訪問看護ステーションのM&Aを調べると、「株式譲渡なら指定はそのまま、事業譲渡なら取り直し」という説明にたどり着きます。ここまでは多くの経営者がご存じです。問題はその先で、いつまでに何を出せばよいのか、取り直すと具体的に何を失うのかが、ほとんど書かれていません。
指定は、保険請求ができる資格そのものです。切り替えの日程を1日でも読み違えれば、その期間の訪問は保険請求できません。さらに事業譲渡では、積み上げてきた加算の算定要件が、利用者も職員も変わらないのにリセットされます。
本記事では、①スキーム別の結論、②株式譲渡の手続きと期限、③事業譲渡・会社分割の逆算スケジュール、④加算のリセットで失う金額、⑤令和8年度改定で増えた確認項目、の5点に絞って解説します。読み終える頃には、自社のスキームで何をいつまでに動かすかが決まります。
1. 指定承継の可否|株式譲渡と事業譲渡等での違い
指定は事業所ごと、法人に対して与えられる
訪問看護ステーションの指定は、事業所ごとに、その事業所を運営する法人に対して行われます。法人が変わらなければ指定は続き、法人が変われば取り直しになります。この一点がスキーム選択を決めます。
株式譲渡は株主が入れ替わるだけで法人格は同一ですから、指定は継続します。事業譲渡は事業を個別に移す取引で、譲受側は別法人ですから、その法人の事業所として新たに指定を受ける必要があります。会社分割は権利義務を包括的に承継しますが、介護保険法に指定を当然に承継させる規定がないため、やはり譲受側で指定申請が必要です。
スキーム別の取扱いを整理する
スキームごとの違いを整理すると、手続きの重さの差がはっきりします。売り手にとっては、株式譲渡を選べるかどうかが譲渡プロセスの負担を大きく左右します。
| スキーム | 法人格 | 指定の取扱い | 主な手続き |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 同一 | 継続する | 代表者・役員の変更届(変更日から10日以内) |
| 事業譲渡 | 別法人 | 継続しない | 売り手は廃止届(1か月前まで)、買い手は新規指定申請 |
| 会社分割 | 別法人 | 継続しない | 買い手は新規指定申請。実質的に継続していると認められれば提出書類の簡素化の対象になりうる |
| 合併 | 別法人 | 継続しない | 会社分割と同様に新規指定申請。簡素化の対象になりうる |
訪問看護は介護保険と医療保険の二重の指定になる
見落とされやすいのが、訪問看護には指定が2系統あることです。介護保険法に基づく都道府県知事(指定都市・中核市は市長)の指定と、健康保険法に基づく厚生労働大臣(実務上の申請先は地方厚生(支)局長)の指定です。
両方を別々に申請する必要は原則ありません。健康保険法第89条第2項により、介護保険法上の指定居宅サービス事業者(訪問看護)の指定を受けた事業者は、管理者要件と人員要件を満たしていれば健康保険法上の指定があったものとみなされるためです(別段の申出をした場合を除く)。事業譲渡で介護保険の指定を取り直すと医療保険側のみなし指定も同時に切り替わるため、審査支払機関への届出まで含めて日程を組む必要があります。
注意点
指定に関する運用は、指定権者ごとに細部が異なります。新規指定申請の締切、事前協議の要否、遡及指定の可否は、都道府県・指定都市・中核市でそれぞれ違います。基本合意の前に、対象事業所の指定権者の窓口に匿名ベースで確認しておいてください。「他県ではこうだった」という前提でスケジュールを組むと、クロージング日がずれます。
2. 株式譲渡で必要になる手続きと期限
変更届は変更日から10日以内
株式譲渡では指定が続くため、必要なのは変更届です。代表者や役員に変更があったときは、変更年月日から10日以内に指定権者へ届け出ます。株主の異動自体は届出事項ではありません。
提出期限や添付書類の考え方は指定権者のページに整理されています。たとえば埼玉県の指定後に変更等があった場合はでは、変更届は変更年月日から10日以内、廃止・休止は1か月前まで、指定の辞退は1月前までと示されています。なお、介護事業所の指定申請等は電子申請・届出システムでの手続きが原則とされ、令和7年度末までに全ての指定権者で運用を開始することとされています。紙や郵送での提出はやむを得ない場合の例外扱いですので、買い手側でアカウントを準備しておいてください。
業務管理体制の届出先が変わることがある
意外に漏れるのが業務管理体制の届出です。この届出は法人単位で行い、届出先は当該法人が運営する事業所の数と所在地によって、国・都道府県・指定都市などに分かれます。
株式譲渡では対象会社の法人格が残るため、届出義務を負うのは引き続き対象会社であり、届出先も対象会社自身の事業所数で決まります。買い手のグループに入ったからといって合算されるわけではありません。一方、事業譲渡や会社分割で買い手法人が事業所を引き受ける場合は、買い手法人側の事業所数が増えて届出先そのものが変わることがあります。どちらのケースでも、誰がいつ届け出るのかをクロージング前に決めておいてください。
指定は続いても、契約・請求の実務は止まりうる
指定が継続することと、実務が滞りなく回ることは別です。株式譲渡でも、法人名や代表者を変更する場合は、重要事項説明書と運営規程の改訂、利用者への説明、主治医や居宅介護支援事業所への通知が発生します。
口座を変更する場合は国民健康保険団体連合会と審査支払機関への届出が必要で、切替のタイミングを誤ると入金が1か月遅れます。訪問看護の入金はサービス提供月の翌々月ですから、資金繰り表に反映しておかないとクロージング直後に運転資金が不足します。
ポイント
株式譲渡は「手続きがシンプル」と言われますが、変更届、業務管理体制の届出、重要事項説明書の改訂、口座変更の届出、利用者・主治医・ケアマネジャーへの通知の5つは発生します。クロージング日を起点に誰がいつ出すかの一覧表をつくり、売り手と買い手で共有しておくと、譲渡直後の混乱を避けられます。
3. 事業譲渡・会社分割の逆算スケジュール
廃止届の1か月前ルールと新規指定の締切が噛み合わない
事業譲渡でスケジュールが崩れる最大の原因は、2つの期限が別々に走ることです。売り手は廃止の日の1か月前までに廃止届を、買い手は新規指定を受けたい月の前々月末から前月上旬までに申請を出す必要があります。締切の具体日は指定権者ごとに異なります。
しかも、新規指定の効力は原則として月の初日に発生し、月の途中で切り替えることは基本的にできません。クロージング日は月末日、指定の切替は翌月1日という設計になり、そこから逆算して契約締結日を決めることになります。
会社分割なら簡素化の対象になる
同じ「新規指定が必要」でも、会社分割や合併は事業譲渡より負担が軽くなる可能性があります。厚生労働省の令和2年8月3日付事務連絡(介護保険最新情報Vol.862)により、吸収分割・新設分割・吸収合併・新設合併の前後で事業所が実質的に継続して運営されると認められる場合、指定申請時に提出する書類を、旧法人が指定を受けた際の内容から変更がある部分などに絞ることができるとされています。
例えば、静岡県の事業所の吸収分割等に伴う事務の簡素化についてでは、申請書・付表・登記事項証明書・体制等に関する届出書・誓約書・手数料などに絞った運用が示されています。一方、介護分野で示されているこの事務連絡が対象としているのは吸収分割等であり、会社法上の包括承継ではない事業譲渡は含まれていません。買い手が譲受のスキームを選べる立場にあるなら、会社分割を挟む設計を検討する価値があります。ただし、適用の可否は最終的に指定権者の判断です。
クロージング日から逆算する
実務では、指定切替日を起点に日程を組みます。仮に指定切替を4月1日とする場合の目安は次のとおりです。締切は指定権者ごとに異なるため、必ず事前に確認してください。
| 時期 | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 1月頃 | 指定権者へ事前相談。締切日・必要書類・遡及可否を確認 | 買い手(売り手が同席) |
| 1〜2月 | 最終契約の締結。指定取得を停止条件として明記 | 双方 |
| 2月末〜3月上旬 | 新規指定申請の提出(締切は指定権者による) | 買い手 |
| 2月末まで | 廃止届の提出(廃止日の1か月前まで) | 売り手 |
| 3月中 | 利用者・主治医・居宅介護支援事業所への説明。契約の再締結 | 双方 |
| 3月中 | 国保連・審査支払機関への届出、伝送ソフトの事業所番号切替 | 買い手 |
| 3月31日/4月1日 | クロージング。旧指定の廃止と新指定の発効を接続 | 双方 |
注意点
旧指定の廃止日と新指定の効力発生日の間に1日でも空白があると、その日の訪問は保険請求できません。訪問看護は毎日訪問が入る事業ですから、空白日を「休業日にすればよい」という処理も現実的ではありません。廃止日を3月31日、新指定を4月1日とし、両方が確定してから最終契約のクロージング日を固定してください。指定が下りないうちに契約日を先に決めるのが、最も多い失敗です。
4. 事業譲渡で最も損をするのは「加算のリセット」
加算は原則として引き継がれない
事業譲渡のコストは、手続きの手間だけではなく、加算が引き継がれないにもあります。埼玉県は、事業譲渡等により設置者が変わる場合について、利用者や従業者が変わらなくても新規指定の扱いとなるため、原則として規模区分や加算等は引き継がれない、と明記しています。
同じ看護師が同じ利用者を訪問していても、算定できる加算は新規開設と同じ土俵に戻る可能性があるということです。運営期間や実績があるほど影響が大きく、要件を再び満たすまでは収益が目減りします。
訪問看護で影響が大きいのは機能強化型
訪問看護で最も金額が動くのは、医療保険の機能強化型訪問看護管理療養費です。令和8年度改定後の月の初日の金額は、機能強化型1が13,760円、機能強化型2が10,460円、機能強化型3と新設された機能強化型4が9,030円、それ以外が7,710円です。
機能強化型1を算定していたステーションが算定できなくなると、月の初日の管理療養費は1人当たり6,050円下がります。医療保険の利用者が30人なら年間で約218万円、50人なら約363万円の減収です。機能強化型は常勤看護職員数や重症度の高い利用者の受け入れ実績などが要件で、実績部分を新法人の事業所として通算できるかは地方厚生(支)局の判断になります。通算できる前提で価格を組むのは危険です。
あわせて、令和8年度改定で新設された包括型訪問看護療養費にも、地域の保険医療機関や訪問看護ステーションとの連携について相当な実績を有することという施設基準があります(令和9年5月31日まで経過措置)。高齢者向け住まいに併設・隣接するステーションを事業譲渡で取得する場合は、この実績要件を新法人で満たせるかを事前に確認してください。
失う加算を価格に織り込む
事業譲渡を選ぶなら、失う加算の年間影響額を売り手側で試算しておくべきです。買い手は必ずこれを織り込んで価格を下げますから、先に数字を出しておけば想定以上の減額を防げます。
一方で、株式譲渡なら加算はそのまま続きます。買い手が事業譲渡を望む理由が簿外債務の遮断であれば、表明保証と補償で手当てする代わりに株式譲渡を選ぶ交渉も成り立ちます。加算の年間影響額は、その材料になります。
ポイント
算定している加算の一覧、それぞれの要件、直近12か月の算定実績を、IMの段階で表にまとめておくことをお勧めします。「機能強化型1を算定中」とだけ書くのではなく、常勤看護職員数や重症度の高い利用者の受け入れ実績といった要件充足の根拠まで示すと、買い手は新法人でも維持できるかを判断でき、価格の前提が固まります。
5. 令和8年度改定で運営基準に加わった義務とデューデリジェンス
適正な手続の確保と健全な運営の確保
令和8年度診療報酬改定にあわせて、指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準(平成12年厚生省令第80号)が改正され、事業者の義務が追加されました。第5条の2で申請・届出・訪問看護療養費の請求に係る手続を適正に行うこと、第5条の3で健康保険事業の健全な運営を損なわないよう努めることが新たに規定されています。
抽象的な規定に見えますが、届出漏れや請求誤りが運営基準違反として整理されやすくなったということです。買い手は過去の変更届の提出状況、体制等に関する届出と実際の人員配置の整合、返戻・過誤調整の履歴を確認します。売り手はこの3点を先に自己点検しておいてください。
紹介の対価としての金品提供の禁止
同じ改正で、第5条の4に経済上の利益の提供による誘引の禁止が置かれ、その第2項で、他の事業者やその従業員に利用者を紹介する対価として金品を提供し、自らのステーションで指定訪問看護を受けるよう誘引することが禁止されました。第5条の5では、特定の主治医や特定の事業者等を利用すべき旨の指示等の対償として金品を収受することも禁じられています。
併設の高齢者向け住まいや紹介元との間に金銭のやり取りがあるステーションは、この規定に照らして契約と入出金を整理する必要があります。指定の取消しや効力停止の事由に直結しうる論点であり、買い手は必ず確認します。
安全管理体制と記録の整備
あわせて、第28条第3項で指定訪問看護に係る安全管理のための体制確保が義務づけられ、第30条第2項で訪問看護記録書・訪問看護指示書・訪問看護計画書・訪問看護報告書などの記録を整備し、完結の日から2年間保存することが規定されました。
これらの内容は、厚生労働省の令和8年度診療報酬改定説明資料等についてに掲載されている「9. 質の高い訪問看護の推進」で確認できます。事業譲渡の場合、記録の保存義務を旧法人と新法人のどちらが負うのかという論点も生じます。原本を新法人へ引き渡すのか、写しを保管するのかを、契約書で明記しておいてください。
6. 契約書で手当てしておく2つの条項
指定の取得をクロージングの前提条件にする
事業譲渡では、買い手が指定を取得できることを、クロージングの前提条件として最終契約に明記します。指定が下りなければ事業を引き継いでも運営できないため、これを条件にしないと、買い手が対価を払ったのに請求できないという事態が起こります。
あわせて、指定日が想定よりずれた場合のクロージング日の自動延期条項と、一定期日までに指定が下りない場合の解除条項を置いておきます。指定権者の審査は事業者側でコントロールできないため、日程がずれる前提で設計するのが実務です。
指定に関する表明保証と補償
売り手には、指定が有効に存続していること、指定基準に違反していないこと、行政指導・監査・処分の対象となっていないこと、報酬請求に不正・過誤がないことを表明保証してもらいます。訪問看護は運営指導で人員配置基準や記録の整備が重点的に見られる分野ですから、この4点は外せません。
特に報酬の返還請求は、クロージング後に過去分について発生することがあります。事業譲渡でも買い手に請求が及ぶ可能性は否定できないため、補償の上限額と期間は他の表明保証より長めに設定しておくのが安全です。
注意点
前提条件や補償条項の設計は、対象会社の状況とスキームによって書きぶりが変わります。本記事の記載は一般的な整理であり、実際の条項化にあたっては弁護士に確認してください。特に、過去の報酬請求に関する補償の範囲は、後から交渉し直すことが難しい論点です。
7. まとめ
本記事の要点を整理します。
- 指定は事業所ごとに法人へ与えられる。株式譲渡なら継続し、事業譲渡では譲受側で新規指定が必要になる。
- 訪問看護は介護保険と医療保険の二重の指定になる。健康保険法第89条第2項のみなし指定により両方が連動するため、切替日程は医療保険側も含めて組む。
- 株式譲渡でも、変更届(10日以内)、業務管理体制の届出、重要事項説明書の改訂、口座変更、関係者への通知は発生する。
- 事業譲渡は廃止届(1か月前まで)と新規指定申請の締切が別に走る。旧指定の廃止日と新指定の発効日に空白があると請求できない。
- 会社分割・合併は、実質的に継続していると認められれば提出書類の簡素化の対象になりうる。事業譲渡はこの枠組みに乗らない。
- 事業譲渡では加算が原則として引き継がれない。機能強化型訪問看護管理療養費1を失うと、医療保険利用者30人で年間約218万円の減収になる。
- 令和8年度改定で運営基準に義務が追加された。過去の届出状況、紹介元との金銭のやり取り、記録の整備状況は、買い手が必ず確認する。
まず取り組むべきは、対象事業所の指定権者に事前相談を入れ、締切日と遡及可否を確認することです。そのうえで、算定している加算の一覧と要件充足の根拠を整理してください。この2つが揃えば、スキームの選択と価格の前提を同時に固められます。
医療・介護分野のM&Aについて、スキームの設計から指定権者との事前調整、契約条項の組み立てまで一貫して支援しています。弁護士と国税出身の税理士がチームに加わり、指定の切替スケジュールと契約の停止条件を噛み合わせた設計をご提案します。
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