訪問看護ステーションのM&Aで引き継ぐものは、その大半が「指定」と「人」と「契約」です。そのため法務面の検討も、保険請求の資格である指定、看護師の雇用、外部との契約関係の3つに集まってきます。
この3つは、選ぶスキームによって承継のされ方が変わります。株式譲渡なら法人格が同一のまま残るのに対し、事業譲渡では指定も雇用も契約も、それぞれ個別の手当てが必要です。同じ「事業を移す」でも法的性質や、それに伴う法律関係は異なりますので、スキーム選択の前提としてその違いを整理しておく必要があります。
本記事では、①法人形態とスキームの関係、②指定の引継ぎ、③従業員の承継、④対外的な契約関係の整理、⑤契約書で押さえる条項、の5点に絞って整理します。以下は一般的な考え方であり、実際の判断は個別の事情によって変わりますので、弁護士にご確認のうえ進めてください。
1. 法人形態が決まらないとスキームが決まらない
訪問看護ステーションの3分の2は営利法人
まず確認すべきは、対象事業所を運営しているのがどの法人形態かです。厚生労働省の令和6(2024)年介護サービス施設・事業所調査の概況によると、訪問看護ステーションの開設主体は営利法人(会社)が66.8%、医療法人が18.2%、社団・財団法人が5.3%、社会福祉法人が4.5%です。
株式会社であれば株式譲渡、合同会社であれば持分の譲渡という形で経営権を移せます。一方、残りの3分の1はそうはいきません。医療法人のうち出資持分のあるものは持分の譲渡という道がありますが、それ以外は株式や持分を売買するという枠組み自体がなく、別の手続きを組むことになります。
医療法人は持分の有無でまったく別の話になる
訪問看護ステーションの18.2%を占める医療法人では、出資持分があるかどうかで取り扱いが異なります。平成19年4月1日以降に設立された医療法人には持分がありません。それ以前に設立された社団医療法人は経過措置として持分が認められており、この場合は出資持分の譲渡という形で経営権を移すことができます。
持分がない医療法人では、出資持分の譲渡ができません。実務では、社員の入退社と役員(理事・監事)の変更で経営権を移し、前理事長には退職金などの形で対価を渡す設計をとります。合併も選択肢ですが、都道府県知事の認可と理事会・社員総会の決議が必要です。事業譲渡は認可を要しませんが、定款に定める事業の変更を伴う場合は定款変更の認可が必要になります。
| 法人形態 | 主なスキーム | 押さえる手続き |
|---|---|---|
| 株式会社 | 株式譲渡、事業譲渡、会社分割 | 譲渡制限株式なら株主総会または取締役会の譲渡承認、株主名簿の書換え。事業譲渡は株主総会の特別決議 |
| 合同会社 | 持分の譲渡、事業譲渡、会社分割 | 持分の譲渡は原則として他の社員全員の承諾(定款で別段の定めも可)。定款変更と登記 |
| 医療法人(持分あり) | 出資持分の譲渡、事業譲渡、合併 | 社員の入退社、役員変更、定款変更。合併は都道府県知事の認可 |
| 医療法人(持分なし) | 社員の入退社と役員変更、事業譲渡、合併 | 同上。対価は退職金や基金の返還等で設計する |
| 社会福祉法人 | 事業譲渡、合併 | 所轄庁の認可。評議員会・理事会の決議 |
| NPO法人 | 事業譲渡、合併 | 所轄庁の認証。社員総会の決議 |
注意点
法人形態の確認を後回しにすると、基本合意まで進んでからスキームを組み直すことになります。医療法人は持分の有無が定款で決まるため、登記事項証明書だけでは判断できません。定款と設立年月日を最初に確認してください。社会福祉法人やNPO法人が売り手なら、所轄庁の認可・認証に要する期間がスケジュールの起点になります。
2. 指定は事業所ごとに法人に帰属する
株式譲渡なら継続し、事業譲渡なら取り直しになる
訪問看護ステーションの指定は、事業所ごとに、その事業所を運営する法人に対して行われます。法人格が変わらない株式譲渡では指定が継続し、事業譲渡では譲受側の法人が新たに指定を受けます。会社分割は権利義務を包括承継しますが、介護保険法に指定を当然に承継させる規定がないため、やはり譲受側での指定申請が必要と整理されます。
見落とされやすいのが、訪問看護には指定が2系統あることです。介護保険法に基づく都道府県知事(指定都市・中核市は市長)の指定と、健康保険法に基づく厚生労働大臣の指定です。後者は、健康保険法第89条第2項により、介護保険法上の指定居宅サービス事業者(訪問看護)の指定を受け、管理者要件と人員要件を満たしていれば指定があったものとみなされます(別段の申出をした場合を除く)。介護保険側の指定を取り直す場合は、医療保険側もこれに連動することになります。
指定の取得をクロージングの前提条件にする
旧指定の失効日と新指定の効力発生日の間に空白が生じれば、その期間の訪問は保険請求できません。事業譲渡や会社分割では、買い手が指定を取得できることをクロージングの前提条件として最終契約に明記するのが通常です。
あわせて、指定日が想定よりずれた場合にクロージング日を自動的に延期する条項と、一定期日までに指定が下りないときの解除条項を置きます。指定権者の審査は当事者がコントロールできないためです。なお、株式譲渡でも手続がゼロになるわけではなく、例えば、埼玉県の「指定後に変更等があった場合は」では、代表者等の変更届は変更年月日から10日以内、廃止・休止は1か月前までと示されています。誰がいつ提出するかは契約の誓約事項として整理しておくと漏れません。
加算が引き継がれないことを契約でどう扱うか
事業譲渡で損失が生じやすいのが加算の取扱いです。先述の埼玉県の例では、事業譲渡等で設置者が変わる場合、利用者や従業者が変わらなくても新規指定の扱いとなるため、原則として規模区分や加算等は引き継がれないと示しています。実績が要件の加算ほど影響が大きくなります。
契約では、買い手が取得できる見込みの加算を特定し、算定できなかった場合の価格調整をどう扱うかを決めておきます。調整幅が大きくなるなら、株式譲渡に切り替えるほうが双方に合理的という判断もありえます。
ポイント
指定に関する条項は、前提条件・誓約事項・表明保証の3か所に分散します。前提条件には新指定の取得を、誓約事項には申請や届出への協力義務を、表明保証には既存の指定が有効に存続し取消事由がないことを、それぞれ書き分けてください。1か所にまとめてしまうと、どの段階で誰が何をするのかが曖昧になりがちです。
3. 従業員の承継はスキームで扱いが変わる
株式譲渡なら雇用関係に影響はない
株式譲渡では、雇用主である法人がそのまま残ります。労働契約の当事者に変更はないため、従業員の同意も転籍手続きも不要です。人材が価値の中心にある訪問看護で株式譲渡が選ばれやすいのは、この点が大きく効いています。
ただし、法的に同意が不要なことと説明が不要なことは別です。看護師が不安を感じて退職すれば、常勤換算2.5人という人員基準を割るリスクが現実化します。公表のタイミングと説明の順序は買い手と事前に詰めてください。
事業譲渡は個別同意を得るのが原則
事業譲渡では、労働契約は当然には移りません。民法第625条第1項により、使用者は労働者の承諾を得なければその権利を第三者に譲り渡すことができないとされているためです。実務上は、売り手を退職して買い手に入社する転籍の形をとり、従業員ごとに書面で同意を得ます。
同意しない従業員が出た場合、その人の労働契約は売り手に残ります。売り手には事業が残っていませんから、解雇や退職勧奨をめぐる問題に発展しかねません。全員が同意する前提でスケジュールを組むのは避け、キーパーソンに早い段階で個別に話すかどうかも含めて買い手と方針を合わせてください。
労働契約承継法は会社分割の場面の仕組み
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)は、その名のとおり会社分割の場面を対象とした制度です。事業譲渡で用いられるものではありませんので、事業譲渡なら前述の個別同意を前提に段取りを組むことになります。
会社分割では、分割対象の事業に主として従事する労働者は、分割契約に承継すると記載されていれば同意なく承継され、記載がなければ異議を申し出ることができます。あわせて、商法等改正法附則第5条に基づく事前協議(5条協議)と、労働契約承継法第7条に基づく理解と協力を得る措置(7条措置)が求められます。手続きは重いのですが、個別同意を要しない点は事業譲渡にない利点です。
ポイント
従業員の承継方法は、価格ではなく成約可否そのものを左右します。訪問看護は常勤換算2.5人以上という人員基準があり、看護師が数名抜けただけで事業が止まります。事業譲渡を選ぶなら、同意取得の対象者リストと想定される不同意者の見積もりを、デューデリジェンスの段階で買い手と共有してください。
4. 対外的な契約関係をどう整理するか
利用者との契約
利用者との契約も、事業譲渡では当然には移りません。利用者一人ひとりと利用契約を締結し直し、重要事項説明書を交付して説明します。運営規程や苦情窓口の記載も変わるため、書式の差し替えが生じます。
その対象者数は少なくありません。全国平均で1事業所当たりの延べ訪問回数は月421.5回ですから、月4回訪問の利用者中心なら約105人、月8回なら約53人という規模感です。1人あたり30分の説明でも、2拠点あれば延べ100時間前後の作業になります。逆算して着手時期を決めてください。
あわせて、主治医や居宅介護支援事業所への周知も必要です。訪問看護は主治医の指示書に基づいて利用者を受け入れますから、連携先への説明が遅れると紹介が止まります。
事務所の賃貸借・車両リース・システム利用契約
訪問看護ステーションが外部と結ぶ契約は、多くの場合それほど多岐にわたりません。事務所の賃貸借、車両のリース、電子カルテや請求システムの利用契約、金融機関の借入契約、この4つを押さえればおおむね把握できます。
事業譲渡では、これらの契約も相手方の承諾を得て移すか、買い手が新たに締結し直すことになります。とくに事務所の賃貸借は、承諾が得られなければ所在地が変わり、指定の変更届に加えて利用者への周知まで必要になります。賃貸人が個人であれば、売り手オーナーから事前に話を通しておくことが有効に働く場面も多くあります。
借入については、金融機関の同意と経営者保証の扱いが論点です。株式譲渡で借入を会社に残す場合、旧オーナーの個人保証を解除できるかは金融機関との交渉事項で、クロージングまでに見通しを立てておかないと譲渡後も保証が残ります。
チェンジ・オブ・コントロール条項の棚卸し
株式譲渡では契約も原則そのまま続きますが、支配権の移転を解除事由とする条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)が入っていると話が変わります。システム利用契約やフランチャイズ契約、リース契約に置かれていることがあります。
デューデリジェンスの初期に全契約を棚卸しし、該当する契約は事前に相手方の承諾を取りにいくのが基本です。承諾の取得を最終契約の前提条件として整理することもあります。ただし、承諾を得る過程で取引先に譲渡の事実が伝わるため、いつ誰に打診するかは売り手と買い手で順序を決めてください。
| 契約の種類 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|---|
| 利用者との利用契約 | そのまま継続 | 利用者ごとに締結し直す | 包括承継されるのが原則 |
| 重要事項説明書 | 法人名や代表者の変更があれば改訂 | 新たに交付して説明 | 運営主体が変わるため改訂して説明 |
| 事務所の賃貸借 | 継続(解除条項の有無を確認) | 相手方の承諾を得て移転、または新規に締結 | 分割契約の対象とし、通知・承諾を確認 |
| 車両リース・システム利用 | 継続(同上) | 同上 | 同上 |
| 金融機関からの借入 | 会社に残る。経営者保証の解除を交渉 | 原則として売り手に残る | 分割契約と債権者保護手続による |
5. 株式譲渡契約書で押さえる条項
前提条件(クロージングコンディション)
前提条件とは、これが満たされなければクロージングを実行しなくてよい、と定める条項です。訪問看護では、指定が有効に存続していること(事業譲渡等なら新指定を取得できたこと)、チェンジ・オブ・コントロール条項のある契約について承諾が得られたこと、管理者を含む重要な従業員が在籍していること、表明保証が重要な点で正確であること、誓約事項が履行されていることが置かれます。
あわせて、クロージングまでに事業へ重大な悪影響が生じていないことを条件とする条項を置くこともあります。訪問看護では看護職員の大量退職や運営指導による処分がこれに当たりうるため、何を「重大」とみるかを可能な範囲で具体化しておくと解釈の争いを減らせます。
クロージングまでの誓約事項
契約締結からクロージングまでの間、対象会社を通常どおり運営することを売り手に約束させる条項です。訪問看護では、役員報酬や退職金の支払い、重要な契約の締結や解約、人員の大幅な変更、利用者の受入停止といった行為を、買い手の事前承諾なしには行わないと定めるのが一般的です。
この期間は2か月から3か月に及ぶこともあり、その間に売掛金を早期回収したり支払を先送りしたりすれば実質的な価値の移転が起こります。資金の動きに関する制限も誓約事項に書き込み、変更届や承諾取得への協力義務もここに置きます。
表明保証の設計
表明保証は、開示された情報が正しいことを売り手に保証させ、違っていた場合に補償させる仕組みです。訪問看護で外せない項目は、次のように整理できます。
- 株式・法人:発行済株式の全部を売り手が適法に保有していること、名義株や潜在株式が存在しないこと。
- 指定・運営:指定が有効に存続し、取消しや効力停止の事由がないこと。人員基準・運営基準に違反していないこと。
- 報酬請求:介護報酬および訪問看護療養費の請求に不正・過誤がなく、返還を求められる事由がないこと。
- 労務:未払残業代や社会保険の加入漏れがないこと、労使紛争が存在しないこと。
- 個人情報:漏えい事故が発生していないこと、安全管理措置を講じていること。
- 紛争・ハラスメント:訴訟や行政手続が係属していないこと、利用者・家族からのものを含めハラスメントの申告や紛争がないこと。
運営基準については、令和8年度診療報酬改定にあわせて指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準が改正され、手続の適正な実施、経済上の利益の提供による誘引の禁止、記録の整備といった義務が加えられています。詳細は厚生労働省の令和8年度診療報酬改定説明資料等についてで確認できます。表明保証の項目も、改正後の基準に合わせて見直しておくのが安全です。
補償の上限・期間・手続
表明保証は、違反があったときに実際に回収できて初めて意味を持ちます。決めるべき要素は、補償の上限額、請求できる期間、1件当たりの最低額と累計の免責額、そして請求の手続です。
| 要素 | 考え方 | 訪問看護での留意点 |
|---|---|---|
| 上限額 | 譲渡価額またはその一定割合とするのが一般的 | 労務と報酬返還は上限の外に出すことも検討する |
| 期間 | 一般条項は1年から2年程度とすることが多い | 未払残業は消滅時効の期間分、報酬返還は過去分にさかのぼりうるため、長めに設定することを検討する |
| 最低額・免責額 | 少額の請求を排除する仕組み | 1拠点案件では金額が小さくなるため、設定次第で実質的に請求できなくなる |
| 支払の担保 | 分割払い、エスクロー、相殺権 | 売り手が個人か法人かで回収可能性が変わる |
| 請求手続 | 通知の期限、第三者請求への対応 | 行政から返還を求められた場合の対応主体を明記する |
注意点
訪問看護は1拠点の譲渡価額が数千万円という案件も多く、上限額の定め方次第では、未払残業代や報酬返還が数百万円規模で出たときに足りなくなります。また、売り手が個人で補償するのか法人が補償するのかによって、実際に回収できるかどうかも変わります。条項の設計は必ず弁護士と行い、想定される損害の規模から逆算して決めてください。
6. まとめ
本記事の要点を整理します。
- 開設主体は営利法人66.8%、医療法人18.2%。営利法人以外は株式や持分の売買という枠組みが使いにくく、医療法人はさらに持分の有無で手続きが分かれる。法人形態の確認がスキーム検討の起点になる。
- 指定は事業所ごとに法人に帰属する。株式譲渡なら継続し、事業譲渡・会社分割では譲受側で新規指定が必要。医療保険側は健康保険法第89条第2項のみなし指定により連動する。
- 事業譲渡では加算が原則として引き継がれない。取得見込みの加算を特定し、算定できなかった場合の価格調整を契約で決めておく。
- 株式譲渡なら雇用関係に影響はない。事業譲渡は従業員ごとの同意を得るのが原則で、労働契約承継法は会社分割の場面の制度である。
- 対外的な契約は、利用契約、事務所の賃貸借、リース、システム利用、借入の5つを押さえ、チェンジ・オブ・コントロール条項の棚卸しは初期に行う。
- 契約書では、前提条件・誓約事項・表明保証・補償を書き分ける。補償は上限額と期間の設計次第で機能しなくなる。
まず取り組むべきは、法人の定款と設立年月日の確認と、賃貸借・リース・システムの契約書にチェンジ・オブ・コントロール条項がないかの棚卸しです。いずれも売り手側だけで着手でき、スキーム選択の前提になります。
本記事の記載は一般的な整理であり、実際の条項化は個別の事情によって変わります。医療・介護分野のM&Aについて、スキームの設計から契約条項の組み立て、従業員・利用者への説明の段取りまで一貫して支援しています。弁護士と国税出身の税理士がチームに加わり、法務と行政手続きを噛み合わせた設計をご提案します。
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