事業承継と廃業を徹底比較|メリット・デメリット・損得シミュレーションまで解説

事業承継vs廃業、どちらを選ぶべきか?

経営者の引退時期が近づくにつれ、「後継者がいないから廃業するしかない」と考えている方は少なくありません。あるいは、業績は黒字なのに「もう続けるのが体力的に限界」と悩み、廃業と事業承継の選択で迷っている方もいるでしょう。実際には、廃業した企業の5〜6割が黒字だったというデータもあり、多くの経営者が本来は事業承継できたにもかかわらず廃業を選んでいる現実があります。

本記事では、事業承継と廃業それぞれのメリット・デメリット、手取り金額の損得シミュレーション、場面別の判断チェックリスト、さらにM&A以外の「第三の選択肢」まで、経営者が引退を検討する際に知っておくべき情報を網羅的に解説します。

目次

1. 事業承継と廃業とは?基本の違いを整理

事業承継とは

事業承継とは、会社や個人事業の経営を後継者に引き継ぐことです。経営者が引退・高齢化などの理由で事業から退く際、後継者を選んで経営権や資産・負債を移転することで、会社や事業を存続させます。後継者の選び方によって、主に次の3種類に分類されます。

  • ①親族内承継:経営者の子供や親族を後継者とする
  • ②親族外承継(MBO):会社の役員・従業員を後継者とする
  • ③M&Aによる第三者承継:外部の企業・個人に経営権を譲渡する

後継者が見つかりにくいケースが増える中、近年はM&Aによる第三者承継が急速に普及しています。中小企業庁の「2024年版中小企業白書」でも、M&Aが事業承継の重要な手段として明示されています。

廃業とは

廃業とは、経営者の判断で自主的に事業活動を停止し、会社や個人事業を終了させることです。債務を整理し、資産を清算して法人格(または個人事業の登録)を消滅させる行為です。廃業は倒産とは異なります。倒産は債務超過や資金ショートにより経営の継続が不可能になる状態を指し、法的整理(破産・民事再生等)が伴います。一方、廃業は経営者が自ら意思決定する行為であり、黒字の状態でも行うことができます。

倒産・清算・解散との違い

廃業に関連する用語は混同されがちですが、以下のように整理できます。

用語意味
廃業経営者の意思による事業停止の決断(広義の概念)
解散会社を消滅させる手続き開始の意思決定(法律用語)
清算解散後に財産・債務を整理して法人格を消滅させる手続き
倒産債務超過・資金ショートによる経営不能状態(倒産≠廃業)
休業法人格は残したまま事業活動を一時停止した状態

廃業という経営者の意思決定の後、解散・清算という手続きが行われます。「廃業=解散+清算のプロセス」と理解すると分かりやすいでしょう。

2. 深刻化する廃業の現実――黒字企業の半数が選ぶ「もったいない廃業」

年間5万社超が休廃業・解散している

東京商工リサーチの調査によると、2023年に休廃業・解散した企業は5万1,510件(東京商工リサーチ「2023年『休廃業・解散企業』動向調査」)と、依然として高水準で推移しています。比較対象として、同年の倒産件数は約9,000件程度であり、倒産よりも5〜6倍もの企業が「自主的な廃業・解散」を選んでいる計算になります。

中小企業庁が毎年公表する中小企業白書でも、経営者の高齢化と後継者不足が廃業増加の主因として繰り返し指摘されています。特に60代・70代の経営者が最も多い層として廃業を選択しており、高齢化が廃業件数を押し上げているといえます。

廃業企業の約5〜6割が黒字という衝撃のデータ

廃業というと、経営不振に追い込まれた企業が行うイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、実態は大きく異なります。

東京商工リサーチ「2023年『休廃業・解散企業』動向調査」によると、休廃業・解散した企業のうち、直前期で当期純利益が黒字だった企業は54.7%に上ります。また、中小企業庁「2024年版中小企業白書」でも、休廃業企業の約6割が黒字で廃業していると指摘されています。

つまり、廃業を選んだ企業の半数以上は、事業そのものに問題があるわけではなく、「後継者が見つからない」「高齢で体力的に限界」「M&Aや事業承継のことをよく知らない」といった理由から廃業を選んでいるのです。これを「黒字廃業」と呼び、社会的にも大きな問題として取り上げられています。

ポイント
黒字廃業は、中小企業経営者がM&Aや事業承継という選択肢の存在を知らないまま廃業に至るケースが多いです。自社が黒字であっても「後継者がいないから廃業しかない」と判断する前に、M&Aや事業承継の専門家に一度相談することを強くお勧めします。黒字企業は買い手候補が見つかりやすく、事業承継によって引退後に相当の売却益を得られる可能性が十分あります。

中小企業が廃業を選んでしまう4つの理由

黒字にもかかわらず廃業を選ぶ背景には、次の4つの主要な理由があります。

①経営者の高齢化と引退の意思
帝国データバンクの調査では、廃業を決意したきっかけとして「経営者の高齢化」を挙げた企業が最も多く、約4割を占めます。元々「自分の代で会社をたたむ」という意思を持っていた経営者も少なくなく、廃業を所与の前提として捉えているケースも見られます。

②後継者が見つからない
帝国データバンク「2023年版全国企業の後継者不在率」によると、後継者不在率は53.9%(2023年)であり、依然として半数超の中小企業が後継者未定の状況にあります。親族・社内に適切な後継者候補がいないと、事業承継を諦めて廃業を選択してしまいます。

③事業承継・M&Aに関する知識・情報の不足
M&Aという言葉は知っていても、「大企業同士の話」「仲介手数料が高額」「手続きが複雑」といった誤解から、中小企業の経営者がM&Aを自分の選択肢として検討しないケースは多くあります。実際には中小企業向けのM&A仲介サービスは普及しており、数千万〜数億円規模のM&Aも日常的に成約しています。

④準備に時間がかかるという誤解・焦り
一般に親族内承継や従業員承継には5〜10年の準備期間が必要と言われています。しかし、M&Aによる第三者承継では、案件によっては3〜12カ月程度で成約に至るケースも多くあります。「もう準備する時間がない」と早合点して廃業を選ぶ前に、M&Aという選択肢を検討することが重要です。

3. 廃業のメリット・デメリット

廃業のメリット

①手続きが比較的シンプル
廃業の手続き自体は、後継者の選定・育成・交渉・統合プロセスなどが不要で、定められた清算手続きを踏むだけです。特に、個人事業主の場合は比較的手続きが少なく済みます。ただし、法人の場合でも、清算手続き自体は決して単純ではなく、弁護士・税理士・司法書士などの専門家サポートが必要です。

②経営から完全に解放される
廃業を選べば、会社の今後を一切心配することなく、完全に経営から離れられます。事業承継で会社が存続していると、経営者として退いた後も会社の行方が気になってしまうこともあります。健康上の理由から一刻も早く事業から離れたい場合、廃業が現実的な選択となることがあります。

③将来の事業リスクから解放される
業界の先行きが不透明、競合激化が予想されるなど、事業の将来性に不安がある場合は、廃業によってその後のビジネスリスクを一切引き受けずに済みます。赤字が続いており改善が見込めない場合も、廃業は早期損切りの観点から合理的な選択肢となりえます。

廃業のデメリット

①従業員の雇用が失われる
廃業すると会社が消滅するため、全従業員を解雇せざるを得ません。長年共に事業を支えてきた従業員の生活を断ち切ることになり、精神的にも大きな負担です。解雇予告手当などの費用も発生します。また、廃業計画を従業員に早期に知らせると、事業収束前に離職者が増えて事業運営に支障が出るリスクもあるため、タイミングに慎重な配慮が必要です。

②廃業にもコストがかかる
廃業はコストゼロではありません。主に以下の費用が発生します。

  • 解散・清算結了の登記費用:4万〜5万円程度
  • 官報公告料:3〜4万円
  • 在庫・設備の処分費用:業種・規模によって大きく異なる
  • 原状回復費用(賃貸物件がある場合):数十万〜数百万円規模も
  • 弁護士・税理士・司法書士への報酬:数十万〜数百万円

③のれん代(営業権)が現金化されない
廃業では、ブランド力・顧客基盤・特許・技術ノウハウといった無形の価値は一切現金化されません。残った有形資産を個別に売却するだけになりますが、事業として一体で売れる場合より低く評価されることがほとんどです。M&Aによる事業承継と比較した場合、最終的な手取り額が大幅に少なくなる可能性が高いです。

④取引先・顧客への影響
廃業すると、取引先や顧客はサプライチェーン上のパートナーを失います。特に、自社が重要な供給者・受注者である場合、廃業は取引先の事業に深刻な影響を与え、信頼を損なうことにもなります。地域に密着した医療・介護・食品などの事業であれば、地域住民・利用者への影響も無視できません。

注意点
廃業コストを過小評価するのは危険です。「会社をたたむだけだからお金はかからない」と思っている経営者も多いですが、実際には設備処分・原状回復・士業費用・退職金などで数百万円単位のコストが発生することがあります。廃業を決断する前に、専門家(弁護士・税理士)に廃業費用の見積もりを依頼することをお勧めします。

廃業を選ぶべきケース

廃業が適しているのは、次のようなケースです。

  • 事業の将来性が乏しく、買い手が見つかりにくいと専門家に判断された場合
  • 健康上の理由などで速やかに事業から離れる必要があり、交渉・統合プロセスへの参加が困難な場合
  • 負債が大きく、清算後に残余財産がほとんどない場合
  • 従業員がほとんどおらず、廃業による社会的影響が最小限で済む場合
  • 元々「自分の代で事業を終える」という強い意思があり、事業存続にこだわりがない場合

4. 事業承継(M&A)のメリット・デメリット

事業承継のメリット

①売却益(キャッシュ)を手に入れられる
M&Aによる事業承継では、株式譲渡や事業譲渡の対価として売却益を受け取ることができます。特に、株式譲渡の場合、譲渡所得に対して20.315%の課税(所得税・住民税・復興特別所得税)がかかりますが、廃業時に資産を個別処分するよりも最終的に手元に残る金額が大きくなるケースがほとんどです。経営者の老後資金を一括で確保できる点は、廃業にはない大きなメリットです。

②のれん代(営業権)を現金化できる
廃業では評価されない「ブランド力・顧客基盤・技術ノウハウ・取引先との関係」といった無形価値(のれん代・営業権)が、M&Aでは企業価値として評価されます。業種や業績によって異なりますが、のれん代は概ね営業利益の2〜5年分が目安とされており、売上規模の大きな企業ほどのれん代の金額も大きくなります。

③従業員の雇用を守れる
M&Aで会社が存続すれば、従業員の雇用も原則として守られます。買い手企業との交渉次第で、雇用条件の維持を条件として盛り込むことも可能です。廃業によって従業員に解雇通知を出す精神的・社会的負担を回避できます。従業員を大切に思う経営者にとって、これは大きな安心材料となります。

④会社・ブランド・事業を存続させられる
長年培ってきた技術・ブランド・取引先との関係が次世代に継承されます。地域に根ざした事業を続けてきた場合、廃業による地域経済・社会への影響も最小化できます。特に医療・介護・食品・伝統産業など、地域社会に不可欠なサービスを提供している企業では、事業承継による社会的価値の継続が重要です。

⑤経営者保証の解除が進む
2023年に改訂された「経営者保証に関するガイドライン」や、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(2023年改訂版)」では、M&Aに伴う経営者保証の解除が推進されています。買い手企業が経営者保証を引き継ぐことで、売り手側の経営者が個人保証から解放されるケースが増えており、引退後の生活リスクを軽減できます。

事業承継のデメリット・注意点

①時間がかかる可能性がある
M&Aによる事業承継の場合、着手から成約まで平均6〜12カ月程度かかることが多いです。案件の規模・業種・買い手の条件によっては、さらに長引くこともあります。早め(引退の2〜3年前)から準備を始めることが重要です。「まだ引退は先」と思っているうちに、体力・判断力が低下して選択肢が狭まるリスクもあります。

②希望条件での売却が保証されない
買い手が見つからない、あるいは希望の売却価格に届かないケースも存在します。専門家(M&Aアドバイザー)を選ぶ際には、自社の業種・規模の実績が豊富な会社を選ぶことが成功率を高めます。また、企業価値を事前に把握しておくことで、現実的な価格設定と交渉が可能になります。

③PMI(経営統合)のリスク
M&A成立後、売り手・買い手双方にとって最も難しいのがPMI(Post Merger Integration:統合後の管理プロセス)です。異なる企業文化や人事制度、業務システムの統合がうまくいかないと、従業員の離職や業績悪化を招くリスクがあります。M&A成立前から統合計画を立て、買い手企業と丁寧にすり合わせることが重要です。特に従業員への説明・コミュニケーションは早期かつ丁寧に行うことが、PMI成功の鍵です。

④情報漏洩のリスク管理が必要
M&Aの交渉過程では、自社の財務・顧客情報などを買い手候補に開示します。守秘義務契約(NDA)の締結と、専門家を介した適切な情報管理が不可欠です。また、早期に社内・取引先に情報が漏れると、従業員の動揺や取引先の不信感につながるリスクがあるため、情報開示の範囲とタイミングを慎重に管理する必要があります。

注意点
M&A成立はゴールではなく、PMI(統合後の管理)がむしろスタートです。従業員や取引先が混乱しないよう、M&A成立前から統合計画を策定し、買い手企業との間で雇用条件・役員処遇・組織体制などを丁寧に協議しておくことが、M&Aを本当の成功に導く鍵となります。弁護士や専門家の関与により、契約書で保護すべき事項を明確にしておくことも重要です。

事業承継を選ぶべきケース

  • 事業が黒字または経営が安定しており、将来性がある場合
  • 自社独自の技術・ノウハウ・特許・顧客基盤などの強みがある場合
  • 従業員が複数おり、雇用を守りたいという思いが強い場合
  • 引退後の老後資金を手厚く確保したい場合
  • 親族・社内に後継者はいないが、事業を継続させたい場合
  • まだ引退まで2〜5年以上の余裕があり、交渉に対応できる体力がある場合

5. 廃業vs事業承継 ~手取り金額シミュレーション

廃業の場合の手取り計算

廃業では、以下の計算式で経営者の手元に残る資産が決まります。

【廃業時の手取り額(概算)】
手取り額 ≒ 残余財産(資産合計 − 負債合計 − 廃業費用) × (1 − 税率)

廃業費用の主な内訳は、設備・在庫処分費・原状回復費・登記・官報公告費・士業報酬・解雇予告手当・退職金などです。規模によっては総額数百万円に上ることもあります。

また、廃業時に会社に残った現預金を株主(経営者)が受け取る場合、「みなし配当」として最大50.84%の税率(総合課税)が適用されるリスクがあります(資本金等の額を超えた残余財産の分配分)。このため、実際に手元に残る金額は想定より大幅に少なくなることがあります。

M&Aによる事業承継の場合の手取り計算

M&Aでは、次の計算式が目安となります。

【M&A(株式譲渡)時の手取り額(概算)】
売却額 ≒ 純資産額 + のれん代(≒ 営業利益 × 2〜5年分)
手取り額 ≒ 売却額 × (1 − 20.315%)

のれん代(営業権)の計算方法は業種によって異なりますが、一般的には「営業利益(またはEBITDA)× 2〜5倍」が相場です。サービス業・IT業などは高めに評価され、製造業・建設業などは比較的低めの評価となる傾向があります。

なお、株式譲渡の場合、売却益(譲渡所得)に対して一律20.315%の申告分離課税が適用されます。廃業時のみなし配当(最大50.84%の総合課税)と比べて大幅に低い税率であることも、M&Aの手取りが有利な大きな理由の一つです。

ケーススタディ:営業利益2,500万円の中小企業の場合

以下は、営業利益2,500万円・純資産5,000万円の中小企業を例にした概算シミュレーションです。

比較項目廃業の場合M&A(株式譲渡)の場合
純資産額5,000万円5,000万円
のれん代(営業権)-(評価されない)7,500万円(利益×3年)
廃業費用△1,000万円不要
売却・手取り前の総額4,000万円1億2,500万円
税金(概算)△約2,000万円(みなし配当等)△約2,541万円(20.315%)
経営者の手取り(概算)約2,000万円約9,959万円
差額M&Aが約7,959万円多い

※上記はあくまでも概算シミュレーションであり、実際の税額や条件は個別事情によって大きく異なります。正確な試算は税理士・M&Aアドバイザーにご相談ください。

ポイント
税務上の重要ポイントとして、廃業時の残余財産分配は「みなし配当」として総合課税の対象になる場合があります(最大税率約50.84%)。一方、M&Aによる株式譲渡は申告分離課税(一律20.315%)が適用されるため、税負担が大幅に軽くなる傾向があります。この税務上の差異だけでも、M&Aを優先的に検討すべき大きな理由となります。専門家に相談することで、より有利なスキームを選択できる可能性があります。

6. 廃業か事業承継か?場面別判断チェックリスト

チェックリストの使い方

以下のチェックリストは、廃業か事業承継かを判断する際の参考として活用してください。どちらか一方のチェックが多いからといって必ずその選択が正解とは限りません。最終的には、M&Aアドバイザーや弁護士などの専門家に相談のうえ、総合的に判断することが重要です。

注意点
チェックリストを使っても「どちらとも言えない」という結論になることも多いです。自己判断で廃業を決める前に、M&Aアドバイザーや事業承継・引継ぎ支援センター(全国各都道府県に設置)に無料相談することを強くお勧めします。専門家の目で企業価値を評価してもらうことで、思いがけず高値での成約につながるケースも多々あります。

廃業を検討すべきシグナル

以下の項目に多く当てはまる場合、廃業の選択が現実的かもしれません。

  • ☐ 事業が数年連続で赤字であり、改善の見通しが立たない
  • ☐ 業界の市場規模が縮小しており、将来性が乏しい
  • ☐ 特定の顧客・取引先に過度に依存しており、喪失リスクが高い
  • ☐ 設備・技術が老朽化しており、後継者が投資負担に耐えられない
  • ☐ 経営者個人の健康上の理由で、交渉・統合プロセスへの参加が困難
  • ☐ 大きな負債があり、清算後に残余財産がほとんどない
  • ☐ 従業員がほとんどおらず、廃業による社会的影響が最小限
  • ☐ 元々「自分の代で事業を終える」という強い意思がある

事業承継・M&Aを優先すべきシグナル

以下の項目に多く当てはまる場合、事業承継(M&A)を優先的に検討してください。

  • ☐ 事業が黒字または経営が安定している
  • ☐ 自社独自の技術・ノウハウ・特許・顧客基盤がある
  • ☐ ブランド力や地域での知名度がある
  • ☐ 従業員が複数おり、雇用を守りたい
  • ☐ 引退後の生活資金を十分に確保したい
  • ☐ 取引先との長年の関係を継続してほしい
  • ☐ 親族・社内に後継者はいないが、M&Aを検討したことがない
  • ☐ まだ引退まで2〜5年以上の余裕がある

7. 事業承継の種類と特徴

親族内承継

親族内承継は、経営者の子供や親族を後継者に選ぶ手法です。日本では最も伝統的な手法であり、かつては事業承継の大半を占めていました。経営者の親族であれば、従業員・取引先も納得しやすく、会社の文化や方針が継続されやすいという特徴があります。ただし、後継者となる親族が経営者として適切な人材であるか、また承継する意思があるかが大きな課題です。後継者が決まっても、経営者として育成するには一般に5〜10年の時間が必要とされます。また、相続・贈与に伴う税務上の手続き(事業承継税制の活用等)も重要な検討事項です。

親族外承継(従業員・役員へのMBO)

親族外承継は、自社の役員・従業員を後継者とする手法です。MBO(マネジメント・バイアウト)とも呼ばれ、既存の経営陣や従業員が会社を買い取って経営権を引き継ぎます。業務内容・社風・取引先との関係を熟知した人材が後継者になるため、引き継ぎがスムーズです。しかし、後継者が株式取得のための資金を調達しなければならないため、資金調達(金融機関融資・中小企業投資育成株式会社の活用など)が課題となることが多いです。また、後継者として育成するための期間が必要であり、早めの準備が重要です。

M&Aによる第三者承継

M&Aによる第三者承継は、社外の企業・個人(買い手)に経営権を譲渡する手法です。株式譲渡・事業譲渡・会社分割などのスキームがあります。最大のメリットは、親族・社内に後継者がいなくても事業を継続できることです。また、売り手(経営者)が売却益(のれん代含む)を受け取れる点も大きな特徴です。近年は、中小企業向けのM&A仲介会社が増え、マッチングの機会が大幅に拡大しました。成約までの期間も、他の手法と比べて短いケースが多く、引退を急ぐ経営者にとっても現実的な選択肢です。

比較項目親族内承継親族外承継(MBO)M&A(第三者承継)
後継者候補親族役員・従業員外部企業・個人
売却益原則なし原則なしあり(のれん代含む)
準備期間5〜10年5〜10年6〜12カ月(比較的短期)
適しているケース適切な後継者親族がいる場合有能な幹部社員がいる場合後継者不在・売却益を得たい・早期に引退したい場合

8. 第三の選択肢:アライアンス・資本業務提携という経営継続の手段

なぜ「廃業か事業承継か」の二択だけではないのか

「廃業か事業承継(M&A)か」という二択だけで考えている経営者は多いですが、実はそれ以外にも会社・事業を継続する選択肢があります。その一つが、アライアンス(業務提携・資本業務提携)です。アライアンスとは、複数の企業が合併・買収という全面的な経営権の移転ではなく、協力関係を結んで互いの経営資源を活用する手法です。完全な売却ではないため、経営者が経営権の一部を保持しながら外部のパートナー企業の支援を受けることができます。M&Aに踏み切る前の「試し」として活用されるケースも増えています。

資本業務提携・業務提携で経営を継続する方法

業務提携
特定分野(販売・製造・技術・人材等)で協力関係を結ぶ手法です。資本の移動はなく、比較的手続きが簡便で経営の独立性を保ちやすいです。販路拡大・コスト削減・技術補完などを目的に活用されます。

資本業務提携
相手先企業が一部出資(少数株式取得)するとともに、特定分野での業務協力を行う手法です。出資を受けることで財務の安定化が図れるとともに、提携先の経営資源(人材・技術・ネットワーク)を活用できます。完全買収と異なり、現経営者が主体的に経営を続けながら、パートナー企業の支援を受けられる点が大きな特徴です。

たとえば、後継者不在の中小企業が大手企業と資本業務提携を結び、大手から経営幹部を送り込んでもらいながら自社ブランドを維持するというケースがあります。また、中小企業同士が経営統合前に業務提携を行い、相性を確認した後でM&Aに移行するというパターンも増えています。

アライアンス活用が向いているケース

  • 経営者がすぐに引退せず、もう数年は現役を続けたい場合
  • 完全に会社を手放すことへの抵抗感がある場合
  • 特定の経営課題(人材不足・販路拡大・資金調達等)を外部支援で解決したい場合
  • 段階的に事業承継を進めたい場合(まずアライアンス→将来的にM&A)

ポイント
Camphor Tree(株式会社Camphor Tree)は、M&Aアドバイザリーだけでなくアライアンス支援も主力サービスとして提供しています。「完全に売るにはまだ早い」「協力関係から入りたい」という経営者のニーズにも対応しており、資本業務提携・業務提携の相手先探し・契約支援から、将来的なM&A移行まで幅広くサポートしています。後継者問題や事業継続でお悩みの際は、ぜひご相談ください。

9. 事業承継を後押しする国の支援制度・補助金

事業承継・引継ぎ補助金(2026年現在)

中小企業庁は、後継者不在の中小企業が事業承継・M&Aを実施する際にかかる費用を支援するため、「事業承継・引継ぎ補助金」を毎年実施しています。2025〜2026年においても、継続して公募が行われています。主な補助対象と補助額の概要は以下のとおりです。最新の要件・公募時期は中小企業庁の公式ページをご確認ください。

類型補助対象補助上限(参考)
経営革新M&A後の設備投資・マーケティング費等最大600万円(2/3補助)
専門家活用M&A支援機関へのアドバイザリー費用最大600万円(2/3補助)
廃業・再チャレンジ廃業にかかる費用(廃業→再起業を支援)最大150万円(2/3補助)

※上記は参考値であり、公募回によって変更されます。最新情報は中小企業庁「事業承継・引継ぎ補助金」公式サイトをご確認ください。

事業承継税制(特例措置)の期限と活用法

2018年の税制改正で創設された「事業承継税制の特例措置」では、後継者への自社株式の贈与・相続にかかる贈与税・相続税を最大100%猶予(一定条件で免除)できます。通常の一般措置と比べて、対象株式数や納税猶予割合の面で大きく優遇されており、親族内承継・従業員承継を検討している中小企業にとって非常に有利な制度です。

この特例措置を利用するためには、令和8年3月31日(2026年3月31日)までに「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります。提出期限を過ぎると、特例措置の適用が受けられなくなります。

ポイント
事業承継税制・特例措置の「特例承継計画」の提出期限は2026年3月31日です。この期限を過ぎると、大幅に有利な特例措置の適用が受けられなくなります。親族内・従業員への事業承継を検討している経営者は、早急に税理士・弁護士等の専門家に相談し、特例承継計画の提出を急ぐことが重要です。なお、特例承継計画の提出後も、実際の贈与・相続の実施は2027年12月31日まで行えます。

事業承継・引継ぎ支援センターの活用

全国各都道府県に「事業承継・引継ぎ支援センター」が設置されており、後継者不在に悩む中小企業経営者が無料で相談できます。専門家によるM&Aのマッチング支援(後継者人材バンク)や各種補助金・税制の案内も行っています。M&Aアドバイザーに相談する前の「入口」として、まずセンターに問い合わせてみることも有効です。相談先は、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センター(中小企業基盤整備機構(SMRJ)の関連機関)です。

10. 事業承継・廃業にかかる費用まとめ

廃業にかかる費用の内訳

廃業には次の費用がかかります。

  • 解散・清算結了の登記費用:解散登記3万円・清算人選任登記1万円・清算結了登記2千円(合計約4万円前後)
  • 官報公告料:約3〜4万円(官報への解散公告掲載費)
  • 税理士報酬(清算中の決算書類作成・確定申告等):数十万円
  • 弁護士報酬(複雑な債権債務処理・特別清算等):数十万〜数百万円
  • 司法書士報酬(登記手続き代行):5〜15万円程度
  • 設備・在庫の処分費用:業種・規模により大きく異なる
  • 原状回復費用:賃貸物件がある場合は数十万〜数百万円
  • 従業員への解雇予告手当・退職金:規模によって異なる

M&A事業承継にかかる費用の内訳

①M&A仲介会社への報酬
着手金は完全成功報酬制の会社では0円、そうでない場合は0〜100万円程度です。成功報酬は成約金額に対する一定割合(レーマン方式)が一般的で、成約金額5億円以下の部分は概ね5%程度が目安です。なお、仲介会社によって料金体系が大きく異なるため、複数の会社に相談・比較することを推奨します。

②デューデリジェンス(DD)費用
デューデリジェンスを外部専門家に依頼する場合、財務DD(税理士・会計士)・法務DD(弁護士)への報酬として、案件規模によって数十万〜数百万円かかります。

③契約書作成費用(弁護士)
最終契約書(株式譲渡契約等)の作成・チェックに弁護士が関与する場合、数十万〜数百万円の報酬が発生します。

費用比較表

費用項目廃業の場合M&A事業承継の場合
基本手続き費用約4〜5万円着手金0〜100万円
士業報酬数十万〜数百万円数十万〜数百万円
設備・在庫処分数十万〜数百万円不要(買い手が引き継ぐ)
原状回復費用数十万〜数百万円不要
成功報酬なし成約額の3〜5%程度
最終手取り残余財産のみ(のれん代ゼロ)純資産+のれん代-成功報酬

廃業の費用は一見シンプルに見えますが、規模によっては総コストが数百万円を超えることもあります。一方、M&A事業承継の費用は成功報酬が大きな比重を占めますが、成功した場合の売却益(特にのれん代)がそれをはるかに上回ることがほとんどです。トータルで考えると、M&Aの方が経営者の手取りが大幅に増えるケースが多いといえます。

11. まとめ

本記事では、事業承継と廃業を様々な角度から比較してきました。最後に、重要ポイントを整理します。

  • 廃業企業の約5〜6割が黒字であり、「もったいない廃業」が社会問題となっています。後継者不在や情報不足が主な原因であり、廃業を決断する前にM&Aや事業承継の可能性を専門家に確認することが重要です。
  • 廃業にも相応のコストが発生し、のれん代・営業権が現金化されません。M&Aによる事業承継と比較すると、経営者の手取りが大幅に少なくなるケースがほとんどです。
  • 事業承継(特にM&Aによる第三者承継)では、のれん代を含む売却益を受け取れるうえ、廃業より有利な税率(申告分離課税20.315%)が適用されます。
  • 廃業か事業承継かの判断には、本記事のチェックリストを活用しつつ、最終的にはM&Aアドバイザーや弁護士・税理士などの専門家に相談することが重要です。
  • 廃業とM&Aの二択だけでなく、アライアンス・資本業務提携という「第三の選択肢」も有効です。段階的に事業継続の道を探ることができます。
  • 事業承継税制の特例措置を利用するための「特例承継計画」の提出期限は2026年3月31日です。対象の方はお早めにご対応ください。

事業承継と廃業の選択は、経営者の人生において非常に重要な意思決定です。廃業を検討している方も、ぜひ一度、M&Aアドバイザーや弁護士・税理士などの専門家に相談し、自社にとって最善の選択肢を見極めてください。

執筆者

京都大学経済学部在学中、旧司法試験合格。最高裁判所司法研修所を経て弁護士登録(日本弁護士連合会・東京弁護士会)。その後、京都大学経営管理大学院修了(MBA)。
長島大野常松法律事務所を経て独立し、千代田中央法律事務所を設立。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)では国際化支援アドバイザーとしても活動。上場企業の組織再編、IPO法務DD、スタートアップの資本政策支援、再生型M&Aなど、法務・戦略両面からの総合支援に実績を持つ。