児童発達支援・放課後等デイサービスのM&A|税務上の留意点

児童発達支援・放デイM&Aの税務

M&Aで最後に手元に残る金額は、税金で決まります。同じ5,000万円の取引でも、スキームの選び方ひとつで手取りは数百万円単位で変わります。

しかも、児童発達支援・放課後等デイサービスには、この業界ならではの税務事情があります。本業の売上が消費税の非課税取引であるために、事業譲渡で発生する消費税を買い手が取り戻せない、という構造です。これがスキーム選択に直結します。

本記事では、児童発達支援・放課後等デイサービスのM&Aにおける税務上の留意点を、①スキーム別の課税関係、②消費税、③買い手側ののれん、④役員退職金、⑤時価の問題、⑥事業承継税制、の順に整理します。

目次

1. スキーム別の課税関係を先に押さえる

誰に、何の税金がかかるのか

税務の議論は、「誰が納税者になるか」を押さえるところから始まります。スキームによって納税者が変わり、税率も変わります。

スキーム売り手側の課税買い手側の税務
株式譲渡個人株主は譲渡所得として20.315%の申告分離課税。法人株主は法人税等の対象消費税は不課税。のれんは税務上計上されず、償却による節税効果はない
事業譲渡譲渡益が法人に帰属し法人税等の対象。個人に移すには配当や役員退職金など二段階目の検討が必要課税資産の取得に消費税が発生。のれんは資産調整勘定として5年で損金算入
会社分割・合併適格要件を満たせば課税は繰り延べられる。非適格なら時価による譲渡として課税非適格の場合、資産調整勘定が生じ得る。適格なら簿価を引き継ぐ

中小規模の児発・放デイのM&Aでは、実際に使われるのは株式譲渡か事業譲渡のほぼ2択です。会社分割や合併は、複数事業を営む法人で対象事業だけを切り出す場合などに検討されます。

株式譲渡は20.315%の分離課税

個人株主が株式を譲渡した場合、譲渡所得に対して20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)の申告分離課税が適用されます。給与など他の所得とは合算されないため、金額が大きくなっても税率は変わりません。

課税対象は、売却価格から取得費と譲渡費用を差し引いた金額です。取得費は、設立時に払い込んだ資本金の額が基本になります。仲介手数料やデューデリジェンス費用のうち譲渡のために直接要した費用は、譲渡費用として控除できます。

申告は、譲渡した年の翌年の確定申告で行います。3月の期限に向けて、取得費を証明する資料(設立時の出資を証する書類、株式の取得経緯が分かる資料)を早めに揃えておいてください。取得費が証明できない場合、売却価格の5%を取得費とみなす方法によらざるを得ず、税負担が増えることがあります。

ポイント
譲渡益が数億円規模になる場合は、いわゆるミニマムタックス(極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置)の確認も必要です。令和9年分以後は基準となる金額が引き下げられ、他に所得がなく分離課税のみのケースでも、譲渡益がおよそ3億3,000万円を超えると追加の負担が生じ得ます。1〜2拠点の譲渡で該当することはまずありませんが、複数拠点をまとめて譲渡する場合や不動産を含む場合は、譲渡する年をいつにするかも含めて税理士に確認してください。

事業譲渡は法人と個人に二重課税

事業譲渡では、譲渡益は法人のものになります。譲渡価額から譲渡した資産の帳簿価額を差し引いた金額が、その事業年度の所得に加算され、法人税等の対象となります。

問題はその後です。法人に残った資金を経営者個人が受け取るには、配当か役員退職金という二段階目の手続きが必要で、そこでもう一度課税されます。表面上の譲渡価額が同じなら、手取りは株式譲渡のほうが多くなるのが通常です。

なお、法人税の実効税率は改正の影響を受けます。令和8年4月1日以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税が上乗せされており、譲渡益が大きいほど負担の差が効いてきます。譲渡する事業年度をいつにするかも、税理士と相談する価値のある論点です。

ポイント
契約書の印紙税も確認しておいてください。株式譲渡契約書は印紙税の課税文書に該当しません。一方、事業譲渡契約書は、譲渡対象に不動産や無体財産権が含まれるかどうかなどによって扱いが変わります。金額は大きくありませんが、貼り忘れると過怠税の対象になります。

2. 事業譲渡の消費税|この業界では買い手の負担が残る

のれんにも消費税がかかる

見落とされやすいのが、事業譲渡に伴う消費税です。

児童発達支援・放課後等デイサービスの本業の売上は、第二種社会福祉事業として消費税の非課税取引です。そのため「うちは消費税に縁がない」と考えている経営者が少なくありません。しかし、事業譲渡は事業に使っている資産を個別に売却する取引ですから、通常の資産の譲渡として消費税の対象になります。

課税の対象になるのは、建物、送迎車両、器具備品、ソフトウェア、そして営業権(のれん)です。土地、有価証券、売掛金などの債権は非課税です。中小のM&Aでは対価の大部分がのれんですから、消費税の金額は決して小さくありません。のれん3,000万円、備品500万円という内訳であれば、課税資産3,500万円に対して350万円の消費税が発生します。

買い手はその消費税を取り戻せない可能性が高い

通常の業種であれば、買い手が支払った消費税は仕入税額控除の対象になり、最終的な負担にはなりません。ところが、この業界ではその前提が崩れます。

買い手が引き継ぐ事業の売上は非課税です。非課税売上を得るために支払った消費税は、原則として控除できません。つまり、350万円の消費税がそのまま買い手のコストとして残ります。実際の控除可否は買い手の課税売上割合や計算方式によりますが、児発・放デイ専業の買い手であれば、控除できない前提で考えるのが安全です。

売り手側の事情も確認が必要です。本業が非課税であるために、売り手が消費税の免税事業者となっているケースがあります。その場合、事業譲渡に伴う消費税を納める義務が生じないことがあり、対価に消費税相当額を上乗せするかどうかが交渉の対象になります。総額でいくら払うのかを、税抜・税込を明示して合意してください。

注意点
契約書に「譲渡対価3,500万円」とだけ書き、税抜か税込かを明示していない事案が実際にあります。後から350万円の負担をどちらが負うかで揉めれば、金額としても関係としても大きな損失です。対価の内訳を資産ごとに記載し、課税資産と非課税資産を区分したうえで、消費税額を明記してください。

事業譲渡で生じる消費税をはじめ、スキームごとの税目別の負担差については以下の記事で試算を交えて解説していますので、あわせてご覧ください。
事業譲渡と会社分割の税金はどちらが得?税目別の違いを試算で比較

3. 買い手の視点|のれんを5年で損金処理できるのは事業譲渡

株式譲渡ではのれんの節税効果がない

買い手にとって、スキームの選択は税効果に直結します。

株式譲渡の場合、買い手が計上するのは子会社株式です。税務上ののれんは発生せず、償却による損金も生じません。連結決算上はのれんが計上され会計上の利益を押し下げますが、法人税の計算には影響しないのが原則です。

事業譲渡なら資産調整勘定として60か月で償却

これに対し事業譲渡や非適格の分社型分割では、支払った対価が受け入れた資産・負債の時価純資産を上回る部分が、税務上「資産調整勘定」として計上されます。

資産調整勘定は、事業譲渡が行われた月から60か月(5年)にわたって月割で均等償却され、損金に算入されます。会計上の処理にかかわらず強制的に償却される点が特徴です。のれんが3,000万円であれば、年間600万円が5年間、課税所得から控除されることになります。

この節税効果は、買い手にとって実質的な値引きに相当します。ただし、効果が出るのは、買い手に償却額を吸収できるだけの課税所得がある場合です。新設法人が買い手となり当面赤字が続くようなケースでは、期待した効果が得られないこともあります。売り手の立場では、事業譲渡を求められた際に「買い手側には5年間の損金算入というメリットがある」と理解しておくと、価格交渉の材料になります。

消費税の負担と節税効果を並べて比べる

ここで、2章で見た消費税と合わせて考えます。のれん3,000万円・備品500万円の事業譲渡であれば、買い手は消費税350万円を負担し、その多くを控除できません。一方、資産調整勘定3,000万円の償却による節税効果は、法人税の実効税率を30%台とすれば5年間でおよそ1,000万円前後になります。

つまり、この業界では消費税というマイナスと、のれん償却というプラスの両方を見て比較する必要があります。買い手の課税所得の状況によっては、事業譲渡のほうが有利になることもあれば、消費税負担が重すぎて株式譲渡を選ぶこともあります。どちらか一方だけを見て結論を出さないでください。

注意点
赤字の事業所を株式譲渡で取得する場合、対象会社の繰越欠損金を当てにすることがありますが、思惑どおりにいかないことがあります。買収後に事業内容を大きく変更するなど一定の場合には、繰越欠損金の利用が制限される仕組みがあるためです。欠損金の活用を価格に織り込むのであれば、事前に税理士の確認を受けてください。

のれんの扱いを含め、株式譲渡・事業譲渡・会社分割で誰にどの税金がかかるのかを整理した記事もご用意していますので、参考にしてください。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割の税金を徹底比較|誰に・何が・いくらかかるかを専門家が解説

4. 手取りを増やす|役員退職金の活用と限界

退職所得は税負担が軽い

オーナー経営者の手取りを考えるうえで、最も効果が大きいのが役員退職金です。

退職所得は、収入金額から退職所得控除を差し引き、その半分だけが課税対象になります。しかも他の所得と分離して計算されます。退職所得控除は、勤続20年以下なら1年あたり40万円、20年を超える部分は1年あたり70万円です。

例えば、勤続15年、最終の役員報酬が月額60万円、功績倍率3.0として退職金を2,700万円とした場合、退職所得控除は600万円、課税対象となる退職所得は1,050万円です。所得税・住民税を合わせた税額はおよそ302万円で、実効的な負担率は11%程度にとどまります。同じ2,700万円を株式の譲渡対価として受け取れば20.315%で約549万円ですから、差は約247万円です。

株式譲渡の対価を少し抑え、その分を役員退職金として支給する。この組み合わせが、中小M&Aで広く使われる理由がここにあります。

「不相当に高額な部分」は損金にならない

もっとも、金額を自由に決められるわけではありません。役員退職金のうち不相当に高額とされる部分は、法人の損金に算入されません。損金に入らなければ法人税の負担が増え、狙った効果が得られません。

実務では、最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率という計算(功績倍率法)で妥当性を検討します。功績倍率は代表者で3.0程度が一つの目安とされますが、絶対的な基準ではなく、同業同規模の水準や在任期間中の貢献度も踏まえて判断されます。

もうひとつ、役員としての勤続年数が5年以下の場合は、2分の1を課税対象とする取扱いが適用されません。役員に就任して間もない段階で退職金を設計しても、想定した効果は得られない点に注意してください。

また、退職金を支給するには、株主総会の決議や退職の事実といった形式面も整えなければなりません。代表者を退任したにもかかわらず実質的に経営を続けている、といった状態では、退職の事実が否定されるおそれがあります。

ポイント
退職金を支給すると、その分だけ会社の現預金と純資産が減るため、株式の評価額は下がります。つまり、株式譲渡の価格は下がります。重要なのは「価格」ではなく「税引後に手元に残る合計額」です。退職金と株式譲渡対価の配分は、必ず両方を合算した手取りで比較してください。退職金の支給によって対象会社に法人税の軽減効果が生じるため、全体として手取りの合計が増えることが多く、買い手にとっても受け入れやすい提案になります。

役員退職金と株式譲渡対価の配分で手取りをどう設計するかについては、以下の記事でも具体的に解説しています。
会社売却後、社長はどうなる?残留・引退の選択肢と収入・退職金・保証まで完全解説

5. 価格が「時価」から離れると課税される

親族間・同族間の譲渡は要注意

第三者との交渉で決まった価格であれば、原則としてそれが時価とみなされます。問題になるのは、親族や関係会社との間で株式や事業を移す場合です。

例えば、後継者である子に株式を安く譲る、自分が支配する別法人に事業を簿価で移す、といったケースです。価格が時価から乖離していると、差額について贈与とみなされたり、寄附金として扱われたりします。

個人が法人に対して時価の2分の1未満で資産を譲渡した場合には、時価で譲渡があったものとみなして課税される規定もあります。安く売ったつもりが、受け取っていない金額に対して課税される、という事態が起こり得ます。個人間の低額譲渡であれば、時価との差額が贈与とみなされ、買った側に贈与税がかかります。

のれんの評価も時価の問題になる

事業譲渡で価格を決める際、営業権をいくらと見るかも時価の論点です。適正な方法で算定され、実勢と大きく乖離していない限り、算定額が時価として扱われます。逆に、根拠のない金額を置くと、寄附金課税や役員賞与の認定といった思わぬ課税につながります。

企業価値評価を専門家に依頼し、算定書を残しておくことは、価格の妥当性を説明する材料になります。とくに同族間の取引では、評価の根拠を書面で残すことが事実上必須です。

取引価格が時価として妥当かを判断する前提となる企業価値評価の考え方は、以下の記事で詳しく取り上げています。
児童発達支援・放課後等デイサービスのM&A|企業価値評価と売却価格の決まり方

6. 第三者への譲渡以外の選択肢|事業承継税制の期限

特例措置の計画提出は令和9年9月30日まで

ここまでは第三者へのM&Aを前提に述べてきましたが、親族や役員への承継を検討している場合は、事業承継税制も選択肢に入ります。非上場株式を後継者へ承継する際の贈与税・相続税の納税を猶予する制度です。

注意すべきは期限です。法人版事業承継税制の特例措置について、令和8年度税制改正により、特例承継計画の提出期限が令和9年9月30日まで延長されました。ただし、延長されたのは計画の提出期限だけで、贈与や相続を実際に行う適用期限は令和9年12月31日のまま変わっていません。

つまり、制度を使うのであれば、計画の提出と株式の承継をいずれも令和9年中に済ませる必要があります。認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて計画を作る必要があるため、準備には相応の期間がかかります。

M&Aと親族内承継、どちらを選ぶか

税負担だけを見れば、納税を猶予できる事業承継税制は魅力的です。しかし、この制度は承継後も継続的な要件充足と届出が必要で、要件を満たさなくなれば猶予されていた税額を納付することになります。

また、そもそも後継者に承継しても、経営者自身の手元にはお金が入りません。リタイア後の生活資金を確保したいのであれば、第三者への譲渡のほうが目的に適います。制度の有利不利ではなく、何を実現したいのかから逆算して選んでください。

事業承継税制の適用要件や親族内承継にかかる税金の全体像については、以下の記事でさらに詳しく解説しています。
事業承継にかかる税金の種類と節税対策を徹底解説

7. まとめ

児童発達支援・放課後等デイサービスのM&Aにおける税務上の留意点を整理します。

  • 株式譲渡は個人株主に20.315%の分離課税。事業譲渡は法人に課税され、個人に移すには二段階目の課税を検討する必要がある。
  • 事業譲渡では、のれんを含む課税資産に消費税がかかる。本業が非課税のこの業界では、買い手が控除できず実質的なコストとして残る。
  • 一方で、事業譲渡なら資産調整勘定として60か月で損金算入できる。消費税の負担と節税効果は両方を並べて比較する。
  • 役員退職金は税負担が軽い。株式譲渡対価との配分は、必ず税引後の合計手取りで比較する。
  • 親族間・同族間の取引では時価が問題になる。評価の根拠を書面で残す。
  • 親族内承継を検討するなら、事業承継税制の特例措置は計画提出が令和9年9月30日まで、贈与・相続の実行は令和9年12月31日まで。

税務の設計は、価格が決まってからでは手遅れになることがあります。スキームの選択、譲渡の時期、退職金との配分は、いずれも交渉の初期に方向性を決めておくべき論点です。国税出身の税理士と弁護士がチームに加わり、手取りベースでの比較検討から契約書への落とし込みまで一体でご支援しています。なお、本記事は一般的な整理であり、個別の取扱いは事実関係によって異なります。実行にあたっては必ず税理士にご確認ください。

執筆者

横山圭介

東京都立大学(旧首都大学東京)数理科学専攻卒業後、国家公務員として札幌国税局に入庁。札幌国税局資産課税課、札幌東税務署資産課税部門等を経て、国税庁企画課へ出向。 国税庁・国税局・税務署において、主に資産税事務に従事し、相続・譲渡・贈与など資産課税の実務を第一線で担う。官公庁・金融機関等との折衝・情報連携の実務経験も有する。

弁護士 佐藤聖喜

京都大学経済学部在学中、旧司法試験合格。最高裁判所司法研修所を経て弁護士登録(日本弁護士連合会・東京弁護士会)。その後、京都大学経営管理大学院修了(MBA)。 長島大野常松法律事務所を経て独立し、千代田中央法律事務所を設立。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)では国際化支援アドバイザーとしても活動。上場企業の組織再編、IPO法務DD、スタートアップの資本政策支援、再生型M&Aなど、法務・戦略両面からの総合支援に実績を持つ。