2,000万円
譲渡益2億1,900万円
法人税等(実効税率 約30%で試算)約6,570万円
手残り(概算・通算前)約1億5,330万円

ケースC:事業譲渡(消費税・法人税込み)

事業譲渡では、譲渡益に対して売り手法人に法人税等(実効税率約30%)が課され、税負担のイメージは法人株主の株式譲渡(ケースB)に近くなります。加えて、買い手側には課税資産に対する消費税(標準税率10%)がかかります。たとえば課税資産(建物・機械・のれん等)が1億円分含まれていれば、買い手は1,000万円の消費税を負担します。不動産があれば不動産取得税・登録免許税も上乗せされます。売り手の税率に加え、買い手のコスト増が交渉価格に跳ね返る点まで含めて評価することが重要です。

ポイント
税率だけを単純比較すると「個人株主の株式譲渡が最も有利」となりますが、実際には会社に残したい資産の有無、買い手の資金力、簿外債務リスク、従業員の処遇など金銭以外の要素が絡みます。上のシミュレーションはあくまで出発点であり、自社の実数値での試算を専門家に依頼することをおすすめします。

7. 会社分割+株式譲渡の「分割型M&A」スキームと税務

ここからは、実務スキームを解説します。「会社を売りたいが、一部の資産や事業は手元に残したい」という悩みは中小企業のM&Aで頻出します。これを解決するのが、会社分割と株式譲渡を組み合わせた「分割型M&A」です。

不要資産を切り離して手残りを増やす仕組み

たとえば、本業は売却したいが、会社名義の不動産(社宅・遊休地)やオーナー個人の趣味的資産、あるいは買い手が引き継ぎたくない不採算事業が会社に含まれているとします。このまま株式譲渡すると、買い手はそれらの資産・事業まで抱き合わせで買うことになり、価格が付きにくかったり、そもそも交渉がまとまらなかったりします。

そこで、まず会社分割によって「売りたい事業」と「残したい資産・事業」を別会社に切り分けます。その上で、売りたい事業を持つ会社の株式だけを買い手に譲渡すれば、オーナーは残したい資産を手元(別会社)に確保しつつ、買い手は必要な事業だけをきれいに取得できます。結果として交渉が円滑になり、双方にとって納得感のある取引になりやすいのがこのスキームの利点です。

スキーム設計で押さえる税務・法務の要点

分割型M&Aの成否は、会社分割部分が適格分割となるか、非適格となるかの見極めにかかっています。切り出しの段階でグループ内再編として適格分割を成立させられれば、その時点での課税を繰り延べつつ、最終的な株式譲渡で個人株主が20.315%課税を受ける形に収束させられる可能性があります。逆に設計を誤ると、分割段階で含み益課税が生じ、節税どころか二重に課税されかねません。

また、税務上は「租税回避」と認定されないよう、事業目的の合理性(なぜ分割するのか)を明確にしておくことが重要です。会社法上は債権者保護手続き・労働者保護手続きを適切に踏む必要があり、金融機関の担保・借入の付替え、許認可の承継可否の確認も欠かせません。税務・法務・金融が絡む高度なスキームであるため、弁護士・公認会計士・税理士が一体となって設計することで初めて安全に実行できます。

注意点
分割型M&Aは強力な手法ですが、実行順序(分割が先か譲渡が先か)、対価の設計、分割の型(分社型/分割型)を一つ間違えると想定外の課税を招きます。「不要資産を抜いてから売る」というアイデアだけで進めず、必ず初期段階でスキーム全体の税務シミュレーションを行ってください。

分割型M&Aの前提となる会社分割の法的要件や手続きの流れについては、以下の記事で実務目線から解説しています。
会社分割とは?吸収分割・新設分割の違いと法的要件・手続きの流れを実務目線で解説

8. 税負担だけで決めてはいけない|手残り最大化の意思決定フレーム

実務では、「税率の低いスキームが有利」といった税率だけでスキームを決めると失敗します。ここでは、税負担を含めた総合的な意思決定のフレームを提示します。

税率比較の落とし穴と「実質手残り」の考え方

たしかに、個人株主の株式譲渡(20.315%)は、事業譲渡や法人株主の株式譲渡(実効税率約30%)より税率が低く、単純比較では有利です。しかし、「実質手残り」はスキーム全体で決まります。たとえば、会社に残したい資産があるのに株式譲渡でまるごと売れば、その資産の価値も含めて他人に渡ってしまいます。逆に、事業譲渡で必要な事業だけを高く売れれば、税率が高くても最終的な手残りが大きくなることもあります。

「実質手残り=譲渡対価 − 税金 − 手続コスト − 手放したくなかった価値 + 買い手が払える上限」という発想で、税・非税の要素を合算して比較することが重要です。税率という一要素だけを最適化しても、全体最適にはならないのです。

判断軸株式譲渡が向くケース事業譲渡・会社分割が向くケース
売却範囲会社まるごと引き継いでよい一部の事業・資産だけ切り出したい
税率個人株主で手残りを最大化したい税率より柔軟な切り分けを優先
簿外債務表明保証等でリスク管理できる買い手が債務を一切引き継ぎたくない
許認可許認可を継続させたい再取得の負担を許容できる

簿外債務・許認可・従業員承継まで含めた総合判断

スキーム選択では、税金以外にも判断すべき要素が数多くあります。簿外債務や偶発債務のリスクをどちらが負うか、許認可を継続できるか再取得が必要か、従業員の雇用や労働条件をどう引き継ぐか、取引先との契約を維持できるか、といった論点です。株式譲渡は包括承継でこれらを一括で引き継げる反面リスクも引き継ぎ、事業譲渡は切り分けられる反面手続きが煩雑になります。

特に中小企業では、従業員の雇用維持や取引先との関係が売り手オーナーにとって重要な関心事であることが多く、税負担が多少大きくても「従業員を守れるスキーム」を選ぶ判断も十分に合理的です。税務・法務・労務・事業承継の観点を統合し、オーナーの真の目的(手残り最大化か、雇用維持か、事業存続か)に照らして選ぶことが、後悔しないスキーム選択の鍵となります。

弁護士・公認会計士・税理士が横断的に連携し、税務メリットだけでなく法務リスク・労務・事業承継まで含めた総合的な視点でスキーム設計をすることが重要です。「税率だけでない、実質手残りの最大化」を重視したい経営者の方は、初期段階でのご相談が有効です。

  • 会社まるごと売るのか、一部だけ切り出すのかが明確になっているか
  • 手元に残したい資産・事業があるか(あれば会社分割の検討余地)
  • 株主は個人か法人か(税率と課税の仕組みが変わる)
  • 簿外債務・偶発債務のリスクを誰が負うか整理したか
  • 許認可の承継可否・従業員の処遇を確認したか
  • 税率だけでなく「実質手残り」で複数スキームを試算したか

9. スキーム別に使える節税・税負担軽減の実務ポイント

スキームが決まったら、次は適法な範囲での税負担軽減です。ここでは実務でよく使われる代表的な手法を、行き過ぎると脱税になる点への注意とあわせて解説します。

役員退職金の活用(退職所得控除・1/2課税)

株式譲渡において強力なのが、譲渡対価の一部をオーナーへの役員退職金として支払う方法です。株式の譲渡益は約20%の分離課税ですが、退職金は「退職所得」として、勤続年数に応じた退職所得控除を差し引き、さらに残額の2分の1にのみ課税されるため、税負担を大きく圧縮できます。会社を売却するタイミングで退職金を支給し、純資産を減らして株価(=譲渡対価)を調整することで、全体の税負担を最適化するスキームです。

ただし、不相当に高額な退職金は税務調査で損金算入を否認されるリスクが継続して高い点に注意が必要です。適正額は「最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率」などを目安に算定し、株主総会議事録や退職金規程を整備しておくことが求められます。金額設定は必ず税理士と協議して決めましょう。

注意点
退職金の活用は適法な節税手法ですが、「実態を伴わない退職」や「過大な金額」は否認対象です。代表を退任して実質的に経営から退くこと、適正額の範囲に収めること、規程・議事録などの形式要件を整えることが、否認リスクを避ける三つの条件です。

繰越欠損金・特別損失・のれん償却の活用

法人株主の株式譲渡や事業譲渡では、譲渡益が他の損益と通算されるため、繰越欠損金や特別損失を活用して課税所得を圧縮できます。過去の赤字を繰り越している会社であれば、譲渡益と相殺して税負担を減らせます。ただし、会社分割や組織再編を伴う場合、繰越欠損金の引継ぎには制限があるため、安易な期待は禁物です。

買い手側では、事業譲渡や非適格分割で計上したのれん(資産調整勘定)を原則5年間で均等償却し、その間の法人税負担を軽減できます。買い手にとってはこの償却メリットが取得スキームの選好理由になり、売り手にとっては価格交渉の材料になります。ただし、節税だけを目的に譲渡益を不自然に圧縮する価格設定は、本末転倒であるだけでなく税務リスクも高めるため避けるべきです。

手法主な対象スキーム効果と留意点
役員退職金の活用株式譲渡(個人)退職所得控除・1/2課税で圧縮/過大額は否認リスク
繰越欠損金の通算株式譲渡(法人)・事業譲渡譲渡益と相殺/組織再編では引継ぎ制限あり
のれん償却事業譲渡・非適格分割(買い手)原則5年で損金算入/買い手の節税・価格交渉材料
適格分割の活用会社分割簿価引継ぎで課税繰延/要件充足の判定が必須

事業承継の場面で使える税制や株価対策を含む節税の考え方は、以下の記事でも詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
事業承継にかかる税金の種類と節税対策を徹底解説

10. 令和8年度税制改正を踏まえた最新の留意点

税務の情報は毎年更新されます。古い記事の情報をそのまま鵜呑みにすると、期限を誤認して不利益を被りかねません。ここでは2026年時点の最新の留意点を、公的機関の情報にもとづいて整理します。

事業承継税制(特例措置)の計画提出期限が令和9年9月30日へ延長

非上場株式の贈与税・相続税の納税を猶予・免除する「法人版事業承継税制(特例措置)」は、事業承継を伴うスキーム選択で重要な制度です。中小企業庁の法人版事業承継税制(特例措置)によれば、その前提となる「特例承継計画」の提出期限は、令和8年度税制改正で従来の令和8年3月31日から令和9年(2027年)9月30日まで延長されました。一方、特例措置による贈与・相続そのものの適用期限は令和9年(2027年)12月31日までで、こちらは変更されていません。

つまり、令和9年9月30日までに特例承継計画を都道府県へ提出し確認を受け、令和9年12月31日までに実際の事業承継(贈与・相続)を行う必要があります。第三者へのM&Aを検討している場合でも、親族内承継や従業員承継との比較検討の中でこの制度が選択肢になり得るため、期限を正確に把握しておくことが大切です。古い記事では「令和8年3月まで」と記載されたままのものが多いので注意してください。

ポイント
事業承継税制は納税猶予後も、代表者としての経営継続や株式の保有継続など複数の要件を満たし続ける必要があり、途中で要件を外れると猶予税額に利子税を付して納付することになります。「使えば必ず得」ではなく、将来のM&Aや承継計画と整合するかを含めて、税理士と中長期で設計することが重要です。

流通税の軽減措置の適用期限とインボイス制度

事業譲渡や会社分割で不動産を移転する場合の流通税にも、期限付きの軽減措置があります。宅地の不動産取得税は課税標準を評価額の2分の1とする特例が令和9年3月31日まで適用されるなど、適用期限が定められた措置が複数あります。登録免許税の土地売買に係る軽減税率(1.5%)なども期限付きで、延長の有無は毎年度の税制改正で決まるため、取引実行の時点で最新の適用期限を必ず確認する必要があります。

また、事業譲渡では消費税の観点からインボイス制度への対応が必須です。買い手が仕入税額控除を受けるには売り手からの適格請求書が不可欠であり、売り手が免税事業者・未登録の場合は買い手の税負担が増え、価格交渉に影響します。会社分割・株式譲渡では消費税が発生しないため、この論点は主に事業譲渡で問題になります。税制改正は毎年行われるため、スキーム実行の直前に最新情報を専門家と確認することが、思わぬ不利益を避ける最善策です。

11. まとめ|スキーム選択は税務・法務・事業の総合判断で

株式譲渡・事業譲渡・会社分割は、いずれも事業を引き継ぐ有力な手法ですが、税金の面では次のように整理できます。本記事の要点を振り返りましょう。

  • 株式譲渡は「株主」に課税され、個人株主は一律20.315%、法人株主は実効税率約30%。消費税・流通税はかからない。
  • 事業譲渡は売り手法人に法人税等(約30%)、買い手に消費税・不動産取得税・登録免許税。のれん償却は買い手の節税メリット。
  • 会社分割は適格なら簿価引継ぎで課税繰延、非適格なら時価譲渡で含み益課税。消費税は不課税で、流通税に軽減措置がある。
  • 「会社分割+株式譲渡」の分割型M&Aは、不要資産を残しつつ本業を売る強力なスキームだが、適格・非適格の設計が成否を分ける。
  • 税率だけでなく、簿外債務・許認可・従業員承継まで含めた「実質手残り」で総合判断することが重要。
  • 事業承継税制の特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日、適用期限は令和9年12月31日。流通税の軽減も期限付きで要確認。

どのスキームが最適かは、株主構成、残したい資産の有無、買い手の事情、そしてオーナーが何を最も大切にするかによって変わります。税率の低さだけを追うと、手放したくなかった価値や引き継ぎたかった雇用まで失いかねません。税務・法務・労務・事業承継を横断した専門家の視点で、初期段階からシミュレーションを行うことが、後悔のないM&A・事業承継につながります。

【参考・引用(一次情報)】
・国税庁 タックスアンサー No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税):https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm
・中小企業庁 法人版事業承継税制(特例措置):https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html

執筆者

京都大学経済学部在学中、旧司法試験合格。最高裁判所司法研修所を経て弁護士登録(日本弁護士連合会・東京弁護士会)。その後、京都大学経営管理大学院修了(MBA)。
長島大野常松法律事務所を経て独立し、千代田中央法律事務所を設立。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)では国際化支援アドバイザーとしても活動。上場企業の組織再編、IPO法務DD、スタートアップの資本政策支援、再生型M&Aなど、法務・戦略両面からの総合支援に実績を持つ。