不動産M&Aとは、不動産売買そのものではなく、その不動産を所有している会社の株式を売買する取引のことを指します。
同じ物件が動くだけなのに、どちらの手法を選ぶかで、売り手に残る現金も買い手が負担するコストも大きく変わります。それにもかかわらず「税金が安くなる手法」という一言で説明されることが多く、なぜ安くなるのか、どういう場合には安くならないのかまでは整理されていません。
本記事では、①不動産M&Aの定義と不動産売買との違い、②売り手の手取りが変わる理由、③買い手にとっての損得、④モデルケースでの試算、⑤誤解の多い「土地70%ルール」、⑥2026年時点で変わった前提、の順に整理します。
不動産M&Aとは|売買するのは不動産ではなく「会社の株式」
不動産を保有する会社の株式を取得する取引
不動産M&Aとは、不動産の取得や売却を主な目的として行うM&Aです。通常のM&Aが事業・組織・従業員・取引先といった経営資源の承継を目的とするのに対し、不動産M&Aでは対象会社が保有する不動産そのものが取引の動機になります。
取引の形式は株式譲渡が中心で、買い手は不動産の所有者である法人の株式を取得します。所有者は法人のままですから、不動産の登記名義は動きません。動くのは株主のみです。この「登記名義が動かない」という一点が、以下で述べる税負担の違いを生み出しています。
通常の不動産売買との違いは3つ
違いは、譲渡の対象、課税される利益、調査すべき範囲の3点に整理できます。物件の価値が同じでも、契約書の形も、関与する専門家も、かかる時間も変わります。
| 項目 | 通常の不動産売買 | 不動産M&A |
|---|---|---|
| 譲渡の対象 | 不動産そのもの | 不動産を所有する会社の株式 |
| 売り手の課税 | 法人の売却益に法人税等。株主が現金を受け取るには配当か清算が必要 | 株主の株式譲渡益に20.315% |
| 買い手の流通税 | 登録免許税・不動産取得税が発生 | 所有権が移転しないため発生しない |
| 引き継ぐもの | 対象不動産と付随する契約 | 会社の資産・負債・契約・簿外リスクのすべて |
| 必要な調査 | 物件調査が中心 | 物件調査に加えて財務・税務・法務の調査 |
| 期間の目安 | 数か月 | 半年から1年程度 |
「不動産M&A」という制度があるわけではない
不動産M&Aは法律上の用語ではなく、実務上の呼び名です。専用の制度や特例があるわけではなく、適用されるのは会社法と税法の一般的なルールで、締結する契約も通常の株式譲渡契約です。
実務で注意が必要なのは、取引の対象が株式である以上、宅地建物取引業法にもとづく重要事項説明が行われないことです。物件の権利関係、境界、越境、賃貸借契約の内容、建物の遵法性は、買い手が自ら調査を手配して確認することになります。売り手側も、物件資料を早い段階でそろえておくほど交渉が進めやすくなります。
注意点
株式譲渡の形をとると、不動産取引であれば当然に受け取れる重要事項説明書が出てきません。買い手は、物件調査を不動産の専門家に、会社の調査を会計士・税理士・弁護士に、それぞれ別途依頼する前提で予算とスケジュールを組んでください。
売り手の手取りが変わる理由|二段階課税を一段階に置き換える
不動産を売って会社をたたむと、課税は2回発生する
法人が保有する不動産を売却すると、まず売却益に対して法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税がかかります。ここで残った現金を株主が受け取るには、配当を出すか、会社を清算して残余財産の分配を受けるかのいずれかが必要です。
清算による分配のうち、資本金等の額を超える部分はみなし配当として配当所得になり、総合課税の累進税率が適用されます。配当控除を考慮しても、所得の大きい株主にとっては重い負担です。つまり法人段階で一度、株主段階でもう一度という二段階の課税構造になります。
株式を売れば、課税されるのは株主の譲渡益だけ
株式譲渡では、課税されるのは株主が得た譲渡益だけです。非上場株式の譲渡益は申告分離課税とされ、税率は所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計20.315%です(国税庁タックスアンサー No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税))。
譲渡益がいくら大きくても、この税率自体は変わりません。また、不動産は法人の中に残ったままで売却されていないため、法人段階の課税も生じません。売り手にとっての最大の違いは、税率が低いことに加え、課税の回数が1回で済むことにもあります。
ただし、株式譲渡価格は含み益の税負担を織り込んで下がる
ここが最も見落とされやすい点です。買い手は、取得した会社が将来その不動産を売却したときに法人段階で課税されることを承知していますから、含み益に対応する税負担相当額を株価から差し引いて交渉してきます。
控除の割合は交渉次第で、含み益の30%前後が一つの目安になりますが、保有を続ける前提か短期で転売する前提か、建物の償却がどこまで進んでいるかによって幅があります。したがって、「不動産M&Aなら時価どおりの金額で売れる」わけではありません。時価から一定額を引かれたうえで、税率の低さでそれを上回る、という構図です。
ポイント
売り手が比べるべきは「売却価格」ではなく「最終的に個人の口座に残る金額」です。不動産を売却して清算した場合の手取りと、株式を譲渡した場合の手取りを、同じ前提で並べて計算してください。譲渡価格だけを見比べると、株価の控除分に目が向いて判断を誤ります。
買い手にとっての不動産M&A|流通税は減るが、別のコストが増える
登録免許税と不動産取得税がかからない
株式を取得しても不動産の所有者は変わらないため、所有権移転登記は不要です。したがって、登録免許税も不動産取得税も発生しません。これが買い手側の最大の経済メリットです。
例えば、土地の固定資産税評価額が6億円、事務所ビル(住宅以外の家屋)の評価額が1億円の物件を直接購入すると、登録免許税は土地1.5%・建物2.0%で1,100万円、不動産取得税は土地が評価額の2分の1に3%、住宅以外の家屋が4%で1,300万円、合計2,400万円になります。評価額の合計に対して約3.4%です(国税庁「登録免許税の税率の軽減措置に関するお知らせ」、静岡県「不動産取得税を納める額」)。
建物の簿価と償却は引き継ぐことになる
不動産を直接購入すれば、購入金額が取得価額になり、建物部分は新たに耐用年数を設定して減価償却できます。株式を取得した場合、法人の中の資産は簿価のまま残りますから、償却がほとんど終わっている古い建物では減価償却費をほとんど計上できません。
買い手としては、流通税の節約額と、償却メリットを失うことによる税負担の増加を、保有期間の想定を置いて比較する必要があります。短期転売を想定する場合と長期保有を想定する場合とで、答えは変わります。
会社ごと引き受けるリスク
株式を取得するということは、その会社の過去をすべて引き受けるということです。簿外債務、未払残業代、係争や苦情、過去の税務処理の誤り、役員退職金の未払い、土壌汚染、賃貸借契約の不利な条件などが、買収後に表面化する可能性があります。
そのため、物件のデューデリジェンスに加えて、財務・税務・法務のデューデリジェンスが欠かせません。発見しきれないリスクは、株式譲渡契約の表明保証と補償条項、価格調整、一部代金の留保(エスクロー)などで手当てします。資金調達の面でも、不動産の購入資金に比べて株式の取得資金は金融機関の検討に時間がかかることがあり、スケジュールには余裕が必要です。
注意点
買い手側で「不動産の値段だけ見て決める」という進め方が最も危険です。物件が良くても、会社に問題があれば取引全体が損になり得ます。基本合意の前に、調査に使える期間と費用、独占交渉権の有無、融資の見通しを必ず確認しておいてください。
モデルケースで見る手取りの差
前提の置き方
資産管理会社A社を想定します。保有資産は賃貸ビル1棟のみで、時価10億円、簿価3億円、含み益は7億円です。ほかに現金1,000万円があり、借入はありません。資本金等の額は1,000万円、株主は社長1名で、株式の取得費も1,000万円とします。
計算にあたっては、法人実効税率を34%、みなし配当に対する個人の負担を配当控除後で49.5%、株価算定における含み益の控除率を30%と仮定します。いずれも会社の規模・所在地・株主の所得水準や交渉によって変わる仮定値であり、実際の数値は個別に算定が必要です。
2つのルートを並べて計算する
| 項目 | 不動産を売却して会社を清算 | 不動産M&A(株式譲渡) |
|---|---|---|
| 売却価格・株価 | 10億円(不動産の時価) | 8億円(株価) |
| 法人段階の税 | 2億3,800万円 | なし |
| 株主が受け取る額 | 7億7,200万円 | 8億円 |
| 株主段階の課税 | 約3億7,700万円(みなし配当7億6,200万円) | 約1億6,000万円(譲渡益7億9,000万円) |
| 株主の最終手取り | 約3億9,500万円 | 約6億4,000万円 |
清算ルートでは、売却益7億円に34%を乗じた2億3,800万円が法人段階の税になります。残った現金は10億1,000万円から2億3,800万円を引いた7億7,200万円で、このうち資本金等の額1,000万円を超える7億6,200万円がみなし配当です。49.5%とすると約3億7,700万円が課税され、手取りは約3億9,500万円になります。
株式譲渡ルートでは、時価純資産10億1,000万円から含み益7億円の30%にあたる2億1,000万円を控除して、株価を8億円と置きました。取得費1,000万円を差し引いた譲渡益7億9,000万円に20.315%を乗じると約1億6,000万円で、手取りは約6億4,000万円です。差は約2億4,500万円になります。
この差をそのまま一般化しないこと
差の大きさは仮定に強く依存します。含み益が小さい会社では、ほとんど差が出ません。株価の控除率を40%で交渉されれば、差は約1億9,000万円まで縮みます。会社に繰越欠損金があれば清算ルートの法人税が減りますし、役員退職金を支給できる場合も結論は変わります。
また、株式譲渡は買い手が見つかって初めて成立します。売却価格で折り合えなければ手取り以前の問題です。「不動産M&Aのほうが有利」と決めてかかるのではなく、自社の数字で両方のルートを試算し、買い手が付く価格帯かどうかを合わせて確認してください。
注意点
試算に使う税率は、会社の資本金、所在地、外形標準課税の適用の有無、株主の所得によって変わります。ここでの数値はあくまで構造を示すための仮定値です。実際の意思決定にあたっては、必ず税理士に個別の試算を依頼してください。
誤解の多い「土地が70%以上だと不利」は本当か
70%は入口の要件にすぎない
不動産M&Aの解説では「資産の70%以上が土地だと、株式譲渡でも土地の譲渡とみなされて税率が上がる」と説明されることがあります。これは租税特別措置法32条2項の「短期所有土地の譲渡に類似する株式等の譲渡」を指していますが、70%という資産要件だけで適用されるわけではありません。
資産要件は次のいずれかです。資産の総額の70%以上が短期保有の土地等(譲渡した日の属する年の1月1日時点で所有期間が5年以下のもの)である法人の株式等を譲渡した場合、または、資産の総額の70%以上が土地等である法人の株式等で、その株式等の所有期間が同じ基準日で5年以下であるものを譲渡した場合です(国税庁タックスアンサー No.1529)。
株主側の要件まで満たして初めて適用される
これに加えて、株主側の要件を両方とも満たす必要があります。第一に、譲渡した年以前3年内のいずれかの時点で、発行法人の特殊関係株主等が発行済株式の総数の30%以上を保有しており、かつ譲渡者がその特殊関係株主等であること。第二に、譲渡した年に特殊関係株主等が発行済株式の5%以上を譲渡し、かつ3年内に15%以上を譲渡していることです。
これらをすべて満たした場合に、所得税30%・住民税9%(復興特別所得税を含めて39.63%)の分離短期譲渡所得として課税されます。逆に言えば、長く保有してきた不動産を持つ会社の株式譲渡では、短期保有の要件を満たさず対象外となるケースがほとんどです。
実務での確認手順
確認する順番は、①土地等が資産の総額に占める割合、②土地の取得日と譲渡年1月1日時点での所有期間、③株主グループの持株比率と過去3年の譲渡履歴、の3点です。①は時価ベースで判定するため、株価算定の作業と同時に行うのが効率的です。
注意すべきなのは、直近で購入した土地が資産の大半を占める会社です。用地を仕入れて短期間で法人ごと売却するような取引では、この規定が現実に問題になります。判定は資産構成と株主構成の両方に左右されるため、基本合意の前に税理士に確認しておいてください。
ポイント
古い資料や解説記事には「土地70%以上なら不利」とだけ書かれていることがあります。実際には短期保有と株主側の譲渡割合の要件まで満たす必要があり、該当しない会社のほうが多数です。自社が該当するかどうかを、要件ごとに順に確認することが先決です。
2026年時点で変わっている前提
防衛特別法人税が始まっている
令和8年(2026年)4月1日以後に開始する事業年度から、法人税額に上乗せされる防衛特別法人税が導入されました。税額は、基準法人税額から年500万円の基礎控除を差し引いた金額に4%を乗じて計算します。
中小企業では基礎控除の範囲に収まり負担が生じないことも多いのですが、含み益の大きい不動産を売却した事業年度は法人税額が跳ね上がるため、控除枠を超えて上乗せが発生します。不動産を売却して清算するルートの試算では、この分を織り込む必要があります。数年前の記事の税率でそのまま比較すると、清算ルートの負担を過小に見積もることになります。
株式譲渡の側にも「ミニマムタックス」の論点がある
株式の譲渡益は20.315%の分離課税ですが、譲渡益が極めて大きい場合には、それだけで終わらないことがあります。令和7年分の所得税から「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」、いわゆるミニマムタックスが適用されているためです。基準所得金額から特別控除額を差し引いた金額に一定の税率を乗じた金額が通常の所得税額を上回る場合、その差額を追加で申告納税します。
この特別控除額と税率は、令和8年度税制改正で見直されました。特別控除額は3億3,000万円から1億6,500万円に引き下げられ、税率は22.5%から30%に引き上げられています(財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」)。適用は令和9年分以後の所得税からです。
注意点
他に所得がない前提で計算すると、現行の基準ではおおむね10億円規模の譲渡所得から追加負担が生じるのに対し、令和9年分以後はおおむね3億円台の譲渡所得から対象になります。前章のモデルケース(譲渡益7億9,000万円)でも、令和9年分の譲渡であれば約6,600万円の追加負担が生じる計算です。「株式譲渡なら20.315%で終わり」という前提は置かず、実行時期を含めて税理士に年分ごとの試算を依頼してください。
流通税の軽減措置には、それぞれ別の期限がある
土地の売買による所有権移転登記の登録免許税は、本則2.0%のところ軽減措置により1.5%とされています。令和8年度税制改正で、この期限は令和11年3月31日まで3年延長されました。一方、住宅用家屋に関する軽減措置の期限は令和9年3月31日で、別々に設定されています。
不動産取得税についても、土地と住宅の税率を4%から3%に軽減する特例と、宅地評価土地の課税標準を2分の1とする特例は、いずれも令和9年3月31日までです。買い手側のコストを比較する際は、どの期限にもとづく数値なのかを必ず確認してください。期限が近づくたびに延長されるとは限りません。
まとめ
- 不動産M&Aは、不動産ではなく、不動産を保有する会社の株式を売買する取引です。登記名義は動かず、動くのは株主です。
- 売り手にとっての違いは、法人税と株主課税の二段階を、株式譲渡益20.315%の一段階に置き換えられることにあります。
- その代わり、株価は含み益に対応する税負担相当額を控除して交渉されるため、時価そのままの金額では売れません。
- 買い手は登録免許税・不動産取得税を負担せずに済む一方、簿価を引き継ぐため減価償却で不利になり、会社ごとのリスクも引き受けます。
- 「土地が70%以上なら不利」という説明は不正確で、短期保有の要件と株主側の持株・譲渡割合の要件をすべて満たした場合に限られます。
- 2026年4月以後は防衛特別法人税が加わり、令和9年分以後はミニマムタックスの対象も広がります。実行時期によって結論が変わる局面です。
検討を始める際は、まず自社の貸借対照表で、不動産の時価と簿価、含み益の額、資本金等の額、繰越欠損金の有無を確認してください。そのうえで、不動産を売却して清算するルートと株式を譲渡するルートの手取りを、同じ前提で並べて比較します。
弁護士・税理士を含むチームで、スキームの選択から株価の算定、買い手候補の探索、契約交渉までを一貫して支援しています。不動産を保有する会社の承継や売却をご検討の際は、お気軽にご相談ください。
なお、個別の取扱いは事実関係によって異なります。実行にあたっては必ず税理士にご確認ください。
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