「後継者がいないまま、そろそろ引退も考えたい」「会社を売りたいが、何から手をつければいいのか分からない」「大切に育てた会社を、損をせず・信頼できる相手に託したい」——会社売却を検討し始めた経営者の多くが、こうした不安を抱えています。会社売却(M&A)は一生に一度あるかどうかの大きな意思決定であり、手続きは複数の専門領域(法務・税務・財務)にまたがるため、全体像が見えにくいのが実情です。
本記事では、会社売却の手続きと流れを全8ステップに整理し、各ステップで売主が具体的に「何を・いつ・どう」対応すべきかを、実務の視点から丁寧に解説します。あわせて、株式譲渡・事業譲渡・会社分割といったスキーム別の手続きの違い、成約までにかかる期間、必要書類、費用・税金、そして「売却前の準備チェックリスト」「クロージング後のPMI(統合)」「よくある失敗と回避策」まで、最新の公的データ(2025年の後継者不在率、令和8年度の事業承継・M&A補助金)を踏まえて網羅します。読み終える頃には、自社が今どのステップにいて、次に何をすべきかが明確になっているはずです。
1. 会社売却とは?手続きの前に押さえる基礎知識
会社売却の意味と「株式譲渡」が中心となる理由
会社売却とは、会社の所有権(株式)を第三者に譲渡し、その対価を受け取る取引を指します。実務上、中小企業の会社売却の大半は「株式譲渡」というスキームで行われます。オーナー経営者が保有する株式(=経営権)を買い手に譲り渡すことで、会社を「まるごと」引き継いでもらう方法です。
株式譲渡が選ばれる最大の理由は、手続きの簡便さにあります。会社という法人格はそのまま存続するため、取引先との契約、従業員の雇用、事業に必要な許認可などを原則としてそのまま引き継げます。買い手にとっては事業を止めずに承継でき、売り手にとっても「従業員の雇用を守りたい」「取引先に迷惑をかけたくない」という思いを実現しやすい手法です。会社売却=株式譲渡が原則であると理解したうえで、後述するように事業譲渡や会社分割といった選択肢も状況に応じて検討する、というのが実務の基本的な考え方になります。
一方で、株式譲渡は会社の資産・負債を「包括的に」引き継ぐため、簿外債務(帳簿に載っていない債務)や偶発債務も買い手に移転します。買い手はこのリスクを避けるためにデューデリジェンス(後述)を徹底するので、売り手側も自社のリスクを事前に把握しておくことが重要になります。
会社売却と事業譲渡の違い
「会社売却」と混同されやすいのが「事業譲渡」です。両者は取引の対象・手続き・税務のいずれも大きく異なります。株式譲渡(会社売却)は株式=会社全体が移転対象であるのに対し、事業譲渡は会社の中の特定の事業や資産だけを切り出して譲渡します。
手続き面では、株式譲渡が株式譲渡契約の締結と株主名簿の書き換えで完了する比較的シンプルなものであるのに対し、事業譲渡は資産・負債・契約を一つひとつ個別に移転する必要があります。取引先との契約は再締結、従業員は転籍(本人の同意が必要)、不動産は移転登記、許認可は取り直しが原則です。そのため、事業譲渡は手続きに時間と手間がかかります。税務面でも、株式譲渡は個人株主に約20.315%の分離課税、事業譲渡は法人に法人税(実効税率約30〜40%)と消費税がかかるなど、扱いが異なります。
ポイント:「会社を売る」=株式譲渡とは限りません
「会社ごと売りたい」なら株式譲渡、「一部の事業だけ手放したい」「不採算事業を切り離したい」なら事業譲渡が向いています。買い手が簿外債務リスクを嫌って事業譲渡を提案してくるケースもあり、スキームによって手取り額(税引後)が大きく変わります。
スキームは売り手・買い手双方の利害と税務が絡むため、初期段階で弁護士・税理士に相談し、税引後の手取りベースで比較検討することをおすすめします。
なぜ今、会社売却が増えているのか(最新データ)
近年、会社売却(M&A)は「身売り」というネガティブなイメージから、後継者問題の解決策・成長戦略の一手段へと位置づけが変化しています。その背景にあるのが、深刻な後継者不足です。帝国データバンクの調査によれば、2025年の全国の後継者不在率は50.1%で、前年から2.0ポイント低下し7年連続で改善したものの、依然として企業の約半数が後継者未定という状況です。特に小規模企業では57.3%と高く、中小企業ほど後継者問題が深刻であることが分かります。
また同調査では、2025年に代表者交代を行った企業のうち、血縁によらない「内部昇格」が36.1%と、これまで最多だった「同族承継」(32.3%)を初めて上回り、事業承継の“脱ファミリー化”が進んでいます。親族内での承継が難しくなるなか、第三者への会社売却(M&A)は、雇用と事業を次世代に引き継ぐ現実的な選択肢として確実に広がっています。国も後述の補助金やガイドライン整備で後押ししており、会社売却を検討する環境は年々整いつつあります。
加えて、会社売却の動機そのものも多様化しています。かつては後継者不在や業績悪化による“身売り”が中心でしたが、近年は「大手企業の傘下に入って成長を加速させたい」「創業者利益を確定させて次の挑戦に移りたい」「個人保証から解放されたい」といった前向きな目的での売却が増えています。特にオーナー経営者にとって、金融機関からの借入に付された個人保証(連帯保証)は大きな精神的負担であり、会社売却によってこれが買い手へ引き継がれ保証から解放されることは、廃業では得られない大きなメリットです。会社売却は「終わり」ではなく、経営者と会社の双方にとって新しい未来へのバトンタッチだと捉える経営者が増えているのです。
出典:全国「後継者不在率」動向調査(2025年)/帝国データバンク
2. 会社売却の手続き・流れ【全体像を8ステップで把握】
売却プロセスは大きく4つのフェーズに分かれる
会社売却の手続きは、大きく「①準備フェーズ → ②マッチング・交渉フェーズ → ③最終契約・クロージングフェーズ → ④統合(PMI)フェーズ」の4つに分かれます。多くの人が「買い手が見つかってから」を売却の中心だとイメージしますが、実際には成否の大半は最初の準備フェーズで決まります。売主が主導権を握れるかどうかは、事前準備の質にかかっているのです。
以下に、会社売却の標準的な流れを全8ステップで示します。案件によって順序が前後したり、一部が並行して進んだりすることはありますが、全体像として押さえておけば、自社が今どの段階にいるのかを見失わずに進められます。
会社売却の全8ステップ一覧
| # | ステップ | 主な内容 | 所属フェーズ |
|---|---|---|---|
| ① | 目的整理・企業価値把握 | 売却目的の明確化、株主・財務の整理、企業価値の把握と向上 | 準備 |
| ② | アドバイザーの選定 | 仲介・FA・士業など相談先の選定と契約 | 準備 |
| ③ | 相手探し(ソーシング) | ノンネームシート作成、NDA締結、IM開示、候補の絞り込み | 準備 |
| ④ | トップ面談・条件交渉 | 経営者同士の面談、意向表明書の受領、基本条件の交渉 | 交渉 |
| ⑤ | 基本合意書の締結 | 価格・スキーム・スケジュール等の骨子合意(原則非拘束) | 交渉 |
| ⑥ | デューデリジェンス対応 | 買い手による財務・法務・税務等の調査への対応 | 最終契約 |
| ⑦ | 最終契約書の締結 | 表明保証・コベナンツ等を盛り込んだ最終契約(DA)の締結 | 最終契約 |
| ⑧ | クロージング | 決済(代金支払)と株式の引き渡し、名義書換 | クロージング |
ポイント:「準備が9割」——最初のフェーズに時間をかける
会社売却は、買い手探しよりも前の「準備」で結果がほぼ決まります。株主構成の整理や資料の整備が不十分なまま交渉に入ると、買い手に足元を見られ、価格や条件で不利になりがちです。
理想は、売却の意思が固まった段階(できれば実行の1〜2年前)から準備に着手すること。焦って進めるほど選択肢が狭まる、と覚えておきましょう。
3. 【ステップ①〜③】準備フェーズ:売却の成否を分ける事前準備
ステップ①:売却目的の明確化・企業価値の把握と向上
最初にやるべきは、「なぜ会社を売るのか」「売却で何を実現したいのか」という目的の明確化です。後継者不在の解決なのか、創業者利益(売却益)の獲得なのか、事業のさらなる成長なのか。目的によって、優先すべき条件(価格・雇用維持・自身の処遇・スピードなど)や、ふさわしい買い手像が変わってきます。目的が曖昧なまま進めると、交渉の途中で判断がぶれ、最適でない相手や条件で妥結してしまうリスクが高まります。
次に重要なのが、自社の企業価値を売主自身が把握しておくことです。買い手は必ず価格を提示してきますが、売主が自社の適正価値を理解していなければ、その提示額が妥当かを判断できず、不当に安い金額で合意してしまいかねません。中小企業の実務では、簡易的に「時価純資産額+営業利益×2〜5年分(年倍法)」で相場観をつかむことが多く、成長性の高い企業ではDCF法(将来キャッシュフローを現在価値に割り引く方法)も用いられます。
同時に、企業価値を「高める」施策にも着手します。収益性の改善、不要資産の処分、属人化した業務の仕組み化、簿外債務や係争リスクの解消などは、いずれも買い手からの評価を押し上げます。逆に、これらを放置したまま交渉に入ると、デューデリジェンスで問題が発覚し、値引き(減額)や破談の原因になります。
ポイント:企業価値評価は「複数手法」で立体的に把握する
年倍法はあくまで目安です。実際の交渉では、純資産をベースにするコストアプローチ、類似上場企業と比較するマーケットアプローチ、将来収益に着目するインカムアプローチ(DCF法)を組み合わせて、自社の価値を立体的に把握しておくと、買い手の提示額を冷静に評価できます。
特に、独自技術・ブランド・優良顧客基盤といった「無形資産」は簿価に表れません。これらを言語化・資料化しておくことが、高値売却の鍵になります。
ステップ②:M&Aアドバイザー(相談先)の選定
会社売却は法務・税務・財務・交渉が複雑に絡むため、専門家(M&Aアドバイザー)のサポートを受けるのが一般的です。相談先には、売り手と買い手の間に立つ「M&A仲介会社」、売り手または買い手の一方につく「FA(ファイナンシャル・アドバイザー)」、税務・法務を担う「士業(税理士・公認会計士・弁護士)」、オンラインで相手を探す「M&Aマッチングサイト」などがあります(詳しくは第13章で比較します)。
アドバイザー選びでは、料金体系だけでなく、自社の業種・規模の支援実績、担当者の経験、そして「誰の利益のために動くのか」という立場を確認することが重要です。国は支援の質を担保するため「M&A支援機関登録制度」を設けており、後述の補助金を使う場合は登録済みのFA・仲介業者への依頼が要件となります。契約前には、中小企業庁の中小M&Aガイドラインに沿った説明(手数料の内訳・専任条項・テール条項など)がなされているかも必ずチェックしましょう。
ステップ③:相手探し(ノンネームシート・NDA・IM)
アドバイザーが決まると、いよいよ買い手候補を探します。まず、社名が特定されないよう業種・地域・規模・売却理由などを匿名でまとめた「ノンネームシート(ティーザー)」を作成し、これを候補企業に打診します。関心を示した候補が現れたら、情報漏洩を防ぐために「秘密保持契約(NDA)」を締結し、そのうえで会社の詳細情報を記載した「IM(インフォメーション・メモランダム/企業概要書)」を開示します。
候補企業のリストは、幅広く挙げた「ロングリスト」から、自社の希望に合う先へと「ショートリスト」に絞り込んでいきます。ここで売主が意識すべきは、条件を提示できる複数の候補と並行して接触し、比較検討できる状態を作ることです。1社だけと交渉すると足元を見られやすく、価格・条件面で不利になりがちです。
買い手候補の探し方には、大きく「相対(あいたい)方式」と「入札方式」があります。相対方式は、特定の1社(または少数)と個別に交渉を進める方法で、機密性を保ちやすく、じっくり信頼関係を築ける反面、価格競争が働きにくいという特徴があります。一方の入札方式は、複数の候補に同時に条件を提示させて競わせる方法で、価格が高くなりやすい反面、情報が広く出回るため漏洩リスクは相対的に高まります。どちらが適するかは、会社の規模・業種・売却の緊急度・機密保持の必要性によって異なります。
中小企業では相対方式が中心ですが、優良企業で複数の買い手が見込める場合は、限定的な入札方式によって条件を引き上げられることもあります。この選択もアドバイザーと相談しながら、自社の状況に合わせて設計することが重要です。
注意点:情報漏洩は取引を壊す最大のリスク
「会社を売るらしい」という噂が社内外に広がると、従業員の不安・離職、取引先の取引縮小、金融機関の態度硬化を招き、企業価値そのものが毀損します。最悪の場合、取引が破談になります。
NDAの締結は当然として、社内で情報を共有する範囲は必要最小限に絞り、資料の受け渡しも管理された方法で行うなど、徹底した情報管理を心がけてください。従業員への開示タイミングは、原則としてクロージング前後に慎重に設計します。
4. 【ステップ④〜⑤】マッチング・交渉フェーズ:相手探しから基本合意まで
ステップ④:トップ面談・意向表明書・条件交渉
IMを見て買収に前向きな候補が現れたら、経営者同士が直接顔を合わせる「トップ面談」を行います。これは価格を交渉する場ではなく、経営理念・企業文化・従業員や取引先への思い・売却後のビジョンなどをすり合わせ、相互の信頼関係を築く場です。中小企業のM&Aでは、「この人になら会社を任せられる」という経営者同士の相性が、最終的な意思決定を大きく左右します。
面談を経て買い手が買収意欲を固めると、希望価格・スキーム・スケジュール・従業員の処遇などを記した「意向表明書(LOI)」が提示されることがあります。売主はこの内容を検討し、条件面の交渉を行います。ここで、準備フェーズで把握した自社の企業価値や、交渉における優先順位(価格を最優先するのか、雇用維持や自身の処遇を重視するのか)が効いてきます。優先順位が明確であれば、譲れる条件と譲れない条件を切り分けて、効率的に交渉を進められます。
ステップ⑤:基本合意書(LOI/MOU)の締結
基本条件の大枠が固まると、「基本合意書(MOU)」を締結します。これは売買価格・スキーム・スケジュール・独占交渉権などの“骨子”を確認する文書で、この後のデューデリジェンスや最終契約の土台になります。ただし、基本合意書は、原則として法的拘束力を持ちません(独占交渉権や秘密保持など一部条項を除く)。記載された価格も、この後のデューデリジェンスの結果によって変更されうる暫定的なものです。
とはいえ、基本合意の内容はその後の交渉に強く影響します。特に「独占交渉権」を付与すると、一定期間は他の候補と交渉できなくなります。売主としては、独占期間の長さ、価格の前提条件、デューデリジェンスの範囲など、自社に不利な項目が紛れ込んでいないかを弁護士とともに丁寧に確認したうえで締結すべきです。
注意点:基本合意=ゴールではない。価格は「まだ動く」
基本合意で提示された価格は確定額ではありません。この後のデューデリジェンスで簿外債務や係争リスクなどが見つかれば、減額交渉が入るのが通常です。「基本合意した金額で必ず売れる」と考えるのは危険です。
独占交渉権を安易に長期で与えると、他候補との比較機会を失います。付与する場合も期間は必要最小限にとどめ、進捗が滞れば見直せる建て付けにしておきましょう。
5. 【ステップ⑥〜⑧】最終契約・クロージングフェーズ:DDから引き渡しまで
ステップ⑥:デューデリジェンス(DD)への対応
基本合意後、買い手は対象会社を精査する「デューデリジェンス(DD/買収監査)」を実施します。調査領域は、財務DD(公認会計士)、法務DD(弁護士)、税務DD(税理士・会計士)が中心で、規模や業種に応じてビジネスDD、人事DD、不動産DD、知財DD、ITDDなどが加わります。買い手は委託した専門家を通じて、大量の資料提出依頼や役員・従業員へのヒアリングを求めてきます。
それぞれのDDが見るポイントは異なります。財務DDは、決算書の数字が実態を反映しているか、正常収益力(実力ベースの利益)はどの程度か、運転資本や純有利子負債の水準はどうかを精査します。法務DDは、株式の権利関係が明確か、重要契約にチェンジオブコントロール条項(支配権移転時に契約解除できる条項)がないか、労務・訴訟リスクはないかを確認します。税務DDは、過去の申告に誤りや否認リスクがないか、買収後の課税関係はどうなるかを調べます。売主は、どの領域でどんな指摘が来るかを事前に想定し、指摘されうる事項について「事実関係」と「対応方針」をセットで準備しておくと、交渉を有利に運べます。
売主にとってDDは、通常業務を続けながら膨大な資料対応をこなす負担の大きい局面です。ここでの対応の巧拙が、価格の維持と信頼構築を左右します。資料の抜け漏れや回答の遅れ、ネガティブ情報の後出しは、買い手の不安を増幅させ、減額や破談の引き金になります。準備フェーズで資料を整理し、想定される指摘には対応策をあらかじめ用意しておくことが、DDをスムーズに乗り切るコツです。
ポイント:DDでの「減額指摘」には根拠を持って対抗する
買い手はDDで見つけたリスクを理由に価格を下げようとします。しかし、その指摘が過大であったり、既に対応済みの事項であったりすることも少なくありません。指摘の内容を正確に理解し、根拠を持って反論・交渉することで、不当な減額を防げます。
そのためには、買い手側の専門家に対抗できる売主側の専門家(弁護士・会計士)を味方につけることが有効です。売主に専門家がいないと、情報と交渉力の非対称が生じ、一方的に不利な条件を飲まされがちです。
ステップ⑦:最終契約書の締結(表明保証・コベナンツ)
DDが完了すると、その結果を踏まえて最終条件を詰め、「最終契約書(DA/株式譲渡契約書など)」を締結します。最終契約書は会社売却の“仕上げ”にあたる最重要文書で、価格・支払方法だけでなく、以下のような条項が盛り込まれます。
- 表明保証:財務内容や法令遵守など、開示情報が真実である旨を売主が表明・保証する条項。虚偽があれば補償責任を負う。
- コベナンツ(誓約事項):クロージング前後に売主・買い手が果たすべき義務(重要資産の維持、競業避止など)。
- クロージングの前提条件:許認可の取得、重要契約先の同意取得(チェンジオブコントロール条項への対応)など、決済実行のために満たすべき条件。
- 補償条項:表明保証違反などが生じた場合の損害賠償の範囲・上限・期間。
これらの条項は分量が多く複雑で、売主にとって不利な内容(過度な表明保証・長期の競業避止など)が含まれることも少なくありません。内容を正しく理解し、必要に応じて修正を求める交渉が不可欠です。ここは法務の専門性が最も問われる場面であり、弁護士の関与が事実上必須といえます。
注意点:表明保証は「後から効いてくる」条項
表明保証や補償条項は、クロージング後にトラブルが発覚した際の責任の所在を決めます。範囲が広すぎたり、補償の上限・期間の設定が不利だったりすると、売却代金を受け取った後に多額の賠償を求められるリスクがあります。
「早く終わらせたい」と内容を精査せずに署名するのは禁物です。表明保証保険の活用など、リスクをコントロールする手段も含めて弁護士と検討しましょう。
ステップ⑧:クロージング(決済・引き渡し)
最終契約で定めた前提条件がすべて満たされると、「クロージング」を迎えます。株式譲渡の場合、買い手が売却代金を支払い、売主が株式を引き渡し、株主名簿の名義書換を行うことで取引が完了します。譲渡制限株式であれば、取締役会または株主総会での譲渡承認、役員変更登記なども必要です。スキームや取引条件によっては、債権者保護手続きや独占禁止法上の届出(一定規模以上の場合)に一定の期間を要するため、逆算してスケジュールを組みます。
クロージングは最終契約と同時に行う場合もありますが、上記の準備に時間が必要なため、最終契約から数週間〜数か月後に設定するのが一般的です。売主は契約違反を問われないよう、クロージング日までに自らが果たすべき義務(コベナンツ)を計画的に履行しておく必要があります。決済が完了すれば、法的な会社売却は成立です。
6. スキーム別に見る手続きの違い【株式譲渡・事業譲渡・会社分割の比較】
会社売却と一口に言っても、用いるスキームによって手続きの負荷・期間・税務が大きく変わります。ここでは代表的な3つのスキームを比較します。競合記事では手法の紹介にとどまりがちですが、実務では「手続きの重さ」と「税引後の手取り」の両面で比較することが重要です。
3つのスキームの手続き・期間・税務の比較
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|---|
| 対象 | 株式(会社全体) | 特定の事業・資産 | 事業に関する権利義務の一部/全部 |
| 手続きの負荷 | 軽い(契約+名義書換) | 重い(資産・契約を個別移転) | 中程度(分割手続き+債権者保護) |
| 許認可・契約 | 原則そのまま承継 | 取り直し・再締結が必要 | 承継可能な場合が多い |
| 従業員 | 雇用契約は原則維持 | 転籍に本人同意が必要 | 労働契約承継法の手続きが必要 |
| 主な税金 | 個人:約20.315%の分離課税 | 法人税+消費税 | 原則法人税(適格なら課税繰延) |
| 簿外債務 | 承継する | 選別して切り離せる | 対象範囲を限定できる |
| 向くケース | 会社をまるごと承継 | 一部事業の売却・不採算切離し | 組織再編を伴う承継 |
自社に合うスキームの選び方
中小企業の会社売却では、手続きが簡便で税負担も比較的軽い株式譲渡が第一候補になります。ただし、買い手が簿外債務リスクを避けたい場合や、特定の事業だけを譲りたい場合は事業譲渡が、複数事業のうち一部を切り出して承継させたい場合は会社分割が適することもあります。重要なのは、額面の売買価格ではなく「税引後に手元に残る金額」と「手続きにかかる時間・手間」を総合して判断することです。
スキームは売り手と買い手の利害が対立しやすいポイントでもあります。買い手は事業譲渡(リスク遮断)を望み、売り手は株式譲渡(税負担が軽く手続きも簡便)を望む、といった構図がよく生じます。ここで税務・法務の専門家が入ることで、双方が納得できる着地点を見つけやすくなります。
ポイント:「額面価格」ではなく「税引後の手取り」で比較する
同じ売買価格でも、株式譲渡(分離課税約20.315%)と事業譲渡(法人税+消費税、さらに受け取った法人から個人へ資金を移す際に追加課税)とでは、最終的に手元に残る金額が大きく異なります。
スキーム選択は税額に直結します。基本合意より前の早い段階で、税理士に複数パターンの税額シミュレーションを依頼し、手取りベースで最適なスキームを選びましょう。
7. 会社売却にかかる期間の目安とスケジュール
成約まで半年〜1年、準備を含めると数年
会社売却にかかる期間は案件によって幅がありますが、アドバイザーに依頼してから成約(クロージング)まで、一般的には半年〜1年程度が目安です。相手がなかなか見つからない場合はさらに長期化することもあります。加えて、企業価値を高めるための事前準備まで含めると、腰を据えて取り組む場合は数年単位のプロジェクトになります。各段階のおおまかな期間感は以下のとおりです。
| フェーズ | 期間の目安 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 準備 | 1か月〜数年 | 目的整理、企業価値把握・向上、株主・資料の整理 |
| アドバイザー選定 | 2週間〜1か月 | 相談先の比較・契約 |
| 相手探し〜基本合意 | 2〜6か月 | ノンネーム打診、NDA、IM開示、面談、条件交渉 |
| DD〜最終契約 | 1〜3か月 | デューデリジェンス対応、最終条件交渉、契約締結 |
| クロージング | 数週間〜数か月 | 前提条件の充足、決済・引き渡し |
期間を短縮するためのポイント
期間を左右する最大の要因は、実は「準備の質」です。株主構成が整理され、決算書や契約書などの資料が揃い、想定されるリスクへの対応策が用意されていれば、相手探しからDD・契約までがスムーズに進みます。逆に、準備不足のまま進めると、DDで問題が続出して交渉が停滞し、期間が延びるうえに価格も下がりがちです。「急がば回れ」で、事前準備に時間を投じることが、結果的に最短ルートになります。
ポイント:経営者の体力・気力があるうちに動き出す
会社売却は数か月〜数年にわたる長丁場で、経営者自身が多くの意思決定と資料対応を担います。高齢化や体調悪化が進んでから慌てて動くと、十分な準備ができず、足元を見られて安値売却になりがちです。
「まだ元気なうち」「業績が好調なうち」こそ、最も有利な条件で売れるタイミングです。健康・業績・市場環境がそろっているときに検討を始めましょう。
8. 会社売却の手続きで必要な書類一覧
会社売却では、各段階で多くの書類が必要になります。事前に整理・準備しておくことで、相手探しやDDが円滑に進み、企業としての信頼性・透明性も高く評価されます。ここでは株式譲渡(譲渡制限のある未上場株式)を前提に、段階別の主な書類を整理します。
準備・打診段階で必要な書類
| 区分 | 主な書類 |
|---|---|
| 会社の基本情報 | 登記簿謄本(履歴事項全部証明書)、定款、株主名簿、組織図 |
| 財務関連 | 過去3期分の決算書(貸借対照表・損益計算書)、税務申告書、勘定科目内訳明細書 |
| 事業関連 | 事業計画書、主要取引先一覧、売上内訳(顧客別・セグメント別)、許認可の一覧 |
| 人事関連 | 従業員名簿、役員略歴、就業規則、賃金台帳 |
DD・契約・クロージング段階で必要な書類
| 区分 | 主な書類 |
|---|---|
| 契約・法務 | 重要な取引契約書、賃貸借契約書、借入・保証関連書類、係争関連資料 |
| 資産関連 | 固定資産台帳、不動産の権利証・評価資料、知的財産権の登録関連 |
| M&A手続書類 | 秘密保持契約書、意向表明書、基本合意書、最終契約書(株式譲渡契約書) |
| クロージング書類 | 株式譲渡承認請求書・承認議事録(取締役会/株主総会)、株主名簿書換請求書、株主名簿 |
ポイント:資料の「正確さ」と「早さ」が信頼を生む
買い手は、資料が整い・回答が速く・オーナーが正直な会社を高く評価します。逆に、資料の不備や回答の遅延、ネガティブ情報の後出しは、企業価値そのものへの不信につながります。
特に株主名簿は最新の状態にしておくことが重要です。名義株や所在不明株主が残っていると、クロージング直前に手続きが頓挫する原因になります。早い段階で株主関係を確定させましょう。
9. 会社売却でかかる費用と税金
売却にかかる費用(仲介手数料・FA・DD費用)
会社売却には、主にアドバイザーへの手数料と、専門家への実費が発生します。仲介・FAの成功報酬は、取引金額に応じた「レーマン方式」で計算されるのが一般的です。レーマン方式とは、取引金額を段階(例:5億円以下の部分は5%、5億円超10億円以下は4%…)に分け、各段階の料率を掛けて合算する方式で、金額が大きいほど限界料率が下がる仕組みです。多くの場合、「最低報酬額」が設定されているため、小規模なM&Aでは料率よりも最低報酬額が実質的な負担になる点に注意が必要です。このほか、着手金や中間金がかかる場合もありますが、近年は完全成功報酬制(成約まで無料)のマッチングサイトも増えています。売主自身がDDや税務のセカンドオピニオンを取る場合は、その専門家費用も見込んでおきます。
| 費用項目 | 目安・内容 |
|---|---|
| 仲介・FA手数料 | レーマン方式(取引金額の数%)。最低報酬額の設定に注意 |
| 財務・税務DD費用 | 売主側でセカンドオピニオンを取る場合に発生(数十万〜数百万円) |
| 法務費用(弁護士) | 契約書レビュー・交渉支援。関与範囲により変動 |
| 登記費用等 | 役員変更登記など(スキームにより発生) |
売却益にかかる税金(株式譲渡・事業譲渡)
株式譲渡で個人株主が株式を売却した場合、譲渡所得に対して合計20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%+住民税5%)が課税されます。株式の譲渡所得は他の所得と分離して計算する「申告分離課税」です。計算式は「譲渡所得=売却価格−(取得費+譲渡費用)」で、取得費が不明な場合は売却価格の5%を概算取得費とできます。一方、法人株主による株式譲渡や事業譲渡では、売却益に法人税等(実効税率約30〜40%)が課税され、事業譲渡ではさらに消費税の対象となる資産があります。
出典:No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)/国税庁
ポイント:税額はスキームで大きく変わる——早めの税務シミュレーションを
個人が株式譲渡で得た利益は約20.315%の分離課税で済むのに対し、法人が事業譲渡で得た利益は法人税がかかり、さらにその資金を個人が受け取る際に追加の課税が生じることがあります。同じ価格でも手取りが大きく変わります。
取得費の算定、退職金の活用による節税など、打ち手は複数あります。基本合意より前の段階で税理士に相談し、税引後の手取りを最大化する設計を行いましょう。
使える公的支援:事業承継・M&A補助金(最新)
会社売却を検討する中小企業・小規模事業者は、国の「事業承継・M&A補助金」を活用できる場合があります。中小企業庁が公表した令和8年度の15次公募では、M&Aに係る専門家(FA・仲介)費用、デューデリジェンス費用、セカンドオピニオン費用、表明保証保険料などを補助する「専門家活用枠」が設けられています。売り手支援類型では補助上限600〜800万円、さらに令和8年度から新設された「小規模売り手支援類型」では補助率2/3・補助上限450万円が用意されています(いずれも要件あり)。
15次公募の申請受付期間は令和8年6月19日〜7月24日17時(予定)とされています。申請は電子申請(Jグランツ)のみで、GビズIDプライムアカウントの取得(2〜3週間程度かかる)が必須です。補助を受けるには、M&A支援機関登録制度に登録されたFA・仲介業者に依頼することが要件となる点にも注意してください。公募回次ごとに要件・期間は変わるため、必ず公式サイトで最新情報を確認しましょう。
出典:事業承継・M&A補助金(15次公募)公募要領の公表/中小企業庁
ポイント:補助金は「締切」と「事前準備」がカギ
補助金は公募期間が限られ、GビズIDの取得にも時間がかかります。使う可能性があるなら、公募開始を待たずにアカウント取得や必要書類の準備を進めておきましょう。
補助対象経費や補助率は公募回次・類型によって細かく異なります。自社が対象になるか、どの類型が有利かは、登録支援機関や専門家に早めに確認するのが確実です。
10. 売主が主導権を握るための「売却前準備」チェックリスト
会社売却は、買い手主導で進みやすい取引です。買い手は専門家を擁して情報を精査し、条件を提示してきます。これに対し、売主が受け身のまま進めると、価格・条件で不利になりがちです。売主が主導権を握るために、交渉に入る前にやっておきたい準備を実務チェックリストにまとめました。競合記事があまり具体化していない領域なので、ここを押さえるだけで有利に進められます。
売却前にやっておくべき7項目
- ① 売却目的・優先順位の明確化:価格・雇用維持・自身の処遇・スピードのうち、何を最優先するかを言語化する。
- ② 株主構成の整理:名義株・所在不明株主・少数株主を洗い出し、必要に応じて事前に株式を集約しておく。
- ③ 企業価値の把握:複数手法で自社の適正価値を試算し、無形資産(技術・ブランド・顧客基盤)を資料化する。
- ④ 財務・法務資料の整備:決算書・契約書・許認可・人事資料を整理し、いつでも開示できる状態にする。
- ⑤ 簿外債務・偶発債務の洗い出し:未払残業代、保証債務、係争リスクなどを事前に把握し、対応策を用意する。
- ⑥ 個人資産と会社資産の分離:オーナー個人の資産・貸付金・保証を整理し、会社と切り分けておく。
- ⑦ 収益性の改善・不要資産の処分:直前の業績を安定させ、遊休資産・不採算部門を整理して魅力を高める。
特に注意したい「株主の整理」と「簿外債務」
この7項目のうち、実務で頓挫の原因になりやすいのが「株主の整理」と「簿外債務」です。買い手は通常、株式を100%取得したいと考えます。ところが、過去に発行した名義株や、相続で分散した少数株主、連絡の取れない所在不明株主が残っていると、全株を集約できず取引が成立しません。しかも、こうした株主の整理は時間がかかるため、売却を決めてから慌てて動いても間に合わないことが多いのです。売却を意識した時点で、まず株主構成を確定させることが先決です。
簿外債務も同様に重要です。未払残業代、退職給付の積立不足、債務保証、税務リスク、進行中の紛争などは、DDで必ず論点になります。事前に自ら洗い出し、可能なものは解消し、残るものは対応策と説明を用意しておけば、DDでの減額指摘を最小化できます。「隠す」のではなく「先に開示し、対策を示す」姿勢が、結果的に信頼と価格を守ります。
注意点:ネガティブ情報は「後出し」が最も危険
DDで想定外のネガティブ情報が発覚すると、買い手の不信感は一気に高まり、大幅な減額や破談につながります。売主が事前に把握し、正直に開示・説明できていれば、むしろ信頼が高まります。
自社の弱点・リスクを直視し、対応策とセットで整理しておくこと。これが、売主が主導権を握るための最も実務的な準備です。
11. クロージング後こそ本番:PMI(統合)を見据えた売主の関与設計
PMI(統合後プロセス)とは何か
会社売却はクロージングで完了、と考えられがちですが、買い手にとってM&Aの成否が決まるのはむしろその後です。PMI(Post Merger Integration=統合後プロセス)とは、クロージング後に売り手企業と買い手企業を実質的に統合し、当初期待したシナジーを実現していく取り組みを指します。組織・人事制度・業務プロセス・システム・企業文化などを段階的にすり合わせる、地道で重要な作業です。
PMIがうまくいかないと、キーパーソンの離職、従業員の士気低下、取引先の離反などが起き、買収の価値が損なわれます。そのため近年の買い手はPMIを重視しており、売主にも一定期間の関与・引き継ぎ協力を求めるのが一般的です。売主にとっても、PMIが成功して従業員や事業が円滑に承継されることは、「会社を良い形で託せた」という当初の目的の実現そのものです。競合記事の多くはPMIに触れませんが、売主としても理解しておく価値の高いテーマです。
実務では、PMIは「クロージング後100日」を一つの目安に、短期プランと中長期プランに分けて進められます。短期プランでは、給与・人事制度、経理・システム、各種規程といった“土台”の統合と、従業員・取引先への丁寧な説明を優先的に行い、混乱と不安を最小化します。中長期プランでは、営業・調達・研究開発などでのシナジー創出、企業文化の融合、ガバナンス体制の整備などに、腰を据えて取り組みます。国も統合を後押ししており、前述の事業承継・M&A補助金には、PMIの専門家活用や設備投資を支援する「PMI推進枠」が設けられています。売主が引き継ぎに前向きに協力することは、こうした統合を円滑にし、ひいては従業員や取引先を守ることに直結します。
ロックアップ・引継ぎ期間と売主の関与
売却後、売主(オーナー経営者)が一定期間、会社に残って経営や引き継ぎに関与することを求められるケースは多く、これを「ロックアップ(キーマン条項)」と呼びます。買い手は、オーナーの人脈・ノウハウ・従業員との信頼関係が事業価値の源泉である場合、その流出を防ぐためにロックアップを設定します。期間は数か月〜数年とさまざまで、この間の役割・報酬・退任条件は最終契約で定められます。
ここで重要なのは、「売却後どう関わりたいか(すぐ引退したいのか、しばらく経営に関与したいのか)」という売主自身の希望を、交渉の早い段階で明確にしておくことです。希望を伝えないまま進めると、「すぐ辞めたかったのに数年拘束される」「引き継ぎに関わりたかったのに即退任を求められた」といったミスマッチが起こります。引き継ぎ計画・関与期間・処遇は、価格と並ぶ重要な交渉条件だと捉えましょう。
ポイント:「売って終わり」ではなく「託して活かす」視点で設計する
売主が円滑な引き継ぎに協力すれば、従業員の雇用も取引先との関係も守られ、PMIが成功しやすくなります。それは、大切に育てた会社を良い形で次につなぐという、売主本来の目的にかなうことでもあります。
自身の関与期間・役割・退任後のビジョンを早期に言語化し、買い手と共有しておきましょう。引き継ぎ設計まで見据えて交渉することが、後悔のない会社売却につながります。
12. 会社売却でよくある失敗・トラブルと回避策
会社売却は経験のない経営者がほとんどで、同じような失敗が繰り返されがちです。代表的なトラブルと、その回避策を押さえておきましょう。
情報漏洩・従業員離反を防ぐ
最も多いトラブルの一つが、売却検討の情報が想定外に漏れることです。「会社が売られるらしい」という噂は、従業員に強い不安を与え、優秀な人材ほど早く離職します。取引先が取引縮小に動いたり、金融機関が態度を硬化させたりすることもあります。結果として企業価値が下がり、交渉が不利になったり破談したりします。回避策は、情報を知る範囲を経営トップと最小限の関係者に限定し、NDAを徹底し、従業員への公表はクロージング前後に丁寧な説明とセットで行うことです。
価格・条件で不利にならないための交渉姿勢
もう一つ多いのが、価格・条件面での失敗です。1社としか交渉せず比較材料がない、自社の企業価値を把握していないため提示額の妥当性を判断できない、基本合意の価格で確定と思い込みDDでの減額に無防備、最終契約の不利な条項を精査せず署名する——いずれも、準備不足と専門家不在が原因です。回避策は、複数候補と並行交渉して比較する、事前に企業価値を把握する、売主側の専門家(弁護士・会計士)を立てて情報と交渉力の非対称を埋めることです。
注意点:「仲介会社がついているから安心」とは限らない
M&A仲介会社は売り手と買い手の間に立つため、取引の“成立”を優先する側面があります。売主の利益最大化だけを目的に動くわけではない点は理解しておくべきです。
特に価格や契約条件で自社の利益を守りたい場面では、売主の立場に立つFAや弁護士など「売主側の専門家」を別に確保することが有効です。誰が自分の味方なのかを見極めましょう。
13. 手続きを有利に進めるための相談先の選び方(仲介とFAの違い)
M&A仲介・FA・士業・マッチングサイトの違い
会社売却の相談先にはいくつかの種類があり、それぞれ立場と得意領域が異なります。自社の規模・目的・重視する点に応じて、適切に組み合わせることが重要です。
| 相談先 | 特徴・立場 | 向いているケース |
|---|---|---|
| M&A仲介会社 | 売り手と買い手の間に立ち成約を支援。中小M&Aで主流 | 幅広く相手を探し、成約まで一貫支援を受けたい |
| FA(アドバイザー) | 売り手または買い手の一方につき、その利益最大化を助言 | 価格・条件で自社の利益を強く守りたい |
| 士業(弁護士・会計士・税理士) | 法務・税務・財務の専門業務を担当 | 契約・DD・税務の専門的サポートが必要 |
| M&Aマッチングサイト | オンラインで相手を探索。完全成功報酬制が多い | コストを抑えつつ自分で相手を選びたい |
売主の利益を最大化する相談先とは
相談先選びで押さえたいのは「その専門家は誰の利益のために動くのか」という視点です。仲介会社は中立的な立場で成約を目指すため、価格を最大化したい売主の意向と必ずしも一致しないことがあります。売主の利益を徹底して守りたいなら、売主側に立つFAや弁護士を確保するのが有効です。実際、法務・税務・財務の専門家(弁護士・公認会計士・税理士)がワンストップで売主側に立つ体制は、買い手側の専門家に対抗し、情報と交渉力の非対称を埋めるうえで大きな力になります。
ポイント:契約前に「手数料の内訳」と「専任・テール条項」を確認
アドバイザーとの契約では、成功報酬の計算方法(レーマン方式の料率・最低報酬額)、着手金・中間金の有無、専任条項(他社に依頼できるか)、テール条項(契約終了後も報酬が発生する期間)を必ず確認しましょう。
中小M&Aガイドラインは、これらを明確に説明することを支援機関に求めています。説明が曖昧な相手は避け、書面で内訳を確認することが、後のトラブル防止につながります。
14. まとめ:会社売却は「準備」が9割
会社売却の手続きと流れを、全8ステップと実務のポイントから解説してきました。最後に、要点を整理します。
- 会社売却は「準備 → マッチング・交渉 → 最終契約・クロージング → PMI」の流れで進み、標準的には成約まで半年〜1年、準備を含めると数年かかる。
- 成否の大半は最初の準備フェーズで決まる。株主の整理・企業価値の把握・資料整備・簿外債務の洗い出しを、交渉に入る前に済ませておくことが、主導権を握る鍵。
- スキーム(株式譲渡・事業譲渡・会社分割)によって手続きの負荷と税務が大きく変わる。額面価格ではなく「税引後の手取り」で比較する。
- 税金(個人の株式譲渡は約20.315%)や費用、活用できる事業承継・M&A補助金(令和8年度15次公募)など、お金まわりは早めに専門家と設計する。
- 買い手主導になりやすい取引だからこそ、売主側に立つ専門家を確保し、DD・最終契約・PMIまで見据えて交渉することが、後悔のない売却につながる。
会社売却は、経営者にとって会社と自身の人生を左右する大きな決断です。だからこそ、「知る」ことから始め、信頼できる専門家とともに計画的に準備を進めることが何よりも大切です。後継者不在や将来への不安を抱えている方も、まずは自社の現状と選択肢を整理するところから、はじめの一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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