訪問看護M&Aの税務上の留意点|スキーム別の課税負担を解説

訪問看護M&Aの税務上の留意点

M&Aの税務を解説した記事を読むと、事業譲渡の消費税について「買い手が払った消費税は仕入税額控除の対象になるので、最終的な負担にはならない」と書かれています。多くの業種ではそのとおりです。

ところが、訪問看護の売上は介護保険分も医療保険分もほぼ全額が消費税の非課税売上で、買い手は支払った消費税をほとんど控除できないからです。数百万円がそのままコストとして残ります。

本記事では、①スキーム別の課税、②訪問看護で消費税が戻らない理由、③のれんの5年償却との比較、④役員退職金の設計、⑤事業承継税制の落とし穴、の5点に絞って解説します。なお、個別の取扱いは事実関係によって異なりますので、実行にあたっては必ず税理士にご確認ください。

目次

1. スキーム別に、誰にいくら課税されるか

個人株主の株式譲渡は20.315%の申告分離課税

オーナーが個人で株式を持っている場合、株式の譲渡益には所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計20.315%が課されます。給与所得などとは合算しない申告分離課税で、税率は譲渡益の大きさにかかわらず一定です。

計算式は「譲渡価額-(取得費+譲渡費用)」です。譲渡価額5,000万円、取得費300万円、仲介手数料などの譲渡費用250万円のケースなら、譲渡所得は4,450万円、税額は約904万円。手取りは約3,846万円になります。仲介手数料は譲渡費用として控除できますが、その領収書と契約書は必ず保管しておいてください。

事業譲渡は法人税とオーナー個人への課税の二重課税

事業譲渡では、対価を受け取るのは会社です。譲渡価額と譲渡資産の簿価との差額が譲渡益となり、法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税が課されます。加えて、令和8年4月1日以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税が始まっており、基準法人税額から年500万円を控除した金額に4%が上乗せされます。税額がゼロでも申告は必要です。

問題はその先で、会社に残った資金をオーナー個人が受け取るには、配当・役員報酬・役員退職金のいずれかの形をとることになり、そこでもう一度課税されます。この二重課税の負担があるため、同じ譲渡価額でも手取りは株式譲渡の方が大きくなるのが一般的です。

スキーム対価を受け取る主体課される税訪問看護での留意点
株式譲渡(個人株主)オーナー個人所得税・復興特別所得税・住民税の合計20.315%(申告分離課税)消費税は課されない。取得費の資料がないと税額が増える
株式譲渡(法人株主)親会社等の法人譲渡益が益金となり法人税等が課される他の所得と損益通算できる
事業譲渡会社譲渡益に法人税等。課税資産に消費税買い手が払った消費税がほぼ控除できない
会社分割会社または株主適格要件を満たせば課税は繰り延べられる非適格の場合は時価評価で課税される
表1:スキーム別の課税の全体像

取得費が分からないときの5%ルール

創業から年数が経った訪問看護ステーションでは、設立時にいくら払い込んだのかを証明する資料が残っていないことがあります。取得費が不明な場合、譲渡による収入金額の5%を取得費とみなして計算する取扱いがあります。

先ほどの例で取得費が不明なら、取得費は250万円となり、譲渡所得は4,500万円、税額は約914万円です。実際の取得費300万円と比べて税額は10万円ほど増える計算になります。差が小さく見えるかもしれませんが、資本金が数千万円の会社なら差は数百万円になります。設立時の定款、出資契約書、払込みの通帳記録は、売却を意識した時点で探し始めてください。

注意点
ここで示した税率と試算は、令和8年9月時点の制度を前提とした一般的な整理です。法人実効税率は資本金の額、所得金額、事業所の所在地、防衛特別法人税の適用によって変わります。また、譲渡の形態によっては、みなし配当など別の課税関係が生じることもあります。数字を交渉に使う前に、必ず自社の状況で税理士に試算してもらってください。

2. 事業譲渡での仕入税額控除の適否

訪問看護の売上はほぼ全額が非課税

介護保険法に基づく訪問看護は、消費税の非課税取引です。国税庁の非課税となる「居宅介護サービス費の支給に係る居宅サービス」の具体的な範囲では、消費税法別表第二第7号ロと施行令第14条の2第1項に規定する居宅サービスの種類として訪問看護が挙げられています。医療保険で提供する訪問看護も、社会保険医療の給付等として非課税です。

つまり、訪問看護ステーションの売上のうち課税売上になるのは、利用者の選定による交通費や、保険外の自費サービスなど、ごく一部にとどまります。厚生労働省の令和7年度介護事業経営概況調査では、1事業所当たりの介護料収入が月3,409千円に対し、保険外の利用料は69千円です。この比率で課税売上割合を計算すると約2%にとどまります。

買い手は仕入税額控除がほとんどできない

消費税は、預かった消費税から支払った消費税を差し引いて納付する仕組みです。ところが、課税売上割合が95%未満の場合(課税売上高が5億円を超える場合も同様です)、支払った消費税の全額を控除することはできません。個別対応方式なら非課税売上にのみ対応する課税仕入れは控除対象外となり、一括比例配分方式なら課税売上割合を乗じた分しか控除できません。

課税売上割合が2%の訪問看護事業者にとって、これは「支払った消費税の98%が戻ってこない」ことを意味します。一般的なM&A記事が前提にしている「仕入税額控除で取り戻せる」という説明は、訪問看護では当てはまりません。

470万円のうち戻るのは10万円弱

例えば、譲渡価額5,000万円のうち、のれん4,500万円と車両等200万円の合計4,700万円が課税資産だとすると、消費税は470万円です。買い手は譲渡対価とは別に、この470万円を売り手に支払います。

買い手の課税売上割合が2%なら、一括比例配分方式で控除できるのは470万円×2%=約9万円。残りの約461万円は、そのまま買い手のコストとして残ります。訪問看護の平均的な1事業所の年間営業利益相当が約430万円なので、1年分の利益を超える金額です。

ポイント
売り手側は、この構造を価格交渉の材料に使えます。買い手が事業譲渡を求めてきたとき、「株式譲渡なら消費税は発生しません」と示せば、買い手にとっても約461万円の負担が消えます。その分を譲渡価額に反映してもらう交渉が成り立ちます。買い手が事業譲渡にこだわる理由が簿外債務の遮断であれば、表明保証と補償で手当てする代替案とセットで提示ことも考えられます。

事業譲渡で生じる消費税を誰が実質的に負担するのかについては、以下の記事で会社分割との比較を交えて詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
事業譲渡と会社分割の税金はどちらが得?税目別の違いを試算で比較

3. のれんの5年償却と消費税を並べて比較する

資産調整勘定は60か月で均等償却できる

買い手が事業譲渡を選ぶ最大の税務メリットは、のれんを損金にできることです。事業譲渡や非適格の会社分割では、対価が引き継ぐ資産・負債の時価純資産を上回る部分が資産調整勘定となり、法人税法第62条の8により60か月で均等に償却して損金に算入できます。株式譲渡では、買い手側にこのメリットは生じません。

のれん4,500万円なら、年900万円を5年間にわたって損金にできます。実効税率を仮に30%と置くと、年270万円、5年間で1,350万円の税負担が軽減される計算です。

償却メリットの3分の1が消費税で相殺される

ここで先ほどの消費税を並べてみます。控除できない消費税は約461万円。償却メリット1,350万円の34%が、初年度に一括で出ていく計算になります。

項目金額発生のタイミング
資産調整勘定の償却による税負担の軽減1,350万円(年270万円×5年)5年に分散
控除できない消費税▲461万円クロージング時に一括
差引889万円—
表2:事業譲渡を選んだ場合の買い手側の税務上の損得(のれん4,500万円のモデル)

差引では買い手に有利ですが、キャッシュの出入りのタイミングが逆になっている点が重要です。買い手にとっては譲渡対価に加えて470万円を先に用意する必要があり、回収は5年かけて分散します。この非対称性が、訪問看護のM&Aで株式譲渡が選ばれやすい理由のひとつです。

注意点
スキームは税務だけで決められません。事業譲渡を選べば指定を取り直すことになり、加算がリセットされます。会社分割を選べば指定申請の書類が簡素化されうる一方、税務上は適格要件の判定が必要になります。税務メリットだけを見て事業譲渡を選び、加算の喪失で収益が落ちたのでは本末転倒です。税務・許認可・財務を同じテーブルで比較してください。

のれんの償却メリットと消費税負担をスキーム横断で比較する方法は、以下の記事でも税目別に整理していますので、あわせてご覧ください。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割の税金を徹底比較|誰に・何が・いくらかかるかを専門家が解説

4. 役員退職金で手取りを設計する

退職所得は分離課税で控除が大きい

譲渡対価の一部を役員退職金として受け取る設計は、中小企業のM&Aで広く使われています。退職所得は他の所得と分離して課税され、勤続年数に応じた退職所得控除があり、控除後の金額の2分の1に対して課税されるのが原則です。ただし、勤続年数が5年以下の役員等については、この2分の1とする扱いが適用されないなどの例外があります。

訪問看護ステーションは、オーナーが長年にわたって管理者を兼ねてきたケースが多く、勤続年数が長いのが特徴です。勤続年数が長いほど退職所得控除は大きくなりますから、この設計が有効に働きやすい業種だといえます。

不相当に高額な部分は損金不算入

ただし無制限ではありません。法人税法第34条第2項により、役員退職給与のうち不相当に高額な部分の金額は、会社の損金に算入されません。損金にならなければ会社に法人税が課され、それでも退職金は支払われるため、二重の負担になります。

適正額の判定には、同業同規模の法人の支給状況などが考慮されます。実務では最終報酬月額と勤続年数、役員としての貢献度を用いた算定が行われますが、水準は事案によって異なります。金額を決める前に、税理士に適正額の検証を依頼してください。

注意点
退職金として支給する以上、実質的に退職している必要があります。譲渡後もオーナーが従前と変わらない立場で経営に関与し続けると、退職の事実が認められず、退職所得ではなく役員報酬として扱われるおそれがあります。譲渡後も顧問として残る場合は、権限と報酬の水準を明確に下げ、その内容を契約書に残してください。

譲渡対価との配分は買い手との交渉事項

役員退職金は会社が支払うものですから、その分だけ会社の純資産は減ります。買い手から見れば、退職金を支払った後の会社を買うことになり、株式の譲渡価額はその分だけ下がるのが筋です。

つまり、退職金と譲渡対価の配分はゼロサムです。売り手にとっては手取りが増える設計でも、買い手にとっては損金に算入できるかどうかで税負担が変わります。基本合意の段階で総額と配分の考え方を合意しておかないと、最終契約の直前で揉めます。

役員退職金と譲渡対価の配分で手取りを設計する考え方については、以下の記事でも具体的な注意点を解説しています。
会社売却後、社長はどうなる?残留・引退の選択肢と収入・退職金・保証まで完全解説

5. 事業承継税制を使っている場合の落とし穴

特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日

法人版事業承継税制の特例措置は、非上場株式に係る贈与税・相続税の納税が猶予・免除される制度です。中小企業庁の法人版事業承継税制(特例措置)によると、特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日までです。令和8年度税制改正で令和8年3月31日から1年6か月延長されました。

注意すべきは、提出期限が延びても適用期限は延びていないことです。特例措置の対象となるのは、平成30年1月1日から令和9年12月31日までの贈与・相続に限られます。計画を令和9年9月に出しても、実際の承継を同年12月31日までに終える必要があり、実務の余裕はほとんどありません。

M&Aで売却すると猶予が打ち切られる

この制度が本記事に関係するのは、親族内承継で納税猶予を受けた後にM&Aで第三者へ売却するケースがあるからです。後継者が対象株式を継続して保有することが猶予の要件ですから、売却すれば猶予は打ち切られ、猶予されていた贈与税・相続税を納付することになります。

ただし、中小企業庁は経営環境の変化に対応した措置も示しており、将来の売却・廃業時に株価が下落していた場合には、その株価を基に納税額を再計算し、承継時の株価で計算された納税額との差額を減免するとしています。売却価額が承継時の評価額を下回るときは、この措置を検討する余地があります。

注意点
納税猶予を受けている株式を売却するときは、猶予税額と利子税がいくらになるのか、減免措置の対象になるのかを、譲渡価額を決める前に必ず確認してください。譲渡代金より納税額のほうが大きくなる事態も理論上は起こりえます。都道府県への報告や税務署への届出の期限もありますので、税理士と都道府県の窓口の双方に事前相談を入れることをおすすめします。

事業承継税制の適用要件や納税猶予が打ち切られる場面については、以下の記事で制度全体の視点から整理していますので、あわせてご覧ください。
事業承継にかかる税金の種類と節税対策を徹底解説

6. まとめ

本記事の要点を整理します。

  • 個人株主の株式譲渡益は20.315%の申告分離課税。
  • 事業譲渡は法人税等に加え、オーナー個人が対価を受け取る段階でもう一度課税される二段構えになる。
  • 訪問看護の売上はほぼ全額が消費税の非課税売上である。事業譲渡で買い手が払う消費税は、ほとんど仕入税額控除できない。
  • のれん4,500万円のモデルでは、消費税の実質コスト約461万円がクロージング時に一括で出て、資産調整勘定の償却メリット1,350万円は5年に分散する。
  • 役員退職金は勤続年数が長いオーナーに有効だが、不相当に高額な部分は損金不算入。退職の実態がないと退職所得として扱われないリスクもある。
  • 事業承継税制の特例承継計画の提出期限は令和9年9月30日、適用期限は令和9年12月31日で据え置き。猶予中の株式をM&Aで売却すると猶予は打ち切られる。

まず取り組むべきは、株式の取得費を証明する資料を探すことと、自社の課税売上割合を直近の消費税申告書で確認することです。この2つが分かれば、株式譲渡と事業譲渡のどちらが有利かの見当がつきます。

本記事の記載は一般的な整理であり、個別の取扱いは事実関係によって異なります。実行にあたっては必ず税理士にご確認ください。医療・介護分野のM&Aについて、スキームの選択から譲渡対価と退職金の配分設計まで一貫して支援しています。国税出身の税理士と弁護士がチームに加わり、税務と指定の両面から検討をご提案します。

執筆者

横山圭介

東京都立大学(旧首都大学東京)数理科学専攻卒業後、国家公務員として札幌国税局に入庁。札幌国税局資産課税課、札幌東税務署資産課税部門等を経て、国税庁企画課へ出向。 国税庁・国税局・税務署において、主に資産税事務に従事し、相続・譲渡・贈与など資産課税の実務を第一線で担う。官公庁・金融機関等との折衝・情報連携の実務経験も有する。

弁護士 佐藤聖喜

京都大学経済学部在学中、旧司法試験合格。最高裁判所司法研修所を経て弁護士登録(日本弁護士連合会・東京弁護士会)。その後、京都大学経営管理大学院修了(MBA)。 長島大野常松法律事務所を経て独立し、千代田中央法律事務所を設立。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)では国際化支援アドバイザーとしても活動。上場企業の組織再編、IPO法務DD、スタートアップの資本政策支援、再生型M&Aなど、法務・戦略両面からの総合支援に実績を持つ。